「読書教養講座」スタートから1年〜3大学担当教授座談会

読む喜び講義で体感 作家、歌人も「案内役」

活字離れの進行に歯止めをかけようとの新たな動きが、大学教育の場で始まった。受講すれば単位を取得できる「読書教養講座」。IT時代のただ中に生きる若者たちに、読書の喜びを伝える試みは、各方面から注目を集めている。

正規の授業受講400人超 2006年度さらに拡大

この読書教養講座は読売新聞社提唱の「21世紀活字文化プロジェクト」の柱のひとつ。青山学院大、関西大、西南学院大が今年度後期に2単位の正規授業として開講した。

カリキュラムは半期12〜13コマ。各校とも工夫を凝らし、通常の文学部の授業とはかなり違ったものにした。学部を超えて受講できるようにしたのも特徴だ。定員や授業形式もモデル校ごとに変えた。履修生は関西大が1年生299人、西南学院大が3、4年生90人、青山学院大が1年生19人。関西大、西南学院大は講義形式、青山学院大はゼミ形式にした。

講座を充実させるため、同プロジェクトを展開している活字文化推進会議から、各校に清水義範さん、出久根達郎さんや馳星周さんらの作家や歌人、評論家を2人ずつ講師として派遣し、うち1人の授業は市民にも開放した。

2006年度は3大学が継続するほか、首都圏西部大学単位互換協定会が新たに加わる。同協定会は都内と神奈川県の30大学・短大が加盟、どこの学生でも単位を修得できる共同授業を行っている。新講座名は「読書で人生を豊かにする」。事務局の桜美林大町田キャンパスを使って後期に開講、加盟4大学の教員と外部講師がオムニバス形式で12コマの授業を展開する。加盟校の全学生が受講でき、高校生にも一部開放される。

先発校の開講時期は西南学院大が前期、関西大と青山学院大は後期。西南学院大は2〜4年生、関西大は1、2年生に履修対象を広げる。青山学院大は1年生が対象だ。

青山学院大学 本の宣伝文毎回提出

講座名は「読書の喜びを見出すためのゼミ—食わず嫌いを克服しよう」。ゼミ生は、毎回、課題図書についてのポップ(短い宣伝文)と、印象に残った文章の抜き書きを提出することが求められる。授業の前に、必ず本を読み通してこなければならない。取り上げられる作品は、内外の小説、ノンフィクション、エッセーと多岐にわたる。

20060218_01.jpg  出席者は毎回、十数人。自分の書いたポップを、それぞれ発表した後、2グループに分かれて論じ合う。

文学、経営、経済、法学、心理学と専攻も様々で、開講したてのころは議論も湿りがち。それでも担当の嶋田順好教授は、自身の見解を示す以外は、強く促すこともなく話し合いの行方を見守る。目的は、あくまでも本を読むことの楽しさを知ることだからだ。

回数を重ねるごとに硬さもほぐれ、中盤以降は活発な議論が繰り広げられるようになった。話題が生活の悩みなどに脱線することもあったが「読書に触発されたことなので構わない」と嶋田教授は話す。

最年少の大宅賞受賞作家稲泉連さんの学内講演には、ゼミ生以外の学生も合わせて約60人が詰めかけ、教室は熱気であふれた。

関西大学 古本屋の楽しさ伝える

20060218_02.jpg 講座名は「読む人、書く人、作る人」。法学部、文学部、経済学部など計6学部の1年生が受講した。

講座の前半は、山野博史教授が担当した。学生たちに本を手に取る喜びを感じてもらおうという、「入門編」の形で講義が進んだ。

「本とのつきあいは、堅苦しい作業とは考えないでほしい」という願いを込めて「本好きになるとなぜたのしいか」「新刊書店をかしこく散歩する」といったテーマが設定された。印刷・製本・装丁など本をめぐる様々な話題を取り上げ、自らの読書体験を交えながら、学生を本の世界に誘った。

作家・古書店主の出久根達郎氏を招いた公開授業では、古本屋めぐりの楽しさなどを伝えた。講義を聞いて初めて古本屋に足を運んだという学生もいた。

後半は、田中登教授が、文化として公家が伝えてきた本の歴史に焦点をあてて講義した。  田中教授は、藤原俊成・定家以来の和歌の流れをくむ京都・冷泉家に残されている古典籍の研究者としても知られている。冷泉家時雨亭文庫事務局長で歌人の冷泉貴実子さんを招いた学内公開授業も開かれた。

