21世紀活字文化プロジェクト

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イベント情報

2011/12/19

活字文化フォーラム「社会に生きる漢字の力」

■出演
浅田次郎氏
蛭田史郎氏
川本裕子氏
関谷亜矢子氏

 日本語に表現の豊かさと奥行きをもたらす漢字の魅力について語り合う活字文化フォーラム「社会に生きる漢字の力」(日本漢字能力検定協会、読売新聞社主催)が11月13日、東京・内幸町のイイノホールで開かれた。作家の浅田次郎さんが「読むこと 書くこと 生きること」と題して基調講演に立ち、続いて行われたパネル討論には、旭化成最高顧問の蛭田史郎さん、早稲田大学大学院教授の川本裕子さんが加わって、読書の意義や漢字文化の大切さについて論じあった。(司会は、フリーアナウンサーの関谷亜矢子さん)

坂節三 漢検協会理事長あいさつ

掲載紙面 高坂理事長.jpg フォーラムでは冒頭、日本漢字能力検定協会の坂節三理事長が、主催者を代表してあいさつに立った。

 500人の定員に対し、参加希望のはがきやファクスが2000通近く寄せられたことに触れながら、坂理事長は「思いがけない話を伺える絶好のチャンス。聴衆の一人として皆さんと一緒に楽しませていただきたい」と述べた。

基調講演 浅田次郎さん「読むこと 書くこと 生きること」

 国民皆「読書人」の奇跡 

掲載紙面 浅田次郎講演.jpg 「読書人」という言葉があります。日本的な解釈では「読書好きな人」ですが、中国では「読み書きできる人」という意味です。100年以上前の中国では、読み書きができる女性が少なかった。科挙試験を受ける資格がなかったため、必要がないとされていたからでしょうか。しかも、広大な国であるため、地域差も大きく、識字率は高くはなかったであろうと思われます。従って、読書人は、教養人であり、特別な人でした。

 同じ時代の日本はどうだったでしょうか。恐らく世界最高の識字率を誇る大教養国家だったと思われます。「壬生義士伝」という小説を書いたとき、東北地方の寺子屋教育の実態を調べましたが、郡部の村落にまで寺子屋が普及していたことに驚きました。そこで、読み書きそろばん、論語教育の初歩まで教えていたのです。識字率は90%はあったとも言われていますが、ことによると、それ以上だったかもしれません。

 ちょんまげに刀だった社会が、明治維新からの数年で幕藩体制から中央集権に変わったのはなぜでしょう。そもそも相当な情報伝達の速度と密度がなければ難しい。維新成功の背景には、国民一人一人の教養の高さがあるんです。国民のほとんどが読書人という奇跡の国家を私たちは作り上げてきました。そのことに誇りを持たなければなりません。

 今の子供たちは本を読まなくなったと言われますが、読まなくなるような環境を大人が作ってしまったせいでもあります。昔はメールもパソコンも携帯電話もなく、本でも読むしかなかった。これに対して、今の子供たちは、自分で本を読む環境を作っていかなくてはならないんです。

 私が子供の頃は、家に本がありませんでした。とても貴重なものなので、学級文庫などは片っ端から読まないと損だと思い、貸本屋では速読を覚えました。貸本屋では本を選ぶふりをして、長い本はできるだけ立ち読みをする。あと1日で読み終えるなというところまで読んだら借りる。1日だと借り賃が10円で済みました。だから、今でも読むのは速いですよ。

 小説は想像力を涵養(かんよう)します。想像により人それぞれ違う物語の世界ができるため、複数の人間で議論もできる。いい本ほど議論は尽きません。これが小説の値打ちです。子供の頃、多感な若い頃に、小説を読むかどうかで、人生のサイズみたいなものが決まってしまうような気がするんです。

