よみっこ運動記念講演会「本の楽しみ方あれこれ」

よみっこ運動とは

よみっこ運動実行委員長 河西明子さん

よみっこ運動は、活字文化推進会議の委員でもある井上ひさし先生が、イタリアのボローニャでの運動をご覧になり、ぜひ日本でも実現させたい、特に市川で進めたいという熱い思いからスタートしました。

この運動には3つの柱がございます。1つは子どもたちが読書の習慣を身につけること。2つ目は大人が子どもたちのサポーターになって応援し、地域の交流を生み出すこと。3つ目は本を読んでごほうびとしていただいたお金を子どもたちが社会に役立てることです。

昨年5月によみっこ運動を須和田と菅野と真間地区から始めました。子どもたちはたくさんの本を読んで9月に発表し、サポーターの大人から7万円ものお金をもらいました。このお金の使い道について、子どもたちは何回も何回も話し合いをしました。アフリカの水のない国に水を贈る、富士山をきれいにする、過疎の学校に本を贈る、二十幾つもの案を出し、最後に自分たちで手渡せる市川の支援学校を選びました。「社会貢献って少しはわかったよ」と子どもの一人が言っていました。

引き続き今年もよみっこ運動に取り組みます。ご支援、ご協力をお願いいたします。

よみっこ運動記念講演 「本の楽しみ方あれこれ」

出久根達郎さん(作家)

本の楽しみ方ー1 朗読について

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市川は私の母親が、嫁に行った姉の近くに住んでおりまして、私もバスでよく行っておりました。私の母親は本が読めませんで、昔は決して珍しいことではないんですが、本人にしてみればこんな寂しいことはないわけですね。そこで、私は母親に本を読んで聞かせてあげました。朗読ですね。母親は大変喜ぶわけですよ。今でも思い出しますのは、「安寿と厨子王」を読んでいたときに、あれは母と子が引き離されて人買いにさらわれて、佐渡島で再会するという話ですから、母親が突然泣き出しましてね。

私は母親を喜ばせるために、単なる棒読みじゃなしに、声色を使って読みまして、時には落語調、時には歌舞伎調、時には活動弁士風、と読んでいる自分も楽しかったものです。

先月、日本ペンクラブ主催の「世界P.E.Nフォーラム」が開かれました。これは世界各国の作家が集まりまして、今年は「災害と文化」をテーマに小説、詩、俳句、短歌、映画、音楽、を4日間にわたって発表しました。私のような素人は自分の作品を朗読するわけです。私は小学校のときから母を感動させていますから、もううってつけというか、待ってましたですね。

私の『安政大変』という短編集の中に「おみや」という小説があります。井戸掘り職人と夜鷹のお話です。

「おみや、ねえ、おみやちょうだい」

「おみやか、もうおみやの種は尽きたぜ、何にもねえよ」

「なら、歌を歌っておくれよ」

「また歌か、しようがねえな。おいらちっとも気が休まらない
何だかずっと仕事をしているみたいだぜ」

「こうしていい子いい子してやるからさ
さあ、あたいのために歌っておくれよ」

「歌うからくすぐるんじゃねえぜ

えー、掘り抜き掘れたか ドッコイコーリャ

おいらが締めるは さらしのふんどし

あねさん締めるは まっかな湯文字で

紅白重ねで底突きゃめでたい

水花咲いたよ もうじき水神

ドッコイドッコイ ソレソレ ドッコイ 噴き上げる

こいつは井戸掘りが掘った土を、綱の先につけた桶で、
地上へ上げる時の歌だよ」

「水花って何だい」

こういう調子なんです。(拍手)

朗読していますとよくわかりますのは、目で読んでいるときには飛ばして読んでいる部分も、一字一句そのまま言葉を追っていかなければならないから、今まで気がつかない本当は重要なところを読むことができます。作家は説明の文章もだてに書いているわけではありません。朗読してみますとよくわかります。家族にぜひお試しください。まず感動するのは自分自身です。

