21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2007/07/11

「本棚の隙間から世界を覗く」

■出演
児玉清さん(俳優)
新谷秀明さん(西南学院大学国際文化学部教授)

 読書教養講座「快読!怪読!」(主催・活字文化推進会議・西南学院大学、主管・読売新聞社)の公開授業が6月2日、福岡市の西南学院大学で開催され、読書家として知られる俳優の児玉清さんが「本棚の隙間から世界を覗(のぞ)く」と題し、本の世界から紡ぎ出される感動と喜びについて話しました。また6月26日の授業には、芥川賞作家の平野啓一郎さんを招いきました。

 いずれも読売新聞社が進めている21世紀活字文化プロジェクトの一環で、読書の楽しさを知り、コミュニケーションの力を高めるために大学と共同で行っている正規授業「読書教養講座」の一環として開催されました。今年度は3年目にあたります。コーディネーターは同大学国際文化学部の新谷秀明教授がつとめました。

西南学院大学 読書教養講座 一般公開授業

生きる面白さ本の中に剣豪、女性、歴史…教えてくれた

20070711a_01.jpg 本を好きになったきっかけは、子どものころに読んだ講談本だと思う。国民学校の4年の時に友達が不世出の力士「雷電為右衛門」の本を貸してくれた。誇張と事実がない交ぜになった波乱万丈の物語が面白くて、たちまち夢中になった。

  次々に講談本を読んだ。特に「千葉周作」「伊藤一刀斎」「柳生十兵衛」といった剣豪物が面白かった。魅力的な主人公がいる。それに対して悪をなすばかりでなく、人を平気で陥れる悪らつな人間がいる。主人公はさまざまな苦難を乗り越え、創意と工夫で独自の剣法を編み出し、ついに花を咲かせる。

  本を読みながら、これが人が生きるということなんだ、人間というものはこんなにもさまざまな個性の持ち主がいて、興味深いものだ、と思った。人が生きるということの面白さを知った。

 16歳のころになると、女性への興味が膨らむ。そのころ出会ったのが徳田秋声の「縮図」だ。これは私の心と体に劇的な変化をもたらした。読み出したとたんに奇妙な感覚に襲われ、読み終えると、この世はまるで別世界、すべての女性が光り輝いて見えた。

 ウィーン生まれのユダヤ人作家ツヴァイクの「人類の星の時間」によって人間の出会いの不思議に激しく興味を抱いたのもこのときだ。人が自分の意志で何かに向かって進もうとしている時に運命という名の糸に引かれるように別の道を歩んで行くことがある。

  ドストエフスキーは、若いときボルシェベキの一員として逮捕されて死刑判決を受けた。銃殺刑にされる寸前にロシア皇帝の特赦を告げる早馬が到着し、死を免れた。早馬が着くのがもう少し遅かったら、作家ドストエフスキーは存在しなかったし、数々の名作がこの世に出ることはなかった、とツヴァイクは言う。

20070711a_02.jpg  江戸時代末期に起きた「生麦事件」。薩摩の島津久光公がお国帰りの途中、4人のイギリス人一行が馬に乗ったまま行列を横切った。怒った藩士が斬りかかり、1人を死亡させ2人を負傷させた。イギリスは激怒し、薩英戦争が起こった。この戦争によって薩摩は西洋文明のすごさを初めて知り、それを取り入れて力をつけるため自重し時を待ち、やがて明治維新へとつなげた。

 もし、4人のイギリス人が生麦村で島津公の行列と出会わなかったら、薩英戦争は起こらなかったかも知れないし、明治維新も違った形になっただろう。吉村昭さんはこの事件をこうした独自の視点でとらえて小説「生麦事件」を書いた。

  小説は私たちにさまざまなことを教えてくれる。人間は科学では割り切れない存在であり、自分の意志だけでなく、自分以外の人々によって「生かされている」ことを知る。医学や工学が人間を健康にし、生活を便利にする実学であると同じく文学もまた実学であるのだ。「精神」を正し、人間の生き方に指針を与えるものであるからだ。

対談

パネリスト
児玉清さん(俳優)
真下弘子さん(西南学院大学文学部教授)
三宅敦子さん(西南学院大学文学部准教授)

演じる目と心養う読書

【真下】 児玉さんの読書体験談はまさに「面白本」のように波乱万丈で、本と出会うことによって人はさまざまなことを学んでいくという、文学の効用にまで触れていただき、文学を研究する者としてとても力づけていただいたような気がします。

【児玉】 私は文学に上下はないと思っています。最近は直木賞と芥川賞の区別がつきにくくなってきているように、かつては純文学と大衆文学は明確に分かれていましたが、現在は混然となって境目がはっきりしません。
「真夜中は別の顔」「ゲームの達人」などのベストセラーで知られるシドニー・シェルダンにアメリカで会ったとき、「あなたの小説は、筋書きだけで、キャラクターが描かれていない、と批判する人が世間にたくさんいる」と質問したら、彼は「そんな批判はよく聞く。そのたびに『くやしかったらレジを鳴らせ』と言うことにしている」と答えました。彼の本は世界で3億冊以上売れていて、お金を払う人がいるということは、その本に価値があるからということです。

