21世紀活字文化プロジェクト

トップ >  活字文化公開講座 > 学習院 活字文化公開講座/平野 啓一郎さん、中条 省平さん

活字文化公開講座

2010/11/25

学習院 活字文化公開講座

■出演
平野 啓一郎さん
中条 省平さん

 読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一環である「活字文化公開講座」が10月9日、東京都豊島区の学習院大学で開かれた。学習院出身の三島由紀夫が没後40年を迎えたことを記念し、作家の平野啓一郎さんが「ニヒリズムと否定性」と題して基調講演。その後、三島文学の現代性などをめぐって、学習院大教授で仏文学者の中条省平さんと対談を行った。

主催者挨拶 学校法人学習院 東園 基政 常務理事

歴史と文化を感じて紙面写真 東園常務理事.jpg

 学習院にとって今年は、卒業生で作家の三島由紀夫の没後40年。また、志賀直哉や武者小路実篤など当校出身者が参加した雑誌「白樺」の創刊100年にあたります。史料館では「学習院と文学」と題した展示も開催しており、歴史と文化を感じていただけたらと思います。

平野 啓一郎さん基調講演 「ニヒリズムと否定性」

観念と現実調和目指す

紙面写真 平野氏2.jpg 僕が文学に興味を持ったきっかけは、中学2年のとき三島由紀夫の『金閣寺』を読んだことです。主人公は若い学僧で、吃音を抱えていてうまく他人と話すことができない。そのため、コミュニケーション不全に陥り、社会から疎外感を覚えています。

 当時の僕は、学校で友達と話をしていて、他人の面白いと言うことがつまらなく感じることがあった。周囲の人間と調和できない『金閣寺』の主人公は、当時の気分に合っていました。

 僕は三島が好きになり、ほかの作品を読むようになります。勉強家の彼は、文章の中でドイツの作家トーマス・マンや哲学者のニーチェなど、様々な人の著作に触れている。後を追うように彼らの著作にも手を伸ばすようになりました。

 『金閣寺』の主人公は子供の頃、父から「金閣ほど美しいものは此世にない」と言われて育つ。でも、彼は実際に訪ねたとき「美というものは、こんなに美しくないものだろうか」と感じます。つまり彼の中では、現実の金閣と父の言葉で知った金閣とが分裂している。それは三島自身を取り巻く社会の現実と、個人の観念の世界の対立を反映していました。

 作品の舞台は、戦争末期です。主人公は、空襲で金閣寺も自分も焼ければ、滅びることである種の一体感を得られると考えます。でも戦争で、京都は焼け野原になることはなかった。主人公は観念の象徴である金閣寺を焼き、最後に自分は現実の世界で生きようと思って物語は終わります。

 『金閣寺』を書き上げた後の30代の三島は、主人公と同じように、現実の戦後社会にどう適応しようかと考えていました。その後、『鏡子の家』では、4人の人物を登場させ、大きな価値観を失った社会の生き方をシミュレーションさせています。

 『鏡子の家』は評価されず、三島はショックを受けた。それでも、彼は、戦後社会を生き抜こうとします。多くのマスメディアに露出し、自分の虚無を埋めようとします。一方で高度経済成長の進む日本社会は、この作家にとって皮相的で好きになれなかった。

 そのとき、彼が抱えていた観念と現実、個人と社会の対立といった問題が克服されるのではなく、むしろ先鋭化されていく。現実の社会に否定的な姿勢を取り、日本の長い文化伝統の象徴である天皇の力を使って、社会を揺さぶる発想が出てきたんだと思います。

ただ美しい『金閣寺』

 電子書籍の問題もあり、最近、小説とは何なのかとよく考えます。インターネットの登場で、誰もが簡単に文章をネットで発表できるようになりました。それらの中には、作家や編集者、校閲など多くのプロがかかわった活字の本より、優れた内容のものもあります。

 また、現実的な話として、純文学はマイナージャンルになりました。今や1万部売れれば、御の字の世界。日本の人口が1億人とすれば、0・01%しか読まれていない。

 その中で、何を書くのか。人生で出合ったささやかな喜びをしみじみと書いたり、話の面白さを追求したりする文学も世間にはあります。

 でも、僕が文学に求めたものは違います。中学2年のとき『金閣寺』に出合ったときの衝撃。何だかよく分からなくて、ただ美しくて。人間の善と悪、余りに美しいものや絶対的なもの、普通の社会からはみ出してしまうものなど、大きな世界がありました。非日常体験としての小説が、同時に新しい日常の価値観を生み出すというのが、理想的ではないでしょうか。

