21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2003/11/27

中京大学で活字文化公開講座、津本陽さんが基調講演

■出演
津本陽さん(作家)
酒井敏さん(中京大文学部教授)

 読売新聞社が提唱する「21世紀活字文化プロジェクト」事業の一環である「活字文化公開講座」(活字文化推進会議、中京大学主催)が、11月14日、名古屋市昭和区の中京大名古屋キャンパスで開かれた。8回目の今回は、作家の津本陽さんが「日本人の活力」と題して基調講演。同大文学部の酒井敏教授が「言葉と映像〜戦争を伝える」のテーマで関連講演した。さらに、聴講者から寄せられた質問に両氏が答える質疑応答があり、300人の聴講者をわかせた。活字文化をめぐり、興味深いエピソードや見解が紹介された質疑応答でのトークの一部を紹介する。

基調講演「日本人の活力」/津本陽さん

年重ね見方に変化

20031127_01.jpg 「日本人の活力」では、歴史小説を書き始めた戦国時代からの時代の流れや背景を説明したうえで歴史を動かした人物たちの活力を紹介。「これから世界情勢の変化はすさまじい状況になると思うが、歴史小説を書く者としては、それを切り開く活力というか、織田信長のように、日本を左右するピンチには、しかるべき指導者が出てくるだろうという期待感を持つ」と述べた。

——お二人に、本との出合い、思い出を語っていただきたいと思います。

【津本】 小学生になって字を覚えると、遊ぶことよりも、お菓子を食べたりすることよりも、本を読むのに夢中になりました。自分の見知らぬ世界が本によって目の前に開けてくるような感じがしたからです。私の母方の祖父は商人で、「本ばっかり読ませていたらだめだ。もっと遊び回るような子供にしなきゃあ」と母によく小言を言っていました。

 中学3年のとき、勤労動員で明石の川崎航空機工場に行くまで、熱病のような読書欲は続いていました。そこで大爆撃を食らって、自分の内部の世界だけじゃなくて、外の世界の方が大きく動いているような感じがしてきました。そこから読書の質というんですかね、本当にその中へおぼれてしまったような感じはなくなりました。

【酒井】 私は、絵本から漫画に進みました。少年週刊誌の「サンデー」「マガジン」と同い年なので、ずっと読んでいました。小学3年のとき、「マガジン」の広告で見た、小学5年生の作文コンクールの課題図書、那須田稔の「チョウのいる丘」という本に興味がわき、それを買ってきてもらいまして一気に読みました。悲しい話で、わんわん泣きました。その経験が私にとっては圧倒的な本との出合いですね。

——津本先生が作家になるきっかけは。

20031127_02.jpg【津本】 私は35歳の8月まで会社に勤めており、約10年半サラリーマンの生活をいたしました。祖母ら身内3人が相次いで病気で亡くなったのを契機に、同じ生活をしていれば安楽ですが、何かつまらない。自分の力で生きてみたいということで、金魚鉢から金魚が外の川へ泳ぎ出すというような感じで会社をやめたんです。それから、家で不動産の管理をしたりしましたが、賃貸業というのは何もすることがないんですね。それで、小説を書こうと思い立って、神戸の「VIKING」という同人雑誌に入りました。

 私は小説と散文の区別がつかなかったんです。編集者に「章が変わるときに一マス空けるんだ」と、36歳ぐらいで初めて教えてもらいました。もう過ぎ去って、元へ戻ってこない自分の過去に対する哀惜の思いというんですかね、生きている何ともいえない辛い感じと、消えてしまった過去を文字でもう1度形づけたいということで、「丘の家」といって、僕が大学のときに下宿していた料理屋のおかみさんの家の話を書いたんです。それをたまたま出したら、第56回ですか、いきなり直木賞候補になりました。それが私の第一作です。そのときは五木寛之さんが「蒼ざめた馬を見よ」で受賞して、私は落ちたんですけれども、「オール読売」に候補作として一緒に載せていただきましたが、それがなかったら、私は今まで小説を書かなかったと思うんです。13年後に第一回の長編で直木賞をもらいました。

——これからの活字文化について。

20031127_03.jpg【津本】 私は時代に即応するような動きをするということに興味が持てないものですから、同じような書き方でいくと思います。ただ、人間の見方は、年をとるにつれて角度が変わってきます。あれっというように見方が変わります。だから、50歳、60歳、70歳のときに、同じ人物をテーマにして小説を書いても、違う小説ができると思います。

