21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2003/07/26

活字文化公開講座 in 北大「本が夢の出発点」

■出演
谷村志穂さん(作家)
古賀弘人さん(北海道大学言語文化部教授)

「21世紀活字文化プロジェクト」の一事業「活字文化公開講座」(主催・活字文化推進会議、北海道大大学院国際広報メディア研究科)が18日、北大で220人が参加して開かれた。札幌市、北大出身の作家、谷村志穂さんは「北の窓辺で本を読む」と題した基調講演で「幼いときに、良い本に出合うことが大切」と強調。古賀弘人北大言語文化部教授は、出版社の編集者だった経験を生かした授業内容を披露した。参加者との質疑応答もあった。

基調講演「図書館で世界を旅」/谷村志穂さん

20030726_01.jpg 五、六歳のころ、父に連れられて北大によく来ました。都心にありながら広々としたキャンパスを、「学生さん」が本を片手に歩いていました。こうした光景が心に残り、ごく自然と北大に進学しました。

 読書も幼いときに、本と出合うことが大切です。学校で朝、読書をする中学、高校が増えているようですが、本と親しむ習慣がつくのは、5歳から8歳ぐらいまでではないでしょうか。

 本との出合いで、一番覚えていることは、冬の朝です。父が起きて石炭ストーブの火を付け、台所で母が朝食づくりを始めます。両親の会話で、私と妹は目を覚ますと、両親は「部屋が暖まるまで寝ていなさい」と言いながら、本を与えてくれます。

 私は悲しい話が好きで、特に最後に主人公と犬が死ぬ「フランダースの犬」は、本がぼろぼろになるまで読みました。違う結末になるのではないか、と毎日読んでいました。というのも、小学校の図書館に子供向けの要約本があって、ハッピーエンドで終わる本もあったからです。この読書体験が自分の夢を見つけに行く原点になったような気がします。

 クリスマスプレゼントは、いつも本でした。クリスマス前になると、両親が本名を書き並べ、「どれが読みたいか」と尋ねました。

 札幌西高では、図書室に通いづめていました。本の後ろに小さなポケットがあって、本を借りた人や日を記したカードが入っていました。私が借りようとする本は、常に同じ人が借りていました。友達になった彼女は今、大学の助教授をしています。

 小遣いでは、欲しい本を全部買えないので、手帳に読みたい本のリストと月ごとに買う本を書き込んでいました。図書室では、「今月はこの棚の本を読み切る」と心に決めたものです。

 図書室の窓からしんしんと降る雪を眺めながら、「いつか、世界を旅して、いろいろな人に会いたい」。図書室にいると、どこにでも行け、どんな人にでも会えそうな気分でした。

 北大では農学部で応用動物学を専攻。英国の生物学者、リチャード・ドーキンスをはじめとする進化生物学、遺伝子関係の本を読みあさりました。

 大学院に進むつもりでしたが、担当の教官は「残念ながら君は、研究者に向いていない」。確かに実験でいろいろ失敗がありました。「でも、もっと長い目で見て欲しい」と教官を説得しようとしましたが、教官から「あなたの論文のことを言っているのです。論文は面白いが、A地点からB地点に文章の力で強引にもっていこうとしています。物書きになった方がいいのでは」と言われました。

 この言葉に従ったわけではないのですが、縁あって東京・神田の小さな出版社に就職しました。

 本と人とのかかわりは、様々です。ある友人は、本のため2部屋を借りています。「全部読むの?」と聞くと、「いや、老後の楽しみのため備えている」。まだ、20歳代なのに。

 私は、27歳の時、本を出し、これまでに40冊以上になりました。

 作品は、自分の足元、立場からしか書けません。1人の人間として、女として、この時代を生きている者として、書き続けます。

 北海道に生まれ育ったことを忘れたことはありません。昨年、渡島・南茅部の昆布漁村を舞台にした女三代の小説「海猫」を発表しました。これからも、北海道を舞台にした小説を書いていきたいと思います。

基調講演「大作読む体験を」/古賀弘人さん

20030726_02.jpg これまで都会で働く人を描いてきた谷村さんの新作「海猫」は一転、北の大地で働く人たちを主人公にした重厚な大作です。

 日ごろ学生と接していて感じることは、小さなことを完ぺきにやろうとする意識が強いことです。学生が本から離れているとは思いませんが、読んでいるのは、ハウツー物など実用本や軽い読み物が大半です。短絡的な社会と関係しているのかもしれません。
 小説の魅力は、訳の分からない混とんさ、一言では言えない世界にあります。読んでも読み切れない。物語の先を示唆する何かがあります。

