21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2003/06/29

活字文化公開講座、富山大で開催

■出演
高山文彦さん(作家)
二村文人さん(富山大学人文学部教授)

 読売新聞社が進める「21世紀活字文化プロジェクト」の一環として、富山市五福の富山大で28日開かれた「活字文化公開講座」(主催・活字文化推進会議、富山大学)には、約110人が訪れ、作家の高山文彦氏らの講演に聴き入った。

 基調講演で、高山氏は、「文学は、敗北と貧困、差別など、自分ではどうしようもない状況に置かれた人間が、非常に強い思いに突き動かされて生み出す。それが言葉の力につながる」と説明した。

 また、早世したハンセン病の作家北条民雄を題材にしたノンフィクション作品「火花 北条民雄の生涯」を執筆する過程で、ゆかりの人を取材したことや、北条について書かれた本を古本店で見つけたことなど、偶然とは思えない「出会い」をしたエピソードを披露。「1人ひとりの人間が、本にはならなくても、たくさんの言葉、文学を自分の中に持っている。北条が日記につづった『人間はただ生きているだけで尊い』ということに気付いた」と語った。

 また、「俳句の言葉/落語の言葉」をテーマに関連講演した同大人文学部の二村文人教授は、「一定の形式があり、文字や語りだけで伝える俳句や落語は、いずれも制約が多い不自由な表現。それを乗り越えるために読者や聞き手の想像力にゆだねることで、人の心を動かすものになる」と述べた。

 その後の質疑では、講師2人が、それぞれの本との出会いなどについて話した。参加した富山市の主婦米田信子さん(53)は「講師の話を聞いて、また読みたい本や、知りたいことができ、視野が広がった気がする」と話していた。

基調講演「石に刻む言葉」/高山文彦さん

旧約聖書の大叙事詩「ヨブ記」

20030629_01.jpg 今日の演題の「石に刻む」は旧約聖書の中の大叙事詩、ヨブ記からの引用です。ヤーウェの神を敬う羊飼いのヨブは、悪魔にささやかれたヤーウェによって、羊を何千頭も殺され、わが子や妻たちを皆殺しにされても、ヤーウェへの信仰をやめようとしませんでした。しかし、ある日、信仰をかなぐり捨てて、岩の上に7日7晩座り続け、そこにやってきた3人の友人に「どうか私の言葉が書きとめられるように。どうか私の言葉が足元に記されるように。鉄の筆と鉛とを持って、長く岩に刻みつけられるように」という言葉を吐いたとあります。ヨブは最終的にはヤーウェの神に救われ、再び信仰の世界に戻っていくのですが、ヨブは美しい心を信仰の言葉にするよりも、恨みの言葉をたくさん吐露しました。

言葉は負のエネルギー

 長く岩に刻み付けられるようにとまで言い残した言葉に込められた強い意志というのは、自分自身の力ではどうすることも出来ない、いわれなき差別、敗北、貧困を強いられた人間が、それを言葉で表していくという、人間の言葉に対する思いです。ですから言葉というのは、いわば、負のエネルギー、負の方に向いたエネルギーです。負であれば、あの世に駆け出してしまっていいのだが、あの世に駆け出すための自分の思いが、まだ込められていないという歯がゆさ。何十世紀もにもわたって生きてきた人類が、歴史に留めてきたたくさんの言葉の大半は、そういうものではないかと思います。

わずか3年半の作家活動

 私の作品『火花—北条民雄の生涯』は、昭和初期にハンセン病を患った小説家の北条民雄を描いています。彼は徳島で生まれ育ち、19歳で東京のらい療養所「多摩全生園」に入所し23歳で死にました。19歳の終わりから作家活動を始め、わずか3年半の作家活動です。療養所の中に文芸活動のグループがあり、同人誌も出していましたが、あくまでも趣味の域を出ていません。北条は、いわゆる、らい以外の社会に対して作品を発表した最初の作家で、その後も、北条クラスの人は出ていません。ハンセン病の重い症状というのは、鼻、鼻梁がかなりありませんし、全体が崩れてしまいます。北条は近い将来の自分の姿を、目の当たりに見せられて悩んでいました。

川端康成が北条民雄を手助け

 日本ではハンセン病患者の強制隔離政策がとられ、一方では、無らい県運動などで患者が出た家は村に居られなくなり、一家離散の悲劇が繰り返されてきました。北条というのは、そういうハンセン病の歴史の中でちょっと際立ち、全く別の光を放つ小説家として世の中に出たわけです。社会に対して発表するのを手助けしたのが、当時36歳ぐらいで既に大作家であった川端康成です。北条は療養所の中から、自分の書いたものを読んでほしいと川端さんに手紙を出し、2か月後、送るようにとの返事を受け取りました。それから3年間、2人は90通もの書簡をやり取りし、一番絶賛されたのが、『いのちの初夜』という中編小説です。僕が北条のことを書こうと思ったのは、学生会館の地下の電源室で寝泊まりしていた20歳の時に、この小説を読んで号泣したのがきっかけでした。