 私が最初に文学を強く意識したのは、小説ではなくて漢詩でした。中学の時に、李白や杜甫の詩に出会い、世の中にこんなに美しい文章があるのかと思いました。そして、中国の文学を知るためには、歴史を知らなければならないことに気づきました。というわけで、小説を読むのとは別に、中国の歴史をずっと趣味でやってきました。これが「蒼穹(そうきゅう)の昴(すばる)」の原点です。あのシリーズは、中学生の頃から大好きだった中国の世界を積み重ねながら書き始めたものです。

 論語「学而(がくじ)編」の冒頭に「学びて時に之(これ)を習う、亦(また)悦(よろこ)ばしからずや」とありますが、勉強は楽しくないといけません。子供たちに本を読め読めと強制して楽しくない勉強にしてしまっていないでしょうか。そんな勉強だったらだれでも嫌です。本を読んでいる時間が楽しい。その結果、自分の中で何かが変わればといった気持ちでいいのではないでしょうか。読書は娯楽。この神髄を忘れないようにしていただきたいのです。

掲載紙面 観客.jpg

◇あさだ・じろう 1951年、東京都生まれ。95年、「地下鉄(メトロ)に乗って」で吉川英治文学新人賞、97年に「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞、2000年には「壬生義士伝」で柴田錬三郎賞を受賞。2011年5月、日本ペンクラブ会長に就任した。 

パネル討論 

読書で人生に「幅」

1文字が小世界

掲載紙面 関谷亜矢子.jpg関谷 皆様のお好きな漢字について、自己紹介を兼ねてお話しください。

浅田 色紙などを出された時に書く字は、「凛(りん)とした女性」の「凛」ですね。この字を見ると気が引き締まった感じがします。

蛭田 私が好きなのは、自然の「然」。無為自然という、かなり前から自分自身の生き方としていつも意識していることです。

川本 勇気の「勇」。常に志を持って正しい意見を述べていたいなといつも思っているので。母親としても、職業人としても、真っすぐに相手の目を見て話せるには勇気が要るし、物事に挑戦していくのにも勇気が要ります。

関谷 漢字とのかかわりで一番最初に頭に思い浮かぶことを教えてください。

川本 漢字は1文字で意味を表すので、コミュニケーションを効率よくしてくれる。書くにしても、読む時も、そのコンパクトさが好きです。しかも、文章の中に漢字を入れていくことで知的な文章になると思う。そういう意味で、漢字をどれだけ読めるかは、その人の頭の中の容量を広げ、自分の世界を広げていく第一歩だと思います。

蛭田 高校で漢文の授業が入ってきて、漢字が好きになりました。考えてみますと、例えば「奥の細道」にしても、冒頭の書き出しというのは、漢文というか、中国の文章からの引用ですね。日本を理解するためにも、漢字で書かれているものを理解していくということが非常に重要なんだなと思いましたね。

浅田 漢字は1個で一つの世界なんです。僕はパソコンは使わずに手で原稿書くのですが、手で原稿書いていると、文章にすごく力を与えられる気がするんですね。漢字と、漢字を略した形の平仮名の持っているあるエネルギーみたいなものが私に呼びかけてくる。そのエクスタシーはどうしても機械に渡したくない。それでずっと手で書き続けているんです。

読書と想像力

関谷 読書と書くこととの出会いを伺えますか。

掲載紙面 浅田次郎.jpg浅田 子供のころに、読むのが好きで、「読んでこんなに面白いものだったら書いてみよう」というような発想から書くことを始めたと思うんです。だから、学校で作文書けというのと、自分で物語を書くということは全然別のものだと思っていました。小学校の時に先生に、「うそを書くな」と怒られた記憶があるんですよ。普段、自分でノートにうその物語ばっかり書いているから。中学生になってから、自分の読んだ本の改ざんをよくやりました。はっきり覚えているのは川端康成の「伊豆の踊子」。帰りの船の中でめそめそと大学生が泣くというのが許せない結末だったので、自分で書き直して、クラスで回しましたね。やっぱり最後は、下田の港で抱き合って熱い口づけを交わさなければウソでしょう。

