第8回活字文化推進フォーラム〜「読書で“脳力”を鍛え、自分自身が変われる」

基調講演「読書は脳を活性化する」

養老孟司さん(北里大大学院教授)

本を読むことで脳に起こる変化を科学的に検証するのは、大変難しい。

厳密に証明するには、零歳から例えば20歳ぐらいまで成長を追跡する必要がある。それぞれの子供が、どれだけどんな読書をしてきたかと、それぞれの成長後の性格や能力を比較して、統計的に読書の効果を突き止めなければならない。

とはいえ、我々が普通に考えるのは、もっと身近な日常の中で読書をどう考えるのか、というようなことだ。こうした視点で話をしたい。

言葉には耳で聞く音声と、目でとらえる文字という2種類がある。

耳から入る言葉ではない部分は音楽だし、目から入る言葉でない部分は絵だ。絵と言葉は独立していると思うかもしれないが、温泉マークのように絵のようであって、言葉のようなものもある。また歌詞は、音楽のようであって言葉でもある。

「目で見る言葉」と「耳で聞く言葉」の違いは何か。耳はつぶれないので、「聞く言葉」は自動的に頭に入ってくる。しかし、「目で見る言葉」、つまり活字は、注意を集中して読まなければならない。集中力が必要な読書は非常にアクティブ(積極的)な行為だ。

私が子供のころには、「本ばかり読まずに運動しろ」と言われ、読書は受け身な印象があったが、決してそうではない。説教は強制的に聞かせられても、本を強制的に読ませることはできない。読書に必要な「やる気」は、脳の活性化と深い関係がある。

文字が誕生したのは、せいぜい5000年前。初めに音声の言葉があり、文字が後からついてきた。文字ができるまでに時間がかかったが、その理由は簡単で、紙にするパピルスなどの道具が必要だったからだ。

文字のない時代の人は、何を読んでいたかというと、夜空を読んでいた。中東や中国、メキシコにも、ピラミッドなど星を見る古代の天文台がある。読む文字がないから星座を読んでいたと、私は考えている。

言葉というのは、人間に特徴的なものだ。動物は言葉を使えない。天才的なチンパンジーを選んで、天才的な研究者がたたき込んでも、結局しゃべることはできない。

うちのネコを見ていると、動物が理解できないものがわかる。隣のネコが時々、けんかをしに来るが、うちのネコには、自分が出合うネコにも同じ「うち」があることが理解できない。この「同じ」というのが大事なところだ。

例えば、リンゴが100個あったら、それぞれのリンゴは全部違う。文字でリンゴと書いても、違う人が書けば違う形になるし、同じ人でも2回書くと違う字になる。

ところが、実際はそれぞれ違うリンゴも、言葉にすれば同じリンゴになる。目の前にリンゴがなくても「リンゴ」の話はわかる。私がリンゴと言うと、みなさんの脳の中では「リンゴ活動」が起こっている。

本当は違うのに、脳の中で「同じ」と評価する働きが、人間の脳では強いということだ。

同様のことは発音にも言える。人それぞれ「リンゴ」と口に出しても、人間には声紋があり、それぞれ違う音になっている。そう考えると、英語の「正しい発音」なんておかしい気がする。言葉はわかればいいのであって、米国人が発音する「アップル」だって、それぞれで違う。脳に「アップル活動」を起こせばいいわけだ。

さて、英語でいう不定冠詞がつく場合の「an apple」は、脳の中のアップル活動のことをいい、定冠詞がつく「the apple」は感覚世界にあるそれぞれに異なる実際のリンゴということになる。机の上にあるときには「an apple」でも、実際にかじると、そのリンゴは特定の1つのリンゴだから「the apple」ということになる。

日本語で言うと、「昔々、おじいさんとおばあさんがおりました」という場合の「が」は脳の中の「おじいさん活動」を起こさせる。「おじいさんは山に柴(しば)刈りに」という時の「は」は、特定のおじいさんを指している。これは定冠詞が付く特定の「おじいさん」ということになる。

このように、言葉と脳のかかわりを考えると、読書に限らず、人生がおもしろくなる。これが大事なこと。みなさんもいろいろ考えてみてください。

養老孟司(ようろう・たけし)さん
1937年、神奈川県生まれ。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。専門の解剖学に軸足を置きながらも、趣味の昆虫採集など幅広い経験をもとに、社会や文化を鋭い視点で切り取る。「からだの見方」でサントリー学芸賞。ほかに「唯脳論」「バカの壁」など著書多数。

脳の発達〜1万人を追跡!

