21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2006/07/23

近畿大学で活字文化公開講座〜山田詠美さん「読書ってロマンチック」

■出演
山田詠美さん(作家)
奥泉光さん(作家)

 読売新聞社が進める「21世紀活字文化プロジェクト」の一環として、「活字文化公開講座」(活字文化推進会議、近畿大主催)が10日、大阪府東大阪市の近畿大で開かれました。作家の山田詠美さんと、作家で近畿大教授の奥泉光さんが、「活字の快楽、小説の悦楽」と題して対談、学生や市民約650人が聴きいりました。

 奥泉さんが「小説は半分を作家が作り、後の半分は読者が想像力で作り上げるもの。インターネットが登場するはるか前から、双方向性の媒体だった」というと、山田さんも「昔の小説でも現代の読者が読めば、時代を超えて新たな世界が立ち上がる。読書ってロマンチック」と語りました。

 対談の後、奥泉さんのフルート演奏をBGMに、山田さんが昨年の谷崎賞受賞作「風味絶佳」を朗読、盛んな拍手を浴びていました。

基調講演

いじめられ全集が救い/山田さん 本は双方向性メディア/奥泉さん

20060723_01.jpg【奥泉】 職業作家になろうと思ったのはいつ?

【山田】 「文芸賞」を受賞した初めての小説「ベッドタイムアイズ」を書く時に、プロでやっていくと決めた。それまでも1、2行は書いたことがあったが、プロのレベルに達していないと自分で分かった。

【奥泉】 僕は29歳で、「すばる文学賞」の最終選考に残った。「これでやれるかな」という感触をその時得た。

【山田】 本当は漫画家になりたかった。大学で漫画研究会に入っていたが、ストーリーを作り、ネーム(せりふ)を書くのが好きなだけで、絵を描くという細かい作業に耐える根気がなかった。私がやりたいのは絵がないものなんだと、21歳くらいで気づいた。

【奥泉】 小説は読んでいた?

【山田】 ええ。「人の本は読まない」という作家が時々いるけど、あれはウソ。

【奥泉】 同じひとつの小説でも、読者の数だけ小説の世界は広がる。豊かな世界を引き出す読者も、貧しい世界しか作れない読者もいる。書くことはよりよく読むことの延長線上にある。

【山田】 それに他の作家の小説を読まないと、自分のポジションが分からない。

【奥泉】 実はデビュー当時、他人の小説の影響を受けてしまいそうで、読むのが怖くなったことがある。

20060723_02.jpg【山田】 誰にもあると思う。でも、影響を咀嚼(そしゃく)して自分のものに変えていくしかない。読むことでしか解決できない問題だ。

【奥泉】 僕も後には、もっともっと影響を受けたいと思うようになった。小説とは、偶然読んだものや無秩序な要素を、作品世界に取り込んでいくジャンルだからだ。

【山田】 乱読でいい。この傾向のものしか読まないと決めた人の小説は、世界が狭い気がする。偏食は体に悪いのと同じ。

【奥泉】 子どものころはどんな読書を?

【山田】 いじめられっ子だったので、本が救いだった。両親が60巻の文学全集を買ってくれて、小学生時代に太宰治や夏目漱石を読みふけった。もし友だちとうまくやれる性格だったら、そんな幸運な出合いはなかったかも。いじめというネガティブな体験が、本によって反転した。

【奥泉】 決定的な読書体験は?

【山田】 高校のころ読んだ黒人作家のジェームズ・ボールドウィンの「もう一つの国」。ニューヨークの雑多な人間関係や貧困、人種差別が集約されていて、この先私を導いてくれる本だと感じた。

20060723_03.jpg【奥泉】 僕は小学校5年生の時の「吾輩(わがはい)は猫である」。自慢じゃないけど、小5から中3まで夏休みの読書感想文は、ずっと「吾輩——」だった。だから「『吾輩は猫である』殺人事件」を書いた時は、達成感があった。

  20代の時は古代イスラエル社会経済史を研究していた。ある時翻訳に取り組み、苦しい思いをした。いわば漱石がイギリスで経験したのと同じく、日本語を破壊される苦しみだ。翻訳を終えた後、もう一度自由な言葉を獲得したいと小説に向かった。そのころ高橋源一郎さんたちが、「小説は自由なジャンルだ」と“うわさ”を流していたから。

【山田】 “うわさ”というと?

