21世紀活字文化プロジェクト

トップ >  活字文化公開講座 > 活字文化公開講座in京都女子大学「本を読む力は人の心を読む力」

活字文化公開講座

2008/06/25

活字文化公開講座in京都女子大学「本を読む力は人の心を読む力」

 読売新聞社が21世紀活字文化プロジェクトの一環として展開する「活字文化公開講座」(活字文化推進会議、京都女子大学主催)が7日、京都市東山区の京都女子大学で開かれた。

 作家の石田衣良さんが、「本を読む力は人の心を読む力」をテーマに、講演と海老井英次・京都女子大教授兼図書館長との対談を行った。開会に先だち、土川眞夫・京都女子大学長は、「たやすくメールが送れる現代は、手紙を書いた昔より、かえって感情的な対立が起きやすい。便利なようで不便なこの時代だからこそ、読書によって言葉に対する感受性を養ってほしい」とあいさつした。

 基調講演 ◆学生に読書と恋愛の勧め

 今年は「源氏物語」が生まれて1000年。作者の紫式部は役人の娘として生まれ、上流階級へのあこがれを基に物語を書いたといわれる。「やんごとなき貴公子がこんな恋をしたらすばらしいな」と。これは今なら少女漫画やライトノベル、ケータイ小説に通じる感覚だ。

 「活字文化」といっても難しく考えず、あんな恋がすてきとか、こんな主人公にあこがれるという気持ちを大事にして気軽に楽しんでほしい。 

 本は言葉でできているから情報量は多いが、情報よりもはるかに強い力を与えてくれる。登場人物に共感する力、作者の人生観や世界観を受け取る力、言葉を操る表現力などがそうだ。

 僕は大学の就職課の人と話をする時、「学生が就職するには何が一番大切か」を聞くことにしている。すると答えは例外なく、「コミュニケーション能力」。自分がどんな人間で、何を考え、どんなことをしたいのかを、企業の人事担当者にきちんと伝える力があるかどうかだ。それは生きる上での基本的な力なのだ。

 僕が作家になりたいと思ったのは7歳の時だった。小学校のそばの区立図書館で、エドガー・ライス・バローズというアメリカのSF作家の「地底世界ペルシダー」という本を読んだ。主人公の少年が閉じ込められた地底の部屋に恐竜が突入する場面は、あまりに怖く、おもしろく、今でも忘れられない。その時「本を書いて人を楽しませることができたら、すばらしい仕事に違いない」と思った。

 だが実際に書き始めるまでには、30年かかった。本を読めば読むほど、作家は知識豊かでセンスのいいすごい人たちだという思い込みができてしまったからだ。コピーライターとして順調に暮らしていた37歳の時、「うまくいかなくても本業があるからいいや」という気持ちで小説を書いてみた。すると30年間いろんな思いがたまっていたのか、次から次へと思いもよらない言葉があふれてきた。

 僕は小説を書いていてギャグを思いつくと、キーボードを打ちながら大笑いする。悲しいシーンだと感情移入して、書きながら泣いてしまう。感情移入能力が、「人の心を読む力」に通じていく。人間には鳥のように空を飛べたり、魚のように早く泳いだりする力はないが、他の動物と違って別な人の気持ちになれる。立場が違い、利害が対立する人の気持ちにもなることができ、関係を調整して共通の目的を設定することができる。そんなコミュニケーション能力を養うのに、小説はもちろん、映画や漫画も役に立つだろう。

 今の若い人はランキングに弱いようだ。本も映画も音楽も、チャートの上位のものだけが圧倒的に売れるという。情報で選ばず、もっと自分の心と体の感覚を信じて、好きなものを決めてほしい。でないと結婚相手すら自分では選べなくなってしまうだろう。


 学生のみなさんには、二つのことをしてほしい。ひとつは自分で読みたい本を探して読めるようになること。もうひとつはちゃんと恋愛をしておくこと。時間にゆとりのある今の間に、この二つをお勧めします。

対談

【海老井】 直木賞受賞作の「4TEEN」は14歳の中学生グループが主人公。それぞれ劣等感や弱さのある子どもたちが、結束すると大きな力を発揮するという物語に、作者の優しい視線を感じる。
 