0歳児と5歳児を5年間〜06年度から文科省調査

子供を取り巻く環境や生活習慣は、人格形成や能力にどのように影響を与えるのだろうか——。その影響を脳科学の立場から突き止めようとする大規模な研究に、文部科学省の研究チームが取り組んでいる。

ささいなことですぐに「キレる」子供が増え、少年犯罪の増加につながっていると言われる。テレビやゲーム、インターネットの普及、ストレスの増大などとの関連が指摘されているが、はっきりした因果関係はわかっていない。

今回の研究では、零歳児と5歳児の計1万人について、生活習慣と行動の特徴、脳の働きなどの関係を5年間、追跡して調べる計画で、研究費は総額40億—50億円。2006年度から本格調査に入る。その中で、読書が脳に与える影響が浮かび上がってくる可能性もありそうだ。

こうした研究を可能にしているのが、脳の働きを外部から透かし見る装置の開発だ。「機能的MRI(磁気共鳴映像)」や「光トポグラフィー」と呼ばれる装置で、ここ10年で急速に進歩した。

脳が活性化するときには、神経細胞がエネルギーを消費する。酸素や栄養分を補給するため、その周辺の血流が変化するが、光トポグラフィーは、頭の外から脳に赤外線をあて、脳の組織で反射する赤外線を解析して血流の変化を読み取る。

文科省の研究では、注意力や意欲、創造力などが高まるときに、脳のどの部分が働くかを見つけ出す。これらの分析結果を基に、どのような育児環境や早期教育が脳の活性化につながるかを突き止めようというのだ。

研究の統括リーダーである日立製作所フェローの小泉英明氏は「脳科学の進展で、これまで漠然と語られてきた生活環境が与える育児や教育への影響を、具体的に検証することができる段階になっている」と話している。

音読が老化防止に

川島さんが最新の研究成果報告

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パネルディスカッションの冒頭、脳科学者の川島隆太・東北大学教授が、人間の脳と読書の関係についての研究成果をわかりやすく説明した。

私たちの脳はいくつかの場所に分かれていて、それぞれ全く違う仕事をしている。

1番前側にある前頭葉という部分は、手足や体、筋肉を動かせという命令を出し、頭のてっぺんにある頭頂葉は触覚の情報を扱っている。頭の横にある側頭葉は音を聞くため、後ろにある後頭葉はものを見るための脳だ。

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脳の学者が今、1番注目しているのは、前頭葉の前側に広がっている前頭前野(ぜんとうぜんや)と呼んでいる場所だ。

考える力や行動、感情を制御する気持ちはいずれも前頭前野からわき起こる。さらにコミュニケーションを扱い、意思決定を行い、やる気を起こす。学習と関係のある短期の記憶力の中枢でもある。

こうした前頭前野の働きを高めることができれば、自らの意思で考え、新しいことを創造していける子どもを育てる方法や、年をとるとともに記憶力が落ちたり涙もろくなったりする原因といえる脳の老化を制御する方法が見つかるのでは、と考えた。

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脳機能イメージング装置という機器で脳を測定し、脳細胞が働いていると判定できた領域に色をつけて表示してみた。目を閉じてじっくり何かを考えているときは、実は大して脳が働いていない。これに対し、読書をしているときは、ものを見る後頭葉以外に、前頭前野の特に言語を扱う領域を中心として左右ともいっぺんに働き出す。さらに、ただ読むだけではなく、声に出せば脳がたくさん働くことを発見できた。

読書や音読が、脳のトレーニングになるのではという発想でいくつかの試みをしてみた。平均年齢48歳の人たちに音読を続けてもらい、30個の言葉を覚える記憶力テストでその効果を測定した。すると、1か月続けただけで、思い出せる言葉が平均10個から13個に増えた。この増え具合は、年齢的には10歳以上若い人の脳の働きと同じぐらいだとわかった。

