21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2007/12/23

「いわさきちひろの絵本と人生」

■出演
松本由理子さん(ちひろ美術館副館長)

 読書の大切さを広めようと、読売新聞社が21世紀活字文化プロジェクトの一環として展開している「読書教養講座」(活字文化推進会議、関西大学主催)の公開授業が、関西大学で相次いで行われました。10月13日には作家の神坂次郎さんが「今昔おかね物語」と題して、12月7日には絵本作家、いわさきちひろさんの作品を集めた「ちひろ美術館・東京」の松本由理子副館長が「いわさきちひろの絵本と人生」について講演。河田悌一学長もそれぞれあいさつして、本を読むことの楽しさなどについて語り、参加した学生や市民らが熱心に聞き入りました。

関西大学 読書教養講座 一般公開授業

基調講演

「子供は可能性の塊」思い熱く 

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 子供を描き、多くの絵本を残した画家、いわさきちひろが世を去ったのは33年前ですが、今でも、ちひろが描いた子供の姿を見た人たちは「うちの子にそっくり」「うちの孫にそっくり」「私、子供のころはこんな顔だったの」と言います。外国の人でも反応は同じです。また1950年代、60年代に出した絵本が今でも出版され続けています。なぜでしょうか。

  ちひろの絵の中の子供は、髪の色がなかったり、輪郭線もほとんど描かれていなかったりします。ちひろが絵筆を“6割”で止めているので、残りは、見る人たちが自由に膨らませることができる。国境も時代も超えて、大切に思ってる子供の姿を重ね見ることができるのです。

  ちひろの絵本で一番たくさん読まれているのが『おふろでちゃぷちゃぷ』(文・松谷みよ子)。子供が初めて自分でおふろに入るお話で、ズボンをおろし、洋服を脱ぎ、パンツを脱いで裸ん坊になる姿が描かれています。

  子供たちが裸で、こんなに無防備でいられるのは、画面の中に描かれていなくても、しっかりと愛し見守ってくれる大人の目が周りにあるからです。そのことの大切さを、ちひろの作品は伝えています。子供はこんなにもかわいい、可能性の塊なんだという思いを込め、すべての子供たちが持っているエッセンスを描いた画家でした。

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  私の4人の子供のうち3番目の子は小学校時代、読書が苦手で、夏休みの宿題の読書感想文は、6年間、ちひろの絵本でした。今は、大の本好きになりました。子供と本との出会いは、活字だけではありません。漫画しか読まない、絵本しか読まないと言って子供を怒ることは、絶対しない方がいいと思います。

  ちひろは、子供が安心して生きられない場所が地球上にたくさんあることも忘れませんでした。晩年、ベトナム戦争の激化が伝わる中、今、平和を訴えないとベトナムの子供たちがみんないなくなってしまうと危機感を抱き、『戦火のなかの子どもたち』という絵本を作りました。

  背景には、ちひろ自身の戦争体験があったと思います。軍関係の技師を父に持つちひろは、20歳で結婚後、日本が占領していた満州(現中国東北部)に渡り、支配者側の特権的生活を送りました。敗戦の前年には、女子義勇隊員とともに、再び満州に渡ります。ちひろは3か月後に無事帰国しますが、同行者の多くは帰ってくることができませんでした。ちひろも帰国後、東京山手の自宅を空襲で焼かれ、九死に一生を得ます。

  戦後のちひろは、支配を受けた側のことや、満州に残されて悲惨な目に遭った人々のことを考え、人の不幸せの上に自分だけ幸せになるような人生は送らないと固く心に誓っていたのではないかと思います。再婚し、子を持つ母となったちひろが絵に託したのは、「世界中のこどもみんなに平和と幸せを」との願いでした。

  ちひろの死後3年目に誕生したちひろ美術館は、30年目を迎え、2万5000点を超える世界中の絵本画家の作品を収集、公開するまでになりました。

  絵本は一つの大切な芸術であり、子供が初めて出会う美の世界です。異なった宗教、文化や伝統の中から生まれた、世界中の作品に出会うことが、相互理解と平和への一歩となればと願っています。

(2007/12/23)

松本由理子(まつもと・ゆりこ)
1952年千葉県生まれ。大学生時代、いわさきちひろと出会い、ちひろ没後に遺族と記念事業団を設立。著書に「ちひろ美術館ものがたり」など。

 

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