 若いときは、例えば成功してやろうと思うと、1か月先、あるいは半年なんて随分遠いじゃないか、1年先なんて考えられないという感じです。ところが、そういう心の焦りというんですかね、そんなものはなくなって、人間の不変の法則というんですか、そういったものに沿って大きな足跡を残した人たちの生き方をたどっていくという作業がほとんど身について、毎日机に向かっています。

【酒井】 言葉で伝達するという営みは基本的になくならないでしょう。その一方で、言葉はメディアに乗って流れる。そこには映像もあるし絵もある、音楽もある。競争と緊張関係の下でツールもどんどん変わってくるでしょう。

——最後に、お勧めの本、あるいは心に残る一冊をご紹介していただければと思います。

【津本】 特にないんですけれども、内田百?閧ニ木山捷平(しょうへい)。2人とも岡山県人ですけれども、あの人たちのものは、何ともいえない、じわっと大きな滋味というものがあります。

 ポピュラーな作家では、松本清張さんの作品は、現在の私が読んでも結構おもしろい。作家は、ほかの作家の作品は余り読まないけれども、清張さんの作品は、ちょっと手にとって読むと、ぐっと引き込まれるんです。不思議だなといつも思っております。

 それから、ほかの国の作家は、翻訳本でしか読めないですけれども、ソルジェニーツィンというロシアの作家ですね、これは前から認めているんです。ソルジェニーツィンの作品を見ると、大きな球体のような感じに、非常に盛り上がっているわけです。あれはやっぱり民族の感覚の違いかなと、驚きと興味を持っています。

20031127_04.jpg【酒井】 読者が小説を読むという行為もクリエイティブな行為なんだという立場からいいますと、昔読んだことがあるけれども、読み返してみると、とんでもなく手が込んでいるとわかる、そんなタイプの小説をお勧めしたい。

 例えば、夏目漱石だと「坊っちゃん」、芥川龍之介だったら「藪の中」ですね。谷崎潤一郎の「春琴抄」も同じようなタイプかと思います。

 もう一つ、非常に実験的で、読んでびっくりした作品が、福永武彦の「死の島」です。長い小説で、前後編合わせると900ページほどあるんですが、24時間のことしか書いてない。今、文庫本が切れていますので、それこそ図書館にでも行っていただかかなくてはなりませんが、ここまで構成を計算して小説を書くのか、と驚かれるでしょう。

 最近読んでお勧めなのが、池永陽という人です。デビュー作になりますが、「走るジイサン」という、ちょっと奇妙な味の、今風という言葉がいいかどうかわかりませんが、非常に軽快に読むことのできる小説です。「現代風とはこういうことか」ということを考えていただく上でも面白いでしょう。

進行は新山豊・活字文化推進会議事務局長

関連講演「言葉と映像〜戦争を伝える」/酒井敏さん

読書は創造的行為

 「言葉と映像〜戦争を伝える」では、戦争を描いた二つの映画「プライベート・ライアン」「史上最大の作戦」、さらに「小さな中国のお針子」から、中国の下放政策下での読書への渇望を描いた場面を上映。「映像は我々に簡単に誤った情報を流し込めるが、言葉による情報は、受け手側がその情報を吟味し、考える余裕を与えてくれる」と指摘。「映像の時代だからこそ、言葉をなくしてはいけないし、言葉による伝達の努力をやめてはいけない」と述べた。

(2003/11/27)

津本陽(つもと・よう)
和歌山市生まれ。東北大法学部卒。1978年に「深重の海」で直木賞。95年には「夢のまた夢」で吉川英治文学賞を受賞。2000年6月から翌年9月まで、読売新聞で親鸞聖人伝「弥陀の橋は」を長期連載した。97年、紫綬褒章、今年秋の叙勲では旭日小綬章を受章。近著に「勝海舟」「異形の将軍 田中角栄の生涯」「武蔵と小次郎」など。
酒井敏(さかい・さとし)
中京大文学部教授。千葉県生まれ。早稲田大教育学部国語国文学科卒。同大大学院文学研究科博士後期課程中退。専門は日本近代文学だが、メディア論や映画など幅広いジャンルの研究に取り組む。日本児童文学学会会員。著書に「森鴎外とその文学への道標」など。

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