【石田】 僕は英雄が時代を動かして国家を変えたという、司馬遼太郎作品のような英雄史観を信じていない。どんな時代の激動期にも、田畑で稲を植え、地道に働く人々がいたから、歴史が続き、日本は変化してきたのだと思う。だから主人公は、どこにでもいる町の子どもたちにした。
 日本の高度成長期には、司馬さんのような「青春の文学」を書く人が国民作家だった。次の時代は日本の成熟の形を描ける人が国民作家になるのではないか。
 

【海老井】 最新作の「夜の桃」では、性描写に真正面から取り組んでおられる。


【石田】 今の若い人は欲望のエネルギーが落ちているので、挑発したい気持ちがあった。男性誌の編集者から聞いた話だが、最近「壁男」というのがいるそうだ。若い男性が高級ブランドのスーツを着て、合コンやパーティーに行くのだが、女の子に話し掛けることもなく、3、4時間壁に張り付いているそうだ。恋愛をしないのが普通というのは、不思議で仕方がない。
 

【海老井】 かつて性は、人間が自然に戻るための具体的な道だった。


【石田】 恋愛に至るまでの関係性を作るのが面倒くさいということなのか。それではもったいない。格差社会といわれる現代で、性はすべての序列をひっくり返してしまうほどの力を持っているのに。
 

【海老井】 私は「アキハバラ@DEEP」の世界に魅力を覚えた。インターネットの情報の海の中で、若者たちが新しいサーチエンジンを作って、言葉の世界の秩序を変えていこうとする物語だ。
 

【石田】 自分なりにものを見る体系を作り上げることが一番大事。無数の情報の中で自分の好みを見つけ、追いたい世界を持っている人が、生活者としても一人の人間としてもすてきだと思う。
 

【海老井】 「池袋ウエストゲートパーク」には都市の問題が集約されている。
 

【石田】 バブル経済が崩壊した後、その町で生まれ育った若者たちが地元で働くことが多くなった。そんな地縁で成立した若者のグループというのが、あの小説のテーマ。その時代ごとに起きる最新の事件を物語に投げ入れ、彼らがどう反応するかを描く定点観測的なシリーズになっている。


【海老井】 シリーズのひとつ「ブルータワー」には、極端に秩序化、階層化された社会の怖さがあぶり出されている。
 

【石田】 そう。今日の講演のタイトルを裏返して言うと、コミュニケーション能力のない人は今後、生活が大変になるということでもある。でもそれは、個人の努力で乗りこえられる問題だ。僕も下町の商家の息子で、文化的に豊かな環境に生まれたわけではない。誰にでも格差を超える可能性はあるはずだ。

isida&kyouju.jpg

対談の後、会場からの質問に答えた

【質問】 中学生と小学生の子がいる。子どもに本を読ませる方法を知りたい。


【石田】 僕もうちの子に、「本を読め」と言いそうになるのを必死で耐えている。自分でおもしろさを発見するまで待った方がいい。読めというのは一切やめて、親が勝手におもしろそうに読むだけにしては。


【質問】 中学受験を前にした子どもが、塾で「イメージを作らず、言葉から内容を読み取るように」と指導されている。そういう読み方についてどう思うか。


【石田】 受験技術としてはそれが正解かもしれないが、楽しく読む方がずっと大事なことだ。漫画もバカにすべきではない。僕自身、子どものころ少女漫画を読んでいなかったら、恋愛小説は書けなかっただろう。


【質問】 パソコンの画面で読むのに比べて、紙の本にはどんな利点があるのか。


【石田】 持ち運びの利便性、手触りの官能性など、紙の本には大変な技術とセンスが詰まっている。電子メディアでの読書もさまざまな試みがされているが、紙の本には追いついていない。どんなにコンピューターが進歩しても、紙の本の優位はなかなか崩せないのではないか。

HP-choushuu.jpg

 

石田 衣良(いしだ・いら)

 1960年東京都生まれ。97年「池袋ウエストゲートパーク」でオール読物推理小説新人賞、2003年「4TEEN」で直木賞を受賞。ほかに「アキハバラ@DEEP」「40 翼ふたたび」「夜の桃」など。

 

 

ページのトップへ

活字文化公開講座

2014年度

2012年度

2011年度

2010年度

2009年度

2008年度

2007年度

2006年度

2005年度

2004年度

2003年度