さらに、読書で痴呆(ちほう)を予防できるとの仮説を試すため、ある地域に住んでいる高齢者に毎週集まってもらい、本を読むことと計算を併せてやってもらった。すると、音読と計算を1日に10分から15分やった人たちは半年間で、前頭前野の働きを示す数値が明らかに上がった。同じ地域で普通に暮らしてもらった人たちには変化がなかった。脳の全般的な働き方を判定するテストをやってみても、音読をした人たちはみんな正常値を保つことができた。逆に、普通に暮らした人たちは数値がゆっくりと下がった。

わかったのは、まず読書が脳を鍛えるということ。そして、ふだん普通に暮らしているだけでは体力と同じように脳の働きもゆっくり低下していくのに、意識して読書をすれば、脳機能の低下という老化現象にあらがうことができるということだ。

パネルディスカッション〜「読書の効用を科学する」

「読書の効用を科学する」をテーマに行われたパネルディスカッションでは、基調講演を終えた養老孟司さんを交えた4人が、本を読むことでもたらされる効果について語り合った。(コーディネーターは丸山伸一・読売新聞東京本社論説委員)

■パネリスト

川島隆太(かわしま・りゅうた)さん
東北大教授。1959年、千葉県生まれ。医学博士。専門は脳科学と教育。脳のどの部分に、どのような機能があるのかを調べる「ブレインイメージング研究」の国内第1人者。著書に「読み・書き・計算が子どもの脳を育てる」など。
高木美保(たかぎ・みほ)さん
タレント。1962年、東京都生まれ。女優として映画「Wの悲劇」やテレビドラマ「華の嵐」で人気を得る。那須高原で農業に取り組みながら、コメンテーターやエッセイストとして活躍。著書に「木立のなかに引っ越しました」など。
松田哲夫(まつだ・てつお)さん
編集者。1947年、東京都生まれ。筑摩書房専務、パブリッシングリンク社長。「逃走論」や「老人力」など数々のベストセラーの編集に携わる。「ちくま文庫」を創刊。路上観察学も広めた。自らの著書に「編集狂時代」など。

まず親から本を読む/川島 心地よい言葉増えた/高木

——川島さんの研究成果を聞いて、どう感じたか。

【養老】 その割にはみんな本を読まないのはどうしてかという大きな疑問がずっとある。本人が意識していることと、客観的にテストのような形で評価することの間にかなりのギャップがあるのではないか。

【川島】 その通りだ。私たちは、意識をさせて読書をしてもらい、それによって脳機能がよくなることがわかった。ただし、別に500人近い高齢者の脳機能を調べているが、この中でも若者とほとんど変わらないぐらい脳がよく働く人が5、6人いた。この人たちは全員がふだんから趣味として読書をする習慣を持っていた。

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——ここまで脳の働きがわかってきたことを今後、本をもっと読んでもらうためにどう生かせるのか。

【川島】 そこが科学の使い方だ。脳の働きを示した写真を見せられ、読書が脳を鍛えると言われれば皆さんが納得する。私は、「読書で脳の老化を防ぐことができる」と声高に叫ぼうと思っている。

写真を見せるのは、子どもたちが自ら本に手を伸ばすにはどうしたらいいのかを考えた時の作戦だ。

1番まずいのは、親が家庭で本を読んでいないことに尽きる。親がテレビを見て大口を開けて笑いながら、「本を読め」と言っても子どもは納得しない。ならば、科学の力で親を少しずつ変えたい。親がぼけを防ぎたい一心で本を家で読むことは、子どもにとっていい教育だ。子どもは親の姿を見て、家で楽しむことの中に本を読むことがあると自然に気付く。研究成果を示し、大人に本を読む習慣をつけることを勧めた結果、子どもたちが本に手を伸ばすようになってくれたらうれしい。

——編集者は、人間の脳への影響力や効果も意識しながら本をつくっているのか。

【松田】 少し違う角度から言うと、作家や編集者など、つくる側が楽しんだ本はちゃんと読者に届くようだ。「ちくま文学の森」というアンソロジーの場合、出版前に営業や書店の人たちには「売れない」とはっきり言われたが、ふたをあけたら驚くほど売れた。この編集会議は漫談会のように笑いが絶えなかった。編者や編集者としては「こんなに僕らがおもしろかったのだから、おもしろいと思う読者はいる」との確信があった。ベストセラーになった赤瀬川原平さんの「老人力」も、発想のきっかけは仲間うちでの冗談だった。だから、本をつくる過程が楽しいと、脳も活性化され柔軟な発想もでき、読者にも喜んでもらえる本ができると私は信じている。