西南学院大学 移民、戦争文学題材に

「心のもやもやを見つめ文章に移し変える人間が作家だと思います」——作家、馳星周さんが、デビューまでの苦しい体験を交えて淡々と語る小説論に、学生たちはうなずきながら真剣に聞き入っていた。

20060218_03.jpg  講座名は「快読!怪読!」。読書を心地よく、時には怪しく楽しむという意味が込められている。コーディネーターの新谷秀明教授を含めて6人の講師が、計13回の講義を分担した。外部講師には、馳さんのほかに評論家の豊崎由美さんを招いた。

新谷教授は「越境の物語を読む」と題し移民文学を取り上げ、母国への思い、アイデンティティーの不安といった今日的な問題に論及した。斎藤末弘教授の「戦争文学」は、死に直面する極限状況での人間の行動、岩尾龍太郎教授の「漂流記」は、江戸期の日本人の漂流の記録などを教材にサバイバルについて講義した。

ミステリー作家でもある東山彰良講師は「エンターテインメントを10倍楽しむ方法」という題で、映画や小説がどういった公式(起承転結)で組み立てられているかを分析し、学生たちに実際にストーリーを作らせる試みが行われた。

活字文化推進会議委員長、山崎正和さん(劇作家)の談話

20060218_04.jpg  「文学という学問的な切り口ではなく、教養としての読書全般に目を向けて単位を付与する正規授業にしたのは画期的なことだ。学部横断で学生が受講できるようにしたことも評価され、多方面の方々から応援の声が寄せられている。授業内容はモデル校で磨きをかけていただくが、読書が大学教育の中できちんと位置づけされることを期待している。他大学でもぜひこの講座に取り組んでほしい」

受講生の声

青山学院大文学部1年 野中千嘉さん
  「日本文学を専攻しているので、これから作品をテキストとして分析し論ずる機会が多くなると思う。このゼミには、学部や学科の異なる学生が参加しており、様々な視点から、本の良さや感想を素直に述べる雰囲気があり、読書の楽しみを改めて発見することができた。また本が好きで読んでいる学生が、考えていた以上に多いことを知り、良い刺激になった」
関西大法学部1年 前田憲彦さん
  「読書について様々な視点から語られ、毎回楽しく聞けた。どうしても法律の授業と比べてしまうので、余計に新鮮に感じられたのかも。出久根達郎さんが、関心のあるところから読めばいいとか、自由な読書について語られたことが印象に残る。今まで手に取らなかった本からも、思いがけない面白みが発見できるかもしれないと思うようになった」
西南学院大文学部4年 宮本真子さん
  「馳星周さんの公開講座は、ものを書いて発表するとはどういうことかを考えるとても刺激的な内容だった。読書が与えてくれるのは、私が生活したり見聞きしたりしているこの日常だけが、絶対的な真実ではないかもしれないという世界観だ。後輩たちには、活躍中の文筆家とふれあえる機会なので、積極的に参加して楽しんでほしいと伝えたい」

3大学担当教授座談会 

「読書教養講座」は大学生に本を読んでもらいたいとの一心で始まった。活字離れが進んでいるといっても、もちろん読書家の学生も多く単純にとらえることはできない。講座を担当した青山学院大国際政治経済学部の嶋田順好教授(歴史神学)、関西大法学部の山野博史教授(日本政治史、書誌学)、西南学院大文学部の新谷秀明教授(中国文学)の3氏に新しい取り組みに対する苦心の様子や成果などを振り返ってもらった。(司会 活字文化推進会議事務局長・新山豊)

山野「本読む日常」のぜいたく
嶋田「通学時は読書」約束事に
新谷ブログ“補講”議論深めた

20060218_05.jpg【司会】 それぞれの授業の狙いは。

【山野】 人類の文明史の大半は、文字も知らない、学校にも行ったことがないという人たちが支えてきた。本を日常的に読むことができる我々は、随分ぜいたくな暮らしをしているということを、時々思い出してほしいと、まず開講にあたり学生に伝えた。

【司会】 正面からの読書論や読書法ではなく?