川本 欧米の資本市場とかファイナンスとか銀行のマネジメントとかを教えていますが、「市場心理」みたいなものは小説を読まないとわからないんですね。小説をどれだけ読んでいるか。読んでいると、想像力が増すし、いろんなことの理解に役立つのではないかなと思います。

蛭田 文明あるいは知恵というのは積み上げですから、そういう意味で本を読むということが非常に大事だし、日本の歴史、もしくは古来より日本と関係の深い中国の歴史を知るには、漢字を習うことが極めて重要なことだと思います。日本人の英知ということを本当に自分で体得したいなら、そのベースになる歴史をきちんと学ばなければいけないと思うようになりました。

多様性の大切さ

パソコン 漢字身近に 

関谷 物語は、漢字の使い方でずいぶんイメージが変わりますよね。

浅田 ワープロ、パソコンの世代になってから、漢字が画一的に使用されるということはあるんですよ。文学というのは文章芸術の表現の世界であるから、それぞれの漢字に対する考え方、文章に対する考え方というのがその中に反映されてこなければいけないんだけれども、これが機械を通るため、わりと画一的な漢字が出てくる。一例を挙げると、「綺麗(きれい)」という漢字がありますね。これは実は一度は消えている漢字のはずなんですよ。おそらく明治時代までさかのぼらなければ、あの漢字を使った作家というのはいないんじゃないかと思う。これが、一発変換で出てくるから、近ごろの作家は全部あの字になるんですよ。

掲載紙面 川本裕子.jpg川本 常用漢字がなぜ決まっているのかなと思いますね。しかも、それを国がどうして決めているのかなと疑問もある。いろんな人が読めたりしなければいけないとか、そういう配慮はあると思うんですけれども、ほんとうにごく普通に使っているような漢字も使えないのは、ちょっと制約があり過ぎるんじゃないか、と思います。

浅田 やめたほうがいいですよ。文化の制約だもの。これだけを使えと言っているのは愚民思想ですよ。国民はそんなに役人や政治家が考えるほどばかじゃない。比較的ふだん使われるとか、易しいとかいうものを集めて、これは常用漢字だというのは愚民思想。漢字というものは文化であるから、何の制約もされるべきではないと思いますね。

ネットとの共存

 関谷 ネット時代に漢字文化を次世代に伝えていくために、そしてうまくネットと共存していくためにどのようなことが必要でしょうか。

川本 パソコンのお陰で、みんな漢字が使えるようになっていますから、その意味では漢字への理解というのは深まっているところも多いのではないかなと思うんですね。だから、そんなにネット時代というものを否定的にとらえるのではなく、よりできることが増えたという観点が重要なのではないかなと思います。日本人は日本語を大事にすべきだと思うのですけれども、同時にきちんと英語も話せる方がいいと思うんですね。なぜか日本語か英語かみたいな議論になりがちで。どちらの言葉もそれ相応にきちんと世界を広げていけばよくて、まるで日本語を大事にすると英語をやっちゃいけないみたいな、そういうのはちょっと違う感じがします。

掲載紙面 蛭田最高顧問.jpg蛭田 私もネットを活用しますが、具体的に言うと新聞とネット、及び日本語と英語というように、うまくコンビネーションして使っていくことが重要なのではないかと思います。例えばネットで見れば新聞は要らないという論理は極端過ぎると思います。

 ネットの場合は、最初に自分の価値観と経験で情報を選別してしまうから、多面的な情報入手という意味では不利になると思うんですね。新聞の場合は、自分が興味がない事項でも、例えば大きな見出しで載っていたら必ず横目で見えますから、多面的な情報収集という観点からは、新聞のような従来のメディアも大事だと思います。一方で、速報性とか、自分である構想ができ上がったことを具体化するための肉づけとして新聞に載ってない情報をとるという意味ではネットというのは非常に便利ですから、うまく組み合わせて利用していくことは、個人生活においても、企業の活動においても非常に重要なことだと思います。

