21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2007/12/17

「一瞬に生きる」

■出演
小久保裕紀さん(福岡ソフトバンクホークス)
澤宮優さん(ノンフィクション作家)

 本の素晴らしさを学生に知ってもらおうと開講した読書教養講座(活字文化推進会議、青山学院大主催、読売新聞社主管)の公開授業が12月4日、東京・渋谷区の青山学院大で開かれ、学生や市民約700人が参加しました。福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀さんが「一瞬に生きる」と題して悔いのない一瞬の積み重ねが人生だと力説するとともに、読書の大切さを訴えました。続いてノンフィクション作家の澤宮優さんと対談しました。

青山学院大学 読書教養講座 一般公開授業

基調講演

スランプ脱出、本がコーチ

20071217_01.jpg  僕がきちんと本を読み始めたのは、プロ野球に入って2年目のころです。スランプ状態にはまり込んでしまい苦しんでいるときに、一日のうちに同じ本がたまたま2冊手に入ったんです。自分で買ったわけではないのに、なぜか2冊手元にあったんです。

  これは何かのメッセージや、と思って読み始めたら、まあ面白い変わったことが書いてあるんですよ。船井本社会長の船井幸雄さんの著書だったのですが、その中でほかの本の紹介もたくさんされていました。

  それで片っ端から読んでいきました。ほとんどが自己啓発本だったのですが、脳科学の先端分野とか、僕が全然知らなかった世界の話が出てくるんです。

  野球界の中だけだと、自分が経験したことだから大体知っているんですよね。でも本には未知の世界が広がっている。視野を広げるヒントがたくさんある。読書ノートを作って、1冊読み終えるごとに、心に残ったことを書き付けていきました。

自分を確立

  実は僕、プロに入って4年目くらいまで、チャンスに打席が回りそうになると緊張して震えていたんです。ベンチで「わっ、この回いいところで回ってきそうやな」と思うと、足が震え始めるんです。2年目の終わりごろから4番を打たせてもらってたんですが、どうにかしないとプロの世界では厳しいなと思いました。

  それで精神的な部分を鍛えなければとメンタルトレーニングを始めました。脳の神経回路というのは訓練すれば増えるらしいんです。緊張すること自体は責められることではない。全く緊張しないやつは大きな仕事はできない。だから緊張した後、リラックスする回路を作ればいいんだと。

  全身にぐうーっと力を入れてその後「はあ、リラックス」というトレーニングを毎朝毎晩続けました。それで回路ができたのかな。3年ほど前から、チャンスが来ても動じない自分に変わりました。

  野球界の先輩の話を聞くだけだったら、分からなかったと思うんです。様々な分野の本を読んだり話を聞いたりして勉強することで、自分が助けられたんです。打てなくて悩んでいたときに読みあさった本のおかげで強くなれた。本の力で自分が確立されました。

  野球は7割失敗しても3割成功したら一流と言われる世界なので、どうしてもマイナスのイメージが残りがちです。それをいかに払拭(ふっしょく)するかが大事なのですが、本には答えとなるヒントが色々な角度から書かれています。豊富な読書量が今の僕に生きていると思っています。

母の思い

20071217_02.jpg  野球を始めたきっかけについて話をさせてください。僕の母親は僕が6歳の時に離婚したんです。女手ひとつで育てると、どうしても甘やかしてしまうと判断したようで、僕を少年野球のチームに入れました。

  ところがそこの監督は、今だったら考えられないくらい厳しい人でした。もう練習に行くのがいやでいやで逃げ回っていたんですが、母親は「一回続けると言ったことは最後までやり通しなさい」と、泣きじゃくる僕を車に引っぱり込み、グラウンドまで連れていってくれたんです。

  高校を卒業したら社会人野球に進むつもりだったのですが、母親が「女のプライドがあるからどうしても大学に行って」と。それで進学して学生としてオリンピックにも出場し、こうして今プロ野球選手として話をさせてもらっているわけです。

  つい最近、久しぶりに実家に帰って物置を見たら、自宅の本棚に納めきれなくて送った本が全部ありました。母親が処分しないでとっておいてくれたんですね。これがまたいい本が並んでいるんですよ。地元の後輩に「おれの家には本がたくさんあるから、いつでも読んでええよ」と言ってきました。

オーラ

  僕自身、決してそんな立派な人間ではありません。わがままやしお酒も大好きやし。それで自分がちょっと傲慢(ごうまん)になっているなと思ったときには、いつも京セラ最高顧問の稲盛和夫さんの本を読み返すんです。

  生き方についての僕の座右の書ですね。一節一節が心にぐっときます。「ああ、あんな態度とって申し訳なかったな」とか「あした謝りに行こう」とか、そういう気持ちにさせてくれるんです。

  何を読んでいいのかわからないという学生も多いと思いますが、とにかく本屋に行く習慣をつけたなら、出会わなければならない本と必ず出会うことができます。

  遠征の移動のたびに本屋に寄るのですが、本の方から「買ってくれ」とオーラを出してくれるんですよ。そしてその本には、もう忘れかけていたこととか今必要なことが書いてある。

  最近、少し不思議なことが起こりまして、読書のジャンルが変わってきたんです。自己啓発本ばかり読んできたのですが、小説を読むようになりました。これまでは大嫌いだったんです。時間がもったいないような気がして。

  何で好きになったのかはわかりません。ただ小説には決まった答えがありません。同じ小説を読んでも、感想はそれぞれ違う。人というのは100人いたら100人とも違う感性を持っていることが、小説を読み始めてから分かるようになりました。