人間は言葉で考える

20030629_02.jpg 『いのちの初夜』は、北条とおぼしき新入所患者が、入所した最初の一晩の話です。新入所者は最初の1週間を、重症病室の中で過ごします。主人公が尾田(おだ)という人物になっていて、先輩の佐柄木(さえき)という軽症患者が、尾田にらい園内を案内し、重症病室で重症者のケアをする時に、こういうふうな一節があります。「『ねえ、尾田さん、あの人たちはもう人間じゃないんです』。尾田はますます佐柄木の心が分からず、彼の顔を眺める。『人間じゃありません。尾田さん、決して人間じゃありません』。佐柄木の思想の核に近づいたためか、幾分の幸福めいたものを浮かべて言うのだ。『人間ではありませんよ、生命、生命そのもの、命そのものなんです。僕の言うこと分かってくれますか、尾田さん。あの人たちの人間はもう死んで、崩れてしまったんです。ただ、生命だけがビクビクと生きているんです。なんという根強さでしょう』」。我々人間は、言葉で考えていきます。ですから、いろんなものを装ったりする場合が結構多いと思うのです。この「ただ、生命だけがビクビクと生きている」というこの一節は、僕の心を非常に楽にした一節でした。

神々しい読み書きへの真摯(しんし)な姿勢

 結局は、らい園の中からは逃れられない物語になっていて、だれも救われるわけではありません。間違いなく盲目になって指が使えなくなり、ペンを持てないため小説を書きたくても書けなくなるのを、北条は一番恐れていました。患者の方々はペンが持てなくなると、両方の手を使い、握り手を抱くように握って動かして書きます。この形、姿が拝んでいる姿に見えるので、拝み書きというそうですが、あの人たちは文字どおり祈って書いていると思います。でなければ、あんなに筆をのろのろ動かしてまで、物を書こうなんて思わないでしょう。また、盲目になられた方々の点字を読む姿を見ると、ぞっとするほどの感動を覚えます。唇や舌先を点字に当てて識字しますが、微妙な点々を自分の舌先でまるで字を味わうように読んでいます。言葉をこのようにして読み書きされる切実な姿は、言葉について大きな示唆を与えてくれます。つまり、言葉を求める姿は、それほどまでに神々しく、ひれ伏したい光景なのです。

死の間際まで書くことに貪欲だった

 『火花』で僕が一番書きたかったのは、ビクビクと生きている生命というものは、一体どんな姿をして、どんな青春を生きて、死んでいったかということです。北条が死ぬ直前の真夜中の2時か3時頃、付き添いの東条耿一(とうじょう・こういち)は眠り込んでしまいました。東条、東条と北条の呼ぶ声がするので振り向いて見ると、北条が寝たまま枕を高々と持ち上げ打ち返しています。暴れていたのでしょうか。そして「こんな夜は、足がビンビンはね上がる。何でこんなに充実しているのか。君、原稿書いてくれ」って言ったそうです。北条は書くことに貪欲で、死ぬ間際、「おれは5分でも6分でもいいから、社会にもう一度出て暮らしてみたい。この病院で見たこの目を持って、もう一度社会を見てみて、今までに誰も書かなかった小説を書くんだ。そのためだったら、これからの一生を、全部夏の闇夜に捧げたって構わない」と豪語する若者でした。

人間それぞれの中に文学がある

 文学というのは、作家がやっているわけではなく、だれでもが文学をやっています。本にならなかった沢山の言葉を皆さん一人一人がお持ちです。たった1行かもしれないし1000行に余る叙事詩に近いものかもしれません。人間それぞれの中に文学があって、それはおびただしいぐらい、死んだり、生まれ変わったりしながら生きていると思われます。北条は非常に極端な形で、死を前に自分の肉体が壊れていくことへの恐怖にとりつかれていましたから、どうしても言葉が勝っていかなきゃいけなかったのでしょう。しかし、彼はそういう言葉と闘争をやりながら、日記に「人間は、何もできない状態にあって、生きているという事実だけで尊いものだ」とホッとするような1行も誰知れず書き付けています。こんなことを独り言で書く北条も、一方にはいたわけです。

望ましい世界に向って物を書く

 言葉は恨みをたたきつけるだけのものとは全く違います。物語としてきちんと残っているものには、そういう恨みだけではない教えがどこかにあります。百万人いれば百万人の胸に伝わってくる、そのことを僕は望ましい世界という言い方をします。望ましい世界へ向かって物を書かねば、物を書き、表現することとまったく違うことになってしまいます。おそらく北条が言った「生きているだけで尊いものだ」というところに、望ましい世界があるのかもしれません。『火花』を書き終えて初めて気づいたことは、北条が、作品にも何にもせず、独白のようにつぶやいている日記に刻んだ「人間は何もできない状態に置かれてさえ、ただ生きているだけで尊いものなのだ」という言葉の意味です。結局はそこだったのかというのが、自分にとってはとても大事な発見でした。

 では、時間になりましたので、ここら辺で終わります。どうか皆さんも、文学を続けてくださるようにお願いします。

(2003/06/29)

高山 文彦(たかやま・ふみひこ)
1958年生まれ。宮崎県出身。NTV映像センター、大下英治事務所を経て91年8月にライターとして独立。神戸市の小学生連続殺傷事件や少年を実名報道した大阪・堺市の通り魔事件など、少年事件のルポを書く。「火花—北条民雄の生涯」で大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞し、新境地を開く。

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