◇ひらの・けいいちろう 1975年生まれ。京大在学中『日蝕』で芥川賞。2009年『ドーン』でドゥマゴ文学賞。本紙連載『かたちだけの愛』を12月10日、中央公論新社から刊行する。

対談 平野 啓一郎さん×中条 省平教授

紙面写真 平野氏と中条教授.jpg

【中条】 三島が亡くなったのは45歳。とうの昔に、僕は彼の没年を超えてしまいました。今の年齢になって思えば、なぜ三島はあれだけ急いで仕事をしたのか。日常の生の時間に耐えられなかったのだろうか、と感じることがあります。

【平野】 彼があこがれたのは、20歳で亡くなったフランスの作家、ラディゲや特攻隊員など早世した人ばかり。三島に限らず、戦後は長生きするための年長者のモデルがいなかったんじゃないか。また、『鏡子の家』が売れなかったように、自分の文学的関心と世間の興味のずれにも相当悩んだのではないか。

【中条】 確かに僕も、三島はずっと好きでしたが、「楯の会」を始めた頃は何を考えているのか理解できなかった。でも1970年11月25日、彼が自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決したとき変わるんですね。その文学や生き方、右翼的な思想を含めすべて本気だったのかと。

【平野】 三島の人生には、「言行一致」の部分があったと思います。小説で書いたことと自分の生き方を合わせようとする。二・二六事件を扱った短編『憂国』のほか、晩年には死ぬ話ばかり書いています。戦後社会と自分の美的な価値観を、どう一致させてゆくか真剣に考えていたはずです。

【中条】 三島の時代でさえ、「美」が社会から疎外されていた。現代、その傾向はもっと進んでいます。作家の小説について読者がインターネット上で勝手な感想を言い、それが力を持つ。作家の美より、エセ民主主義が勝ってしまうような状況もありますね。

【平野】 あえて言えば、世の中で美という価値観に興味を持っている人は少ないと思う。ネットで小説の感想を見ると、文体については「読みやすい」点にしか興味を持たれていない。小説を読む人間の内面自体が、変わりつつある。

紙面写真 中条教授.jpg【中条】 言葉の力で現実を変容させることより、日常を描く共感を呼びやすい作品が人気を集めています。

【平野】 ネット社会が到来してから、人類は小説の文章より、圧倒的にインターネットの文章を読む経験が増えた。ネットの文章を読み慣れた人間がイメージする文章と、小説家が美しいと感じる言語にギャップが生まれている。このような状況を踏まえ、どのように作品を書いてゆくか。僕自身の問題であり、文学全体の問題であると思います。

【中条】 戦後の平板な現実と戦った三島と同じく、平野さんも現実と戦うということですね。没後40年にふさわしいお話となりました。

◇ちゅうじょう・しょうへい 1954年生まれ。仏文学者、学習院大教授。『反=近代文学史』『文章読本――文豪に学ぶテクニック講座』など著書、訳書多数。編著に『三島由紀夫が死んだ日』。
三島.jpg
 三島由紀夫は1931年、学習院初等科に入学。38年、校友誌「輔仁会雑誌」に初の小説「酸模」を発表した。41年には三島の筆名を用いて「花ざかりの森」を執筆し、翌年には学校の先輩らと同人誌「赤絵」を創刊。44年に高等科を卒業するまで、学習院は三島文学をはぐくむ揺りかごとなった。小説「春の雪」にも、学内の風景が多く出てくる。
 gaku chizu.jpg

平野啓一郎さん推薦

◇銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳 草思社
◇王の二つの身体 E・H・カントーロヴィチ著、小林公訳 ちくま学芸文庫
◇追悼の政治 エルンスト・ユンガー著、川合全弘編訳 月曜社
◇メディオロジー宣言 レジス・ドブレ著、西垣通監修、嶋崎正樹訳 NTT出版
◇ナボコフ短編集 ウラジーミル・ナボコフ著、児玉実英・井上健解説注釈 研究社

中条省平さん推薦

◇澁澤龍彦 日本作家論集成 澁澤龍彦著 河出文庫
◇エロティシズム ジョルジュ・バタイユ著、酒井健訳 ちくま学芸文庫
◇遠野物語 柳田国男著 角川ソフィア文庫
◇血だるま剣法・おのれらに告ぐ 平田弘史著 青林工芸舎
◇肉体の悪魔 レーモン・ラディゲ著、中条省平訳 光文社古典新訳文庫

ページのトップへ

活字文化公開講座

2014年度

2012年度

2011年度

2010年度

2009年度

2008年度

2007年度

2006年度

2005年度

2004年度

2003年度