浅田 近ごろ漢字を忘れちゃってしょうがないんですよね。

関谷 パソコンを使わない浅田さんも漢字は忘れますか。

浅田 だから漢字を忘れるというのは、あれはパソコンのせいではありません。年のせいです。ただ、忘れるのは、辞書で引くのが恥ずかしいというような簡単な字が多く、複雑な字ほど忘れません。パソコンが普及した社会は、公平に考えれば私たちにとってプラスです。漢字が使いやすくなっていってプラスなんだけれども、だからこそ、使う側が勉強しなければならない時代になってきているのだと思います。使う側の我々はいろんな漢字の用法の適切な選択とか、漢字の本来の意味とか、そういうものを間違わない、誤用しない、忘れない。漢字というものを、もっときちんととらえていこうという気持ちが大切なのだと思います。

掲載紙面 パネル.jpg

◇蛭田史郎(ひるた・しろう)さん 旭化成最高顧問 1941年、福島県生まれ。64年、旭化成工業(現・旭化成)入社。2003年に代表取締役社長。10年6月から現職。次世代教育に熱心に取り組み、06〜10年、日本経済団体連合会の教育問題委員会共同委員長を務めた。
◇川本裕子(かわもと・ゆうこ)さん 早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授 東京都出身。東大文学部卒。東京銀行、マッキンゼー東京支社などを経て2004年から現職。10年には、わが子とともに読んできた絵本や児童書を紹介したエッセー集「親子読書のすすめ」を出版。

常用漢字2136字

変換普及で“規制緩和”

 法令や公文書、新聞などの出版物や放送で使用する際の目安とされている常用漢字表は、昨年11月、1981年の制定以来29年ぶりに見直された。「匁」など5字を削除し、憂鬱(ゆううつ)の「鬱」や語彙(ごい)の「彙」など196字が追加され、総数は1945字から約1割増えて2136字になった。

 見直しには、より豊かな国語表現を目指すという狙いがある一方で、パソコンなど情報機器が普及したことで、漢字が「書くことができなくても、変換はできる」ようになった現実を踏まえた「規制緩和」の側面もあるとされている。

 国が定めた使用の目安も、時代の変化を無視できなくなったとも言えそうだ。

 今回の追加漢字の選定作業に加わった阿辻哲次・京大教授は「常用漢字はあくまでも一般刊行物などに対する基準。日常生活では、漢字の表現力の豊かさを制限してしまう必要はない」としている。

「漢字のある風景」 小・中学生部門大賞

東北へ「幸」届け

掲載紙面 漢字のある風景.jpg 目を凝らすと、漢字に見える――。そんな風景を収めた写真のコンテスト「漢字のある風景」(日本漢字能力検定協会主催)が今年初めて開かれた。

 表意文字の漢字は、平易なものも、難解なものも、意味の世界を持っている。実際の風景の中で、その特性を見直してみようというのが狙いで、「小・中学生部門」517点、高校生以上の「一般部門」1243点の1760点が寄せられた。構図の巧みさ、写真の出来栄えに加え、それぞれの漢字の意味が、どのように写真の中に生かされているかも選考のポイントだ。

 「東北に届け」というタイトルで小・中学生部門で大賞に選ばれた新潟県関川村立関川中3年の高橋成美さん(15)の作品=写真=は、家族や親戚が手を広げて並び、長く延びた影が「幸」の字に見えた一瞬をカメラに収めた。

 高橋さんは「幸せが長く続きますように、そしてこの想(おも)いが東北に届きますようにと2つの願いを込めた」と話していた。

 両部門の大賞作品や特別賞の作品は、同協会ホームページhttp://www.kanken.or.jp/index.phpで見ることができる。

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