本の楽しみ方−2 読書を記録する

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私は中学を卒業しますと、東京月島の文雅堂書店という古本屋に入店しました。古本屋ですからまず本を読まなくてはいけない。そこで「よし、一日三冊本を読んでやる」と始めましたが、そんなに読めるわけないし、だんだんむなしくなってきます。それじゃあその日に読んだ本のページ数を記録してみようと考えた。ある本を読んで何十ページ、あるいは、何百ページという数字を記していったんです。これが意外におもしろいんですね。一年間統計しますとびっくりするような数字になります。

それだったらば、ページ数だけじゃなくて、字数を記録してみようと考えたわけです。読んだ字数、1ページの何行と数えて掛けて、あとページ数をかければ何十何万何字読んだと出るわけですけれども、それを1年間ずーっと続けて統計したんです。これはすごい数字になりますよ。

私は次に自分の読んだ本の感動した部分を大学ノートに書き写すという作業を始めました。最初に読んで感動して、抜き書きをするときまた二度読んだ形になる。何年かしてそれを読むと、三回同じ本を味わうことができます。やっぱり20代ぐらいに抜き書きした文章を読み返しますと、何でこんなところに感動したんだというのがあります。でも、自分の成長、思想の移りかわりを見ることができてこれまた楽しいですよ。

本の楽しみ方−3 本が結ぶ人のつながり

昔、渋田利右衛門という、北海道の小樽で海産物を商う大商人の一人息子がいまして、本が大好きで大好きで、子どものときからもう親の言いつけは守らないで本ばかり読んでいる。商人で跡継ぎですから、それでは困るわけです。それで親御さんが柱に縛りつけて両手を縛りつけちゃうんですね。そうやって読ませまいとしたら、渋田利右衛門さんは縛られたまま足で本のページをめくって読んでいたというエピソードがあります。

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そんな渋田利右衛門さんが本屋に行きますと、いつも立ち読みしている青年がいます。それがあの勝海舟です。勝海舟は本が好きで毎日のように本屋に行くんですね。家が貧しいので本を買うことができず、立ち読み専門でした。ある日、勝海舟に「私があなたにお金をあげます。その金であなたの好きな本を買ってください。あなたが読み終わったらば、その本を私に回してください。」と200両あげたんです。まことに奇特な人であります。私も勝海舟の立場なら喜んじゃいますね。

この渋田利右衛門さんは、勝海舟のパトロンになります。勝海舟が長崎に留学するときも、お金を出したのはこの渋田家、渋田利右衛門なんです。渋田利右衛門は、海舟が買って送られてくる本を見てこの人間はただ者ではないと感じたんですね。

そんなわけで海舟は出世していきます。一方、渋田家は幕末になって没落していくんです。勝海舟は恩義に報いるために、まず渋田家に名字帯刀を許し、そして渋田家の持っていた本、つまり自分が買った本を小樽の図書館に買い上げさせました。

ちなみに渋田家というのは明治になりますと、妙なところで顔を出してくるんです。島崎藤村の最初の奥さんがお冬さんといいますが、この方が小樽の網問屋の娘さんで、子どものときから本が好きで、近所にあった渋田利右衛門の息子さんの貸本屋から本を借りていたんです。こんなふうに勝海舟から何と島崎藤村の奥さんまでつながってくるんですね。

本の楽しみ方−4 本を語ること

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本というものは1人で楽しむことももちろんできますけれども、実は自分が読んだ本を人に語るということも楽しみの1つでして、また、語ってみたいものです。相手に「そんなにおもしろいなら俺も読んでみよう」という気持ちがあれば、今度は「どうだった?」と対話が生まれます。よみっこ運動の1つの原点みたいですね。

自分の感想を語り、相手の感想を聞くことで、「あ、人というのはこんなにも物の見方が違うものなんだな」というのがわかります。生きていくには、相手の立場を尊重したり、協調しなくてはならないですから、子どものうちから本に親しんで、親御さんが「どんな話だった?」とか、「主人公どういう人なの?」と具体的に聞いて、できるだけ子どもに話させる。子どもも自分で思想を組み立てることができるし、空想力の豊かな子どもでしたら、自分で物語のその先をつくるかもしれない。それを引き出してやるというのは、大事なことじゃないかと思いますね。

(2008/04/03)

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