——高木さんは生活の拠点を東京から栃木・那須高原に移した。活字と触れ合う時間は増えたか。

【高木】 私はテレビで何かを語る機会が多いが、そのためには本を読むことがとても大切だ。ただ、自分にないボキャブラリーを増やすため、後ろからお尻をたたかれながら読んでいた側面が強かった。

それが、田舎に引っ越してからは、農業はもちろん、知らなかったことをたくさん体験できるようになり、その後追いで本を読むようになった。そうすると、だれかが書いた言葉をうのみにせず、ふるいにかけるようになる。どんなに偉い先生が書いた言葉でも、自分にピタッとこないときは使いづらい。結果、日常生活の中で使う言葉は減ったが、使って心地よい言葉が増えた。

変化することは爽快/養老 つくる雰囲気伝わる/松田

——人生観も変わったか。

【高木】 どうでしょうか。ただ、本を読んでいて言葉に出さずにいられない文章に出合うことが確実に増えた。知識を得ようという変な目的意識があったころと違い、すごく自然に読書できるようになった。

私が文章を声に出して読みたいと思うようになったのは、女優として15年やってきた経験が大きい。せりふは台本を黙読していては覚えられない。声に出して繰り返し自分の耳に聞かせることで感動的に語ることができる。だから自分の声を自分で聞くことがごく自然に始められた。

今、テレビのコメンテーターをしていても、気持ちがのって話したときの方が、たとえ言葉を間違えても、理性的に取り繕って話したときよりも好意的に受け取られると感じる。人間同士だから、聞く側にも話し手の血の通った言葉を求める本能があると思う。

先日、新幹線で車内販売のワゴンから缶ビールが落ち、乗客にぶつかった場面に出合った。そこで、若い男性の販売員が口にした謝罪の言葉に違和感を覚えた。心からではなく営業口調に聞こえたからだ。

納得いかず車内で観察してみると、その男性は同僚ともよくしゃべり、国語の教科書に出てくるような言葉を使っていたが、口調の中に一貫して攻撃的なニュアンスが感じられた。その姿を見て、この人は自分の言葉を自分で聞いてみるとか、気持ちよく言葉をしゃべるという環境が欠けているのではと想像した。

つまり自分の言葉に酔ったり涙したりすることは、人間の言葉生活の厚みを増す大事な要素ではないか。

——高木さんのように台本を声に出して読む行為は、脳のどこが働くのか。

【川島】 音読というのは、文字を見て、その文字を頭の中で声に変えて、声に出して、自分の声を耳から聞くというように、文字が何重にも頭の中を行ったり来たりする。だから脳はたくさん働く。

——本を読むのも声に出して読むのが1番いいのか。

【川島】 自分でやってみるとわかるが、声に出して10分以上読める人はいない。10分間、しゃべっても疲れないが、10分間、音読をすると非常に疲れる。脳をいっぱい使うからだ。音読は、意識的なトレーニング、もしくは記憶するという強い意思のもとでやるべきだ。

——脳を動かすということは何かを考えている。読書は思索や教養を深めて人間を豊かにしてくれる大きな効用があると考えていいか。

【養老】 本を読んでよく「目からうろこが落ちる」と言うが、非常に簡単に言えば、自分の考えが変わる、もっと大げさに言えば、自分自身が変化するということで、それはその人にとってものすごく大きな運動だ。つまり、頭の中のシステムを模様替えしないといけない。それを普通の人はやる前は嫌だと思っているが、実際にやってみると非常に楽しいことだ。ほとんどの人は、考えが変わることを怖いことだと思い込んでいるところがある。変わらないのが安全だ、安心だと思うと、それはたぶんおもしろくない人生になってしまう。本が本当におもしろいときは、読み終わって自分がそれこそ、がらっと変わってしまう。私はそういった爽快(そうかい)感が非常に好きだ。