【奥泉】 実際書いてみたらそれほど自由ではなかった。小説には小説の伝統があり、守るにしろ、打ち破るにしろ、伝統を無視できない。

【山田】 楽器の練習をせずに、フリージャズを演奏できないのと同じことだ。

【奥泉】 それでその後10年間、技術習得に取り組んだ。感性だけで小説は書けないからだ。

  僕がもの心ついてから、ずっと「感性の時代」が続いているような気がする。日本は江戸時代くらいから、ずっと「感性の時代」なのではないか。感性も大事だが、悟性とか理性とか技術に支えられないと、世界を認識したり、表現したりできない。

【山田】 「私は感性が鋭い」と自慢したがる女が嫌い。そういう人が文章を書くと、行間を読ませようなどと、あざといものを書きがちだ。実は行間を読ませるには、しっかりした技術がなければ無理なのに。

【奥泉】 感性を支える伝統があるということに無自覚だと、かえって凡庸になってしまう。自分の感性だから、個性的とは限らない。小説の伝統は、自分で発掘し、対象化し、枠組みを探していく必要がある。それは大変なことだ。

【山田】 それに伝統がないと読む人を安心させない。小説は読者を興奮させると同時に、安心と安定が背後にないと心地よくない。

【奥泉】 作家は小説の半分を作るだけで、完成させるのは読者。作家と読者の共同作業でひとつの世界ができあがる。インターネットが登場するはるか以前から、本は双方向性のメディアだった。

  作家が書くものは伝えたいメッセージではなく、ある素材だ。読者がその素材からひとつの世界を作り上げてくれる。

【山田】 だから本は売れてほしい。売れた分だけ読者それぞれの世界が、アメーバのように増えていく。

【奥泉】 時代も超えられる。漱石の残したテキストから、今の時代の読者が新しい世界を築き上げられる。長く忘れられていた本を探し出し、よみがえらせる喜びもある。本は永遠不滅ではないとしても、言葉を運ぶ装置として非常に有力だ。

【山田】 タイムスリップもできるし、読書ってロマンチックだと思う。

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有島武郎で前向きに/山田さん 漱石ベスト5の内3/奥泉さん

【奥泉】 さて、山田詠美が選ぶ「海外文学ベスト5」を聞きたい。

【山田】 第5位はカズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」。第4位はアニー・エルノーの「シンプルな情熱」。医師が感情というものの処方箋(しょほうせん)を作ったらこうなるというくらい、正確な書き方だ。

  第3位はパール・バックの「大地」。第2位がさっき出た「もう一つの国」。人種の異なるさまざまな人々の人生を、モザイクのように描いている。

【奥泉】 決定的な影響を受けた本が2位? では1位は?

【山田】 オランダのヤン・ウォルカーズの「赤い髪の女」。社会の底辺に位置する少年と少女が愛し合い、一方が死ぬ。ストーリーは「世界の中心で、愛をさけぶ」みたいだけど、読むと全然違う。読者をうっとりさせる恋愛小説ではなくて、書き手の冷静な目が働いているからだ。

【奥泉】 僕の場合はドストエフスキー、トーマス・マン、カフカあたりになる。では「日本文学ベスト5」は?

【山田】 第5位は団鬼六さんの「伊藤晴雨ものがたり」。晴雨は実在の責め絵画家で、周囲から理解されなくても自分の美の世界を追求した。団さんの文章もすばらしい。

  第4位は開高健の「夏の闇」。第3位は田辺聖子さんの「私的生活」。田辺さんの真骨頂は、ある程度の年を経た女の恋愛小説だ。第2位は下村湖人の「次郎物語」。

【奥泉】 ではベスト1を。

【山田】 有島武郎の「生れ出づる悩み」。木田金次郎という画家にして漁師の人がモデル。落ち込んだ時にこれを読むと、前向きな気持ちになれる。

【奥泉】 僕は漱石に尽きる。ベスト5の内、3つくらいは漱石になりそうだ。

(2006/07/23)

山田詠美(やまだ・えいみ)
作家、東京都生まれ。85年「ベッドタイムアイズ」で文芸賞、87年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞、2001年「A2Z」で読売文学賞、2005年「風味絶佳」で谷崎潤一郎賞を受賞。
奥泉光(おくいずみ・ひかる)
作家、近畿大学国際人文科学研究所教授 1956年山形県生まれ。93年「ノヴァーリスの引用」で野間文芸新人賞、94年「石の来歴」で芥川賞を受賞。著書に「坊ちゃん忍者幕末見聞録」「モーダルな事象」ほか。

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