【三宅】 確かに昨今は大衆文学と純文学の区別がつきにくいですが、何であれ興味を持てるものを読むことが読書を楽しむ必要条件だと思いますね。

【真下】 ところで、俳優になられたきっかけで、興味深いエピソードがあるそうですね。

【児玉】 全くの偶然からなんです。学習院大学の1年先輩でフランス文学科に篠沢秀夫(現在・同大学名誉教授)さんがいました。篠沢さんがフランス語劇の『ブリタニキュス』(ラシーヌ作)を企画し、その主役をさせられました。フランス語はまったく知りませんでしたが、それなりに評価してもらえました。

  大学卒業後は大学院に進学しようと思っていましたが、卒業式の日に母が急病死し、急きょ就職先を探しました。知人に頼んでいたら、その人が『ブリタニキュス』の舞台を見ていて、てっきり僕が俳優志望だと思いこんでいたんです。彼の思い違いから東宝のニューフェイス試験を受けるハメとなり、面接試験では水着姿になるんですが、水着持参を知らなかったために、パンツ一枚になって審査員の前に出て、それが目立って合格したんです。

【三宅】 新人の時代に博多に思い出があるそうですね。

【児玉】 そうなんです。これも運命の糸というのでしょうか、このことがなかったら、俳優児玉清は存在しないかも知れないんです。

  まだ大部屋の俳優だったころ、平和台でロケがありました。ロケが終わってからある若手スターに誘われて喫茶店に行った時のことです。喫茶店のウエートレスのお嬢さんが、そのスターにサインをもらい、何を思ったのか、私にも「サインして下さい」と言うのです。

  すると、そのスターは「そいつは雑魚だから」と。確かに大部屋俳優は雑魚かも知れない。しかし、面と向かって言われたことに、なにやら猛然と口惜しさがこみ上げてきました。僕はコーヒー代60円をテーブルに置いて博多の街に飛び出しました。そして心に誓ったのです。『このままでは俳優をやめられないぞ』と。

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【真下】 俳優というお仕事と読書家であるということはどこかでつながりがありますか。

【児玉】 小説はフィクションによって、より現実を、真実を、際だたせてくれる。俳優の役作りで重要なことは自分を客観的に見ること。第三者として自分を見つめなくては、演じることはできません。俳優が演じている時には他者性、演じている自分を他者として見ることが要求されます。そうした目と心を養ってくれるのが読書です。

【真下】 自分とは異なる他者に出会えること、そして自分自身がこの他者でもあること、それを読書という体験を通して発見することができるわけですね。

【三宅】 読書というのは登場人物の人生の間接的な追体験にもなるという意味で人生の予行演習にもなるわけですから、若い人にはどんどん本を読んでもらいたいですね。若い人に対してはどのようなご感想をおもちですか。

【児玉】 子どもと大人は対等ではありません。時には厳しく子どもを導くことが大切でしょう。それには大人たちの知恵と想像力も必要だと思うのです。地球温暖化の問題にしても、人類が知恵を出し合って解決しなくてはなりません。私たちの未来は、どれほどたくさんの知恵を蓄積できるかにかかっています。その知恵をはぐくむ大きな力が読書といってもいいでしょう。

読書教養講座コーディネーター 新谷秀明教授の談

 読書教養講座「快読!怪読!」は、読書の楽しさをさまざまな面から知ってもらいたいという趣旨で3年前にスタートしました。年を追うごとに受講生も増え、活字にふれる喜びを学生に伝えていると自負しています。講義を聴いて、「本がそんなに楽しく読めるとはしらなかった」という学生もたくさんいます。一方的に「本を読みなさい」と言ってもなかなか理解してもらえませんが、作家が作品について語ることで、作品をより身近に感じるのでしょう。いろんな読書の楽しみ方を知ってもらうことによって本の世界が広がります。児玉さんの講座は一般にも公開し、多くの方々に聴講していただきました。西南学院大学は学術文化・教育研究の場としてさらに地域社会と国際社会に貢献したいと願っています。

(2007/07/11)

児玉清(こだま・きよし)
1934年東京生まれ。学習院大独文科卒。東宝映画ニューフェイスに合格し、黒沢明監督の「悪い奴ほどよく眠る」に出演、存在感あふれる演技が注目され る。その後フリーになり、NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」をはじめ、民放の「沿線地図」「HERO」など多くの作品に出演。読書家としても有名で、NHKの 「週刊ブックレビュー」の司会も務める。著書に「たったひとつの贈りもの——わたしの切り絵のつくりかた」「負けるのは美しく」「寝ても覚めても本の虫」 など。

 

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