21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2010/11/09

専修大学 活字文化公開講座

■出演
川上 未映子さん

 読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一つで、「活字文化公開講座」(活字文化推進会議、専修大学主催)が10月2日、川崎市多摩区の専修大学生田キャンパスで開かれ、学生や市民など約600人が参加した。芥川賞作家の川上未映子さんが「どんどん膨らむ、本の素敵」をテーマに、文学の可能性、創作意欲の源について講演した後、同大文学部の川上隆志教授、米村みゆき准教授とのトークセッションに臨み、作家と編集者のつながり、おすすめの本の話題まで語り合った。

主催者挨拶 日 義博 専修大学理事長・学長

「社会知性の開発」掲げるWEB紙面写真学長.jpg

  法律や経済を日本語で教えた最初の私立の高等教育機関である本学は昨年、創立130年を迎え、「社会知性の開発」を掲げて、教育、研究に取り組んでいます。活字文化の講演会を通じて、日本の知識基盤社会の発展、伸長につなげたいと思っております。

 川上 未映子さん基調講演 「どんどん膨らむ、本の素敵」

言葉にならない思いを力に

 自分が世界に対して抱いた、言葉にならない違和感を半減してくれて、明日も生きていけると思わせてくれたのが、10代の終わり頃に巡り合った永井均や哲学の入門書でした。自分もそういう世界に身を置いて、人のよくわからないところに切り込んでいきたいと思うようになりました。
 
WEB紙面写真川上未映子.jpg 言葉にならない違和感を覚えたのは、祖父の死が最初です。人は、言葉以外のモノを使って思考することができません。言葉が圧倒的に少ない子供が、言葉では説明できない事態に遭遇すると、どうしてよいのかわからず泣いてしまう。お葬式の時に恐くなり、パニックになってしまったことを今でもはっきりと覚えています。
 
 世界から自分の一部分をつかまれたような違和感について、いろいろと考える子供でした。でも、小説や教科書は、そうやすやすと子供のラジカルなことに答えてくれません。いろんな小説を読んでみて、何が書かれているかというと勧善懲悪です。肝心の「じゃあ悪とは何なのか」「正しいとは何か」はすっぽり抜け落ちていて、決まり切ったこととして提示されている。そんな時に図書館で出会ったのが、新書サイズの「カント入門」で、子供の時に感じていた違和感が言葉として、疑問として書かれてありました。

 生きることがつらかったり、悲しかったり、漠然としたモノは消えない。そんななかで音楽と出会い、自分でも作るようになりました。ある人から「本当に救われた」という手紙をもらって、今も大切にしています。でも、音楽をやっていくにはお金がいるし、大勢の人がかかわっていて、1人、2人の人間とつながったという気持ちだけではやっていけない。ただ、もう何もしないという選択肢はありませんでした。「ユリイカ」に詩を書かせてもらったりしながら、自分がやりたいのは、読み物としての小説ではなくて、文学じゃないかという境地に達しました。

 今、起きているリアルな世界に向き合うとき、意見を申し立て関与する方法ではないやり方が、文学では出来るのではないかと思っています。「ヘブン」も試みの一つです。現実に対して、小説というのは、一つのフィクションを丸々つくって提示させることができるからです。威勢がいい人、声が大きい人を勇気づけるような表現は、あまり用はありません。

 今、この中でもし小説を書きたいという気持ちの人がおられたら、自分にとって、世界にとって、これだけは決着が付かないと思うことを目指してください。言葉にならない思いを抱えている人のためにと言うと、なんだか偽善的な調子になってしまいますが、それは書き手を肯定する力になり得ると信じています。私もそういう作品を書いていきたいと思っています。

◇かわかみ・みえこ 1976年、大阪市生まれ。2002年に歌手デビュー。07年、小説「わたくし率 イン 歯一、または世界」が芥川賞候補、08年に「乳と卵」で同賞受賞。昨年は詩集「先端で、さすわ、さされるわ、そらええわ」で中原中也賞を受賞したほか、長編小説「ヘヴン」を刊行。

川上さん×文学部・川上隆志教授・米村みゆき准教授

トークセッション

作家と編集者

【川上隆志】 専修大学には編集者を志望している学生たちが多くおります。私自身も5年前まで岩波書店で編集者をしていました。いったい編集者というのは、作家にとってどういう存在でしょうか。

WEB紙面写真鼎談3.jpg【川上未映子】 本を書くというのは、言葉にできないものを言葉にするという結構無理のある作業です。書くという作業以外のところを、作家と編集者が共有しているかどうかで、作品の“熱量”が上がることはあります。本に名前は出ないけれど、自分の分身みたいなところはあります。

【川上隆志】 作家が起きてから寝るまで付き合って、日常生活を隅から隅まで知りつくし、信頼関係を築いていく“コバンザメ”タイプの編集者が昔は多くいました。かつては書くのは作家、つくるのは自分だという意識も強かったけど、最近はビジネスライクになったという声を、ベテランの作家からはよく聞きます。

【川上未映子】 作品に対し意見をあまり言わなくなったり、原稿を渡しても「ありがとうございます」だけだったり、ということでしょうか。

【川上隆志】 僕らの時代は「著者から最初にもらった原稿を、そのままゲラにしては駄目だ」と先輩に教わったし、第一の読者として原稿を読んで、率直な感想を伝え、修正をお願いし、よりよい作品に仕上げる責任があるという自負を持っていたと思います。

【川上未映子】 絶対に編集者に相談しない作家もいますね。何か言われるのをすごく嫌う人もいますが、自分は感想を聞きたいし、全然腹が立ちません。やはり作家と編集者がやり合った方が、2人分の汗と涙が出ると思います!