積み重ね

  本日の「一瞬に生きる」というテーマは僕の座右の銘です。5年前にメンタルトレーニングの一環として、栃木県に「内観」という修行に行きました。1日に15時間、1週間にわたって座り続けるんです。

 その場所でその言葉を知ったのですが、今生きているこの瞬間に全身全霊をかけて取り組んでいれば、悔いは残らないという意味です。

  バッターは1打席打てないとどうしても次にひきずるんです。でも、誰も見ていなくとも一瞬ごとの練習を積み重ねて打席に入れば、結果はどうあろうと後悔はありません。

  悔いのない一瞬の積み重ねが人生である。学生生活でも読書でも通ずるところがあると思い使わせていただきました。

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対談

読書は自分の一部 

【澤宮】 小久保さんは良いこともあるいは自身に降りかかってくる悪い出来事も、偶然ではなくすべて必然なんだという考えをお持ちだと聞いたことがあります。プロ野球生活で何回も大きなケガをされていますが、ケガやスランプをどのようにとらえていますか。

【小久保】 手術を6回しているんですよ。一番大きかったのは、2003年のひざの大ケガです。もうグラウンドには立てないかもしれないと言われました。日本では手に負えないということで、アメリカで手術し1年間、リハビリ生活を送りました。

【澤宮】 走者の小久保さんが、ホームベース上で相手捕手に乗っかられたクロスプレーですね。相手に怒りの感情を抱いたり落ち込んだりすることはなかったのですか。

【小久保】 なかったです。あるタイミングで必然のことが起こる。その時は苦しくとも、後で振り返ると無駄なことはなくすべてが必要だったと。

【澤宮】 大ケガの時も?

【小久保】 全く動けない状態からプロ野球選手として普通に動ける体に回復する過程を体験することで、自然治癒力や再生力など人間の体の力を認識できた。それから現役生活が終わり仮に指導者になったとしたら、大ケガをした選手の気持ちもわかる。なにより8月の1か月間、家族4人でアリゾナで暮らせた。現役選手ならありえないことです。

【澤宮】 挫折や絶望といった言葉は、一般的にいい意味ではとらえられませんが、違う面から見ると進歩につながるということですね。勇気づけられます。

【小久保】 本を読んで自分自身に刻み込まれた考え方です。

【澤宮】 小久保さんはジャイアンツ時代のオフに、高橋由伸選手と一緒に立川市の聾(ろう)学校に行き、野球部の生徒に「ホームランを打ったら手話でメッセージを送るぞ」と約束されたそうですが。

【小久保】 掛け声とか打球音とか、野球にとって音は大切なんです。ハンデを感じさせず元気にプレーする姿に感動してしまって。あのシーズン、僕はなかなか初ホームランを打てなかったのですが、由伸はなんと1打席目で打った。興奮して手話を忘れてないかなとハイタッチしながら見てたら、きちんとやってた。

【澤宮】 どんな大打者でも最初の1本が出るまで「今年はヒットを打てるんだろうか、ホームランを打てるんだろうか」と不安になるそうですね。

【小久保】 期待と不安が半々です。でも要は打席に立ったときに「もう準備はすべて完了している。バットもとことん振ったし本もたくさん読んだ」と思えればいいんです。

【澤宮】 会場の後輩たちに力強いメッセージを。

【小久保】 確実なのは、本は読むべきだということ。社会的に成功している人たちに共通していることはただ一つ。読書家であるということです。もちろん企業のトップや大金持ちになることだけが成功ではないけれど、とにかく必ず本を読んでいます。

 成功することがすべてではないが、そういう思いを持ち続けるのはいいことだと思う。ただし自分さえよければいいんだという成功ではなく、他の人も幸せにする成功を夢見てほしい。それから人が見ていない小さなことも、素直にできるようになってほしい。

 読書は自分の一部やというくらいの意気込みで、いつも本を手にしている。そんな人生を歩んでくれ。学生諸君。

「一流」は本を読んでいる/嶋田教授

 青山学院大の読書教養講座は、国際政治経済学部の嶋田順好教授=写真=が担当している。所属ゼミ生は1年生19人。毎週1冊ずつ本を読んで、意見や感想を述べ合う。

 今年度の課題図書は、綿矢りさ『蹴(け)りたい背中』、川上弘美『センセイの鞄(かばん)』、藤沢周平『蝉(せみ)しぐれ』、太宰治『人間失格』、ドストエフスキー『罪と罰』など、現代作家の作品から古典文学まで幅広い分野から選ばれている。学生の関心分野が多様化しており、選書には苦労するという。

 今回の公開授業の狙いについて嶋田教授は「どんな世界でも一流になる人は本を読んでいることを知ってもらいたかった。現役のライターである澤宮さんが小久保さんから話を聞くことで、取材の実際の雰囲気も感じ取れたと思う」と話している。

(2007/12/17)

小久保裕紀(こくぼ・ひろき)
1971年生まれ。青山学院大経営学部卒。ソフトバンクホークスの主砲。巨人時代には主将を務めた。本塁打王、打点王、カムバック賞など数々の栄冠に輝く球界を代表する強打者。
澤宮優(さわみや・ゆう)
1964年生まれ。青山学院大文学部卒。ミズノスポーツライター賞を受賞した『巨人軍最強の捕手』や『打撃投手』などスポーツ物を中心に著書多数。近著は『二十四の瞳からのメッセージ』。

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