【山野】 意外と学生はまじめというか読書を特別なことと考えている。そうではなくて、生活の中の気楽な一部だと思ってもらうのに時間を使った。その上で、古本屋、著者と出版社、原稿料など活字文化をめぐる話題を具体例に即して取り上げた。

【新谷】 読書とは何ぞや、という深い問題に立ち入らず、いっそのことこちらが楽しもうという感じで始めた。学生の活字離れを食い止め、快楽と好奇心にあふれた読書の楽しみや喜びを知ってもらえたらと。気軽に読書に触れるきっかけとなるテーマを考えた。

【嶋田】 私のゼミの受講生は受験勉強に忙しかったり漫画以外の本に苦手意識を持っていたりと、これまで読書をそれほどしてこなかった学生だ。過大な読書量を要求できないが、毎日、着実に本を読み続けてほしいと思い、通学時間を読書に充当することを基本的な約束事にした。

20060218_06.jpg【司会】 初めての試みでご苦労が多かったと思うが、取り組みの成果は。

【新谷】 1年目としてはうまく形になったと思う。受講生を3年生以上に限定したのだが、4年生は就職活動でほとんど授業に出なかった。最初の登録は90人で最後のリポートを出したのは半数を超えるくらいだった。でも残った学生は真剣だったしアンケートの内容も「知的好奇心をかきたてられた」「普段会うことのできない作家や評論家の講義は刺激になった」など好意的だった。

【嶋田】 ふだん本に接していない学生が対象なので、選書には苦労した。ともかく今の学生の関心事である恋愛と就職に焦点を絞り、幅広く選択した。19人中13人の学生が残ったが、読んだぞ、という達成感と喜びを得てくれたようだ。

【司会】 学生はどんな本に興味を示したか。

20060218_07.jpg【嶋田】 『話を聞かない男、地図が読めない女』や立花隆さんの『二十歳のころ』のようなノンフィクションの人気が高かった。一方で、小川洋子さんの『博士の愛した数式』など小説にも人気がありジャンルは特定できないと感じた。

【山野】 履修届を出したのは299人で、最後のリポートを提出したのは220人足らずだった。

【司会】 印象に残ることはあったか?

【山野】 私も諸君の年ごろには、おっかなびっくりでハラハラドキドキだったということをしゃべった。そうしたら工学部と文学部の学生が会いたいとやってきて「きれいごとではなく、のたうち回っている姿を本音で語る授業を初めて聞いた」と。大学の食堂で話をしたのだが、彼らはこんなことを考えているんだということがわかった。非常にうれしくありがたい経験だった。

【司会】 新谷先生は授業内容をネットで公開したが。

【新谷】 受講生用に『カイドク通信』というブログを作り、講義の概要などを公開した。大教室では質疑応答が十分にできないので、ネット上で学生とのディスカッションができればと考えた。この講座そのものが新しい試みだったので、ついでに始めてみた。

【司会】 語りかけるような柔らかな文体だった。

【新谷】 一部の学生が頻繁にコメントを書き込み、盛り上げてくれた。

【司会】 外部講師については?

【嶋田】 稲泉連さんは、時が満ちて内的な動機付けが生じたときに本当の読書になるとの経験を語り、清水義範さんは古今東西の名作に触れつつパロディーとしての文学の意義を説いて深い感銘を与えてくれた。公開授業には多くの聴衆が集い、自分が主人公のゼミが注目されていることに、学生たちは驚き、感動したようだ。

【山野】 今の子にはそういうところがある。山野があの有名な出久根達郎さんとサシでしゃべっていたやないか、と感心するというか。

【新谷】 書評家の豊崎由美さんの評判が良かった。学生の目線に立って何から読めばいいのか面白く話してもらった。

【司会】 ITが驚異的な速度で進化する時代における活字の役割について。

【山野】 写真が出現した時、絵画は滅びると思われたが両方とも発展した。IT対活字という二項対立でとらえる必要はない。どちらも栄えるほうがいい。

【嶋田】 平均的な学生の活字離れが進んでいることは否めない。ネットやメールの普及が、結果的には読書時間を奪う方向に働いている。けれどもITを目の敵にしても仕方がない。人生の習慣として読書の喜びが身につき、ITと両立させることが課題ではないか。

【山野】 若い人たちは結構分かっている。どちらも面白くて大切だということを。こういう取り組みはエンドレスだと思う。力ずくで若者を読書に向かわせるのではなく、大阪弁でいう「ぼちぼち」で。焦ってはいけない。

【新谷】 読書は教養を獲得するためのほとんど唯一の手段だ。パソコンや英語を学ぶことが美化されすぎ、国語教育が軽視される社会はあまりに危険だ。教育機関も真剣に受け止めなければならないと思う。

(2006/02/18)

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