作品の文体

【米村】 芥川賞作品の「乳と卵」は、豊胸手術を熱望する母親と、思春期を迎えている娘の関係を描いた作品で、興味深い材料がいっぱい詰まった小説です。ちょうど、母と娘の関係がいろんなメディアで取り上げられた2008年に単行本になりましたね。

【川上未映子】 母親と娘の関係というのは、昔からあるテーマです。文体を試してみたいという気持ちもあって生まれた作品だと思います。

【米村】 当然の反応だと思うのですが、娘の緑子は批判的な態度を取りますね。母親に初潮がきたことを言わないし、一緒に銭湯に行くことも拒否する。それはおそらく母親から女性としての身体をまなざされたくないという気持ちがあり、また同性に対する??払拭?ふっ?しょく?しがたい嫌悪感にもつながっているのかと思われました。

【川上未映子】 胸を大きくすることによって、何を満たそうとしているのか、自分にはすごく不思議に思うんです。整形も同じで、そんな疑問が膨らんで「乳と卵」を書かせたところはあります。

【米村】 作家がオリジナルな文体をつくるのに、非常に苦労しているという話をよく耳にします。村上春樹さんにも、試行錯誤の末、「風の歌を聴け」の出だしの部分を英語で書いて、短い日本語に翻訳したら、自分の文体ができたというエピソードがあります。「乳と卵」の冗舌な大阪弁の語り口は、どういう経緯でつくられたのでしょうか。

【川上未映子】 「乳と卵」に関しては、作品中の季節が夏だし、登場人物が女3人だけ、ねちょねちょした展開ということもあって、ああいう文体になりました。でも、文体は大事だけど、より大事なのは視点です。文体を肉とするのら、自分がどんな違和感を持っているか、世界に対してどんな印象と決着のつかないモノを持っているのか。いわば骨格の部分が面白くないと、つまらないですよね。

お薦めの本

【川上隆志】 最後にお薦めの本を紹介していただきたいと思います。

【川上未映子】 今日挙げた5冊はどれも必読してほしいです。「たけくらべ」は、原文で読んでも全然分からなかったのですが、松浦理英子さんが、句読点の数を変えずに現代語訳を書いてくれて、幾ら感謝してもしきれないくらいです。これで、樋口一葉が何をやっていたのかを、はっきりと直感することができました。

WEB紙面写真聴衆.jpg【米村】 村上春樹さんの短編集「レキシントンの幽霊」に収められている「七番目の男」は、少年期に津波で親友を失った罪悪感から40年もの間悪夢の中で生き続けてきた男が、ある日届いた荷物の中から、かつて親友が描いた絵と出会うことによって、自分が抱えてきた記憶に修正を施す話です。既存の世界を変えていく力を教えてくれます。

【川上隆志】 私のお薦めは柳田国男の「遠野物語」。刊行されて今年はちょうど100周年です。近大文学の出発点でもあり、面白い妖怪話が多数出てきます。水木しげるも面白いけど、柳田国男も面白い。そういう気分で読んでもらえればいいですね。

 書名著者出版社
川上未映子さん推薦絶叫委員会穂村弘筑摩書房
川上未映子さん推薦タイタンの妖女カート・ヴォネガット・ジュニア早川書房
川上未映子さん推薦たけくらべ現代語訳樋口一葉原作、松浦理英子ほか訳河出書房新社
川上未映子さん推薦子どものための哲学対話永井均講談社
川上未映子さん推薦日日雑記武田百合子中央公論新社
川上隆志さん推薦遠野物語柳田国男角川書店
川上隆志さん推薦空と風と星と詩尹東柱著、金時鐘訳もず工房
川上隆志さん推薦美酒と革嚢長谷川郁夫河出書房新社
米村みゆきさん推薦レキシントンの幽霊村上春樹文藝春秋
米村みゆきさん推薦赤い指東野圭吾講談社
米村みゆきさん推薦母が重くてたまらない信田さよ子春秋社

◇かわかみ・たかし 1960年、川崎市生まれ。東京大学文学部卒。岩波書店で新書編集部、総合文化雑誌「へるめす」編集長、一般書籍編集部編集長などを歴任。2006年から専修大で教べんをとり、出版文化論、日本文化論が専門分野。
◇よねむら・みゆき 名古屋大学大学院文学研究科博士課程を経て博士(文学)。近現代文学、アニメーション文化論を研究テーマとし、スタジオジブリ作品の批評などでも知られる一方、非商業系アニメーションの再評価にも力を注いでいる。2009年度に専修大学に着任。 

 

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