 私たちが若いころ、ドストエフスキーの「罪と罰」のような大作を読まないと学生ではない、という感じでした。今の若い人にも、大作を読む体験をしてもらいたい。

 本は、作家だけではなく、印刷、製本などいろいろな人の協力で作られています。この中で、編集者は、黒子的役割を担っています。作家は、締め切りがなければ書けません。作家が満足することはないので、締め切りであきらめてもらうのです。締め切りを守らせるのが編集者の大きな仕事です。

 北大では、授業で学生に編集の仕事をしてもらっています。まず、編集会議を開いて本のテーマ、内容を話し合い、価格、販売戦略まで考えます。文学部の学生が考えた企画とそっくりの本が出版され、驚いたことがあります。編集をやっていける人が大学で育っています。

 小説は、他者を使って自分を客観的に表現します。出版することは、自分の双子を世に出すようなものです。言葉は見えず、一瞬に消えます。言葉を残すために活字があります。ですから活字文化が滅びることはありません。

 ともに手作りの出版、新聞は、遅れた業界と言われています。しかし、遅れていることは悪いことではありません。新しさと古さのはざまに、何かを生み出すチャンスがあるはずです。

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質疑応答

熱心に耳を傾ける参加者

——「最も影響を受けた本を教えてください」(厚別区、41、主婦ほか)

【谷村】 イギリス生まれの児童文学者ロフティングの作品「ドリトル先生」シリーズ(全12巻)。動物の言葉を話せる獣医師の大冒険物語です。この本の影響で、北大で応用動物学を学び、世界を旅するようにもなりました。

【古賀】 谷川俊太郎の詩集から、言葉の自由さを教えられました。

——「どうして作家になろうとしたのですか」(函館市、23歳、北大生、女性)

【谷村】 なろうと思ったことはありません。作家を職業とすることは、作品内容に時代が求める何かがあるからでしょう。

【古賀】 作品を書き、発表することは、他人から批評、審判を受けることです。「あなたは作家です」と他人が言ってくれるのです。

——「出産後、読書の好みが変わったり、書く作品の内容に影響はありましたか」(江別市、38歳、主婦)

【谷村】 体験と書くことには時差があります。新米の母親なので、まだ影響は表れていません。子供に読み聞かせますから、読書の好みは大きく変わりました。気が付いたのですが、「赤ずきんちゃん」をはじめオオカミはみな悪者、いいオオカミが登場する物語を書きたいですね。

——「読書をした人としない人とでは、大人になってどんな違いが出てくるでしょうか」(北区、女性)

【谷村】 顔が違います。先日、そば屋さんで「○○人もそば好きです」「あんな顔で」という会話を耳にしました。顔つきに自然と表れるのでしょう。

【古賀】 読書をしてきた人は、静かに適切に語ります。人の意見に耳を傾ける、幅広い人間性も身につきます。

——「活字と映像の相違点は何でしょうか」(南区、53歳、会社員、男性)

【古賀】 映画を例にとると、時間内にきちんと終わり、去っていく。見ている間は快楽があるが、快楽を思い出すのが難しい。小説は、本を手元に置いておけば、どこでもいつでも読むことが出来ます。

——「図書館の役割をどう考えますか」(厚別区、63歳、非常勤公務員、男性)

【谷村】 本が思うように買えないから図書館を利用する人が少なくないでしょう。最近の図書館は、新刊、話題本が多く、書店のようです。そうした本があってもいいですが、まずは買うには高すぎる、歴史的意味がある本をそろえて欲しい。

(2003/07/26)

谷村志穂(たにむら・しほ)
作家。62年札幌市生まれ。北大農学部卒。90年にノンフィクション「結婚しないかもしれない症候群」で脚光を浴びた。「十四歳のエンゲージ」など次々とベストセラーを発表。近作には大河小説「海猫」や「ごちそう山」、短編集「ベリーショート」など。
古賀弘人(こが・ひろと)
北海道大言語文化部教授。46年胆振・白老町生まれ。東京外語大イタリア語学科卒業、早川書房に入社し編集者。退社後、同大講師を経て91年に北大助教授、96年から現職。「チェッリーニ自伝」(上・下)の翻訳や「世界の歴史と文化 イタリア」の共著など。 

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