——人の生き方までも変えるような本が出せますか。読む側もそんな本を求めているのではないか。

【松田】 今は出版不況だが、毎日平均200冊の新刊が出ている。でも、新刊がたくさん出ているからといって、豊かな本の文化があるということではない。

今は本の平均返品率が4割といわれる。本が売れないと、出版社は経営のため、たくさんの本をつくって、仮の売り上げをつくろうとする。一方、書店では、店頭在庫が増えると資金繰りに響くので返品する。

これではいたちごっこなので、今売れている本を見つけ、重版や広告を効果的に行う。こうして、「バカの壁」や「世界の中心で、愛をさけぶ」のように400万部近い超ベストセラーが生まれた。

こういう本が読者のすそ野を広げる意味は大きい。だが、ベストセラー一極集中の一方で、ロングセラーが減っている。ある書店で、1年間に1、2冊売れていた本があるとしても、書店に置き続ける余裕がなくなると、返品されてしまう。すると、結果的に1冊1冊の寿命が短くなる。

でも、出版社はほかの業界と違い、編集者が頭脳と体を働かせればいい。だとすれば、不況の時の方が、個性的な本、それこそ脳を刺激するような本をつくるチャンスだ。景気がいいときは組織力と経済力を持っているところにかなわないが、不況の時は1人の編集者のアイデアが大きな力を持つ可能性がある。

たくさん本をつくろうと思うと、売れた本のまねをしたり、似たようなジャンルで追随したりしがちだ。でも、「こういう本が売れたから、似たようなもので少し稼ぐか」という意識が、読者の本離れを招いている一面もある。自分たちが読者として楽しめる本をもっとつくっていかなければと思う。

人生の一助となる1冊

——生き方への効用があると思われる本を挙げてほしい。

【川島】 「アダムの呪(のろ)い」と「イヴの7人の娘たち」は、専門家がわかりやすく遺伝子のことを書いた本だ。人と人とのつながりや、祖先を敬う気持ち、自分の子どもを大切にする気持ちは、遺伝子について知ることで科学的に理解できる。私たち自身の中には祖先が住んでいる。今、個人としてここにいるのではなく、長い歴史のつながりの一員だということがわかるのでまず挙げた。特に、中高生や、これからお母さん、お父さんになる若い人たちに読んでほしい。命を紡ぐことの大切さが見えてくる。

【高木】 とても薄い本ですが、何かきらきら輝くような言葉のエッセンスが込められている。何より声を出して読んだとき、すごくまろやかに口が動いて気持ちがほっと乗せられる。「これを読んでいる自分が好き」という気持ちになれる本だ。

作者は執筆中、がんに侵されていたが、彼女の文章は決して悲観的ではなく、むしろ希望に満ちている。非常に柔らかい繊細な言葉の中にもずぶとい強さ、骨の太さを感じることができる。自分が小さくおさまっているなと思ったときに読んでも、何か優しい気持ちに戻りたいというときに読んでも、どちらにも効用がある気がする。

【松田】 「家族狩り」は今年、全面的に書き直され、文庫版が全5冊で出版された。家族の問題をギリギリと問いつめていくので、3巻あたりまでは読むのがつらい。でも、そこを通ることで、最後に深い深い感動を得ることができる。

「こんな夜更けにバナナかよ」は、筋ジストロフィーの患者と介護者たちの交流を描いている。支えているつもりの介護者が、実は患者に支えられていることが次第に見えてきて、読後にとてもさわやかな気持ちになれる。

女優山口智子さんの本は、観光地とは別のハワイを発見していく旅の記録。彼女は物事をまっすぐに見つめ、それを言葉に書き留める。そして、この小さな島々から地球規模の人間の生き方を問い直していく。

【養老】 いずれも自分の人生を医学的に考える本を選んだ。「夜と霧」の作者は、アウシュビッツの収容所で生き延びた精神科の医者だ。彼は偶然に生き残ったと書いているが、私はみんながあの人を殺すまいと思ったんじゃないかという気がする。そのぐらいまわりに影響を与える人だった。

2冊目は、神経内科の医者が患者7人のエピソードを書いており、7つの人生を経験できる。タイトルの「火星の人類学者」は、人はこういう場面で笑うというように、感情を論理や経験で理解するしかない女性。感情を共感できないから火星人みたいなものだと。それでも生きていることに感動し、笑った。

(2004/11/01)

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