21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2010/06/21

創価大学 活字文化公開講座

■出演
谷村 志穂さん

 21世紀活字文化プロジェクトの一環である「活字文化公開講座」(主催・活字文化推進会議、創価大学、主管・読売新聞社)が5月22日、東京都八王子市の創価大学で開かれた。作家の谷村志穂さんが「小説の中に何を見つける?」と題して、自らの読書体験を語りながら、作家が作品に込める思いなどを語った。次いで創価大学文学部教授の山崎純一さんが谷村さんと対談し、お薦めの本について語り合い、一般市民も含めた約250人の参加者は熱心に聞き入っていた。

学長挨拶 創価大学学長 山本英夫

山本学長.jpg活字の力で想像力育む

 本学の創立者は「青春時代における一冊の良書は、一人の偉大な教師と出会うようなものです」と学生たちに語っております。
 
 本学は今年40周年目を迎えています。社会が混沌としている中、生命尊厳の気持ちを強く抱いてもらう教育を行なうために、想像力を育み、心を豊にしてくれる活字文化の果たす役割は大きいと思っております。

基調講演 谷村志穂さん「小説の中に何を見つける?」

「小さい説」何でもあり

心震えた一冊

 心に葛藤が起きているときなど、人は人生のいろんな場面で出会った本について思い出を持っています。人生が先にあるのか、本が先にあるのかはわかりませんが、読んできた本によって自分の一部がつくられているのは確かです。話し言葉もその一つです。人との会話、テレビを通して知った言葉もあるかもしれません。でも、私の場合、一番言葉を覚えた場は活字の世界でした。

谷村志穂さん講演3.jpg 小学校に入学する前、心が震え、友達より大切かもしれないという気持ちを抱かせてくれた本に出会いました。『フランダースの犬』です。孤独な少年ネロの悲しい運命に強烈に引かれ、涙をふくためのタオルを手放せませんでした。ところが、小学校に入ってみると、ハッピーエンドの結末を迎える本が置いてありました。子ども向けの本としてはあまりに悲しい結末だから、書き加えられたのでしょうが、子どもには、そんな事情は分かりません。ネロと老犬パトラシエは生きていたんだと、希望の光が差し込むような気持ちになりました。きっと自分の読み方が違っていたんだと思い、家に帰って読み返してみると、やっぱりタオルが必要です。あしたの朝、開いたら違う結末になっているかもしれない。そんな期待を抱きながら、学校から家に帰っては本を開くということをしばらく繰り返していました。

 思春期に入り、図書館に通いつめるようになると、伊藤整の『青春』、原田康子の『挽歌』など、自分が生まれ育った北海道と似ている風景が描かれている本に引かれるようになりました。詩の魅力を知ったのも高校生の時です。中原中也、堀辰雄、立原道造・・・・・・数行の世界に小説一編分の人間の心が凝縮されている世界にどんどん入って行きました。

編集者の一言

 小説とは何でしょうか。まだ「小説とは何か」を伝えるような立場にはありませんが、書き始めたころから何人かの編集者が言ってくれた名言が心に残っています。ある編集者からは「谷村さん、小説というのは、小さい説と書くんです。だから何でもありなんです」と言われました。何でもありというのは難しいけれど面白い。だから、いつまでたってもこれが答えだというところに行き着かないまま、書き手として生涯を終えられたら、書き手冥利に尽きるのではないかと思います。もう一人、幻冬舎の社長の見城徹さんは「表現とは共同体からこぼれ落ちる個体の悲しみを描くこと」と話してくれました。いまだに執筆中に迷ったときは、心の中で、お守りを握りしめるように見城さんの言葉を反すうします。

 読者である皆さんは、小説の中に何を見つけるのでしょうか。自分に似たものを見つけることもあれば、自分と全く異質なものを見つけることもあるでしょう。あこがれを見いだすこともあるかもしれません。私自身はフランダースの犬で差別や偏見のない、何か超越した優しさと出会いました。作家は何年も費やして、心血を注いで作品を作り上げていきます。人間の恐ろしさ、汚れた部分が描かれることもあります。しかし、そうしたことだけをつづりたくて、何年という歳月を注ぐ作家はいないのでしょう。

書き手の努力

参加者2.jpg  (フランダースの犬のクライマックスの場面を朗読) 小説には、この文章、文体、描写でなくては届かない精神の領域というものがあります。そこに近づくために、書き手は日々努力するようです。そういうふうにして描かれた言葉はいつか受け手の心にも届き、包容力、普遍性が獲得されていくと信じたいです。

 高校時代、図書館に通ううちに親友ができました。私は当時、「あなたは八方美人だ」という手紙を親友に送っていました。もっと言葉を持っていたら、別の表現をしていたでしょう。本当に伝えたかったことを言い表せなかったのです。人を好きだという気持ちや悲しい気持ち、他人の長所を的確に繊細に自分の言葉で表現できたら、人は会話をするだけでどんなに豊かになれるでしょう。そのためには、読書の力が大きいと思います。

◇たにむら・しほ 1962年札幌市生まれ。北海道大学農学部で動物生態学を専攻。近著に『余命』『黒髪』『おぼろ月』等がある。2003年に『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。

対談 谷村志穂さん ☓ 山崎純一さん

山崎教授2.jpg【山崎】 最近読まれた本で印象に残った本を紹介してください。

【谷村】 インド人女性作家ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』は、名前というものについて考えさせられる作品で、父親からゴーゴリという名前を付けられたインド系2世アメリカ人の少年が主人公です。

【山崎】 名前の由来を気にする主人公が、両親の故郷であるインドの文化と葛藤しながら、成長していく物語ですね。

【谷村】 アメリカ社会で生きるジュンパ・ラヒリの母国インドへのまなざしが描かれていて興味深いです。山崎さんは開高健さんの『ベトナム戦記』、筑紫哲也さんの『ニュースキャスター』などのドキュメンタリーを挙げていらっしゃいます。

【山崎】 開高さんは米軍の200人の部隊に記者として従軍したのですが、十数人しか生き残らなかった。太平洋戦争中、米軍の大阪空襲で機銃掃射に遭い、20年を経てベトナムでまた戦争を見て、口先だけの平和論じゃだめで、人間の内面に響き渡る言葉が必要だということで書かれた本です。世の中を考えるときのポイントの一つである戦争と平和について考えるのには格好の本だと思い、学生に薦めています。

【谷村】 一時は大ベストセラーになり、今も読み継がれています。

【山崎】 読書というのは、いろいろな所に行け、いろんな人に会える旅に例えることができます。視野を広げ、人生の深みを教えてくれるのが本ではないでしょうか。

谷村さん・山崎先生.jpg

◇やまざき・じゅんいち 1952年富山県生まれ。創価大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程満期退学。専攻は理論社会学、政治社会学。2000年より創価大学文学部教授・副学長補・キャリアセンター長。

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