21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2008/04/08

「本を読んで生きてきた」〜立松和平さん、国士舘大学で講演

■出演
立松和平さん(作家)

 町田市の国士舘大で昨年12月15日に開かれた「読書教養講座」(活字文化推進会議、首都圏西部大学単位互換協定会主催)の公開授業に、約350人の学生や市民らが参加し、作家・立松和平さん=写真=の講演「本を読んで生きてきた」に耳を傾けた。

 この講座は、読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一つ。あいさつに立った老川祥一・読売新聞東京本社社長は活版印刷を発明したグーテンベルクを引き合いに出し、「活字がなければ近代化は起こらなかった」と強調。「文字や言葉の大切さを語ってほしい」と、講師の立松さんを紹介した。

 立松さんは、鎌倉時代の僧侶・道元の主著「正法眼蔵」の読解に10年にわたって取り組んだ経験に触れ、「理解したと思っても、すぐにまだまだだったと気づく」と、名著を読む苦労が自己形成に役立つことを強調した。

 また、おとぎ話の「浦島太郎」などを引用し、「物語は人間の心の痛みから発生した。生きていく上でなくてはならない」と訴えた。その上で、「物語には意味があり、それを考えるのが読書のおもしろさ」と講演を締めくくった。

 参加した神奈川工科大4年松尾瞳さん(22)は「浦島太郎の解釈が新鮮だった。いろんな小説に挑戦したい」と満足そうだった。

首都圏西部大学単位互換協定会 読書教養講座 一般公開授業

基調講演

「物語」について

  今日は広い意味で、物語の話をしたいと思います。物語というのは我々の身の回りに満ちているんです。毎日物語が成立して消滅していく、その繰り返しです。文学はそういった物語によって形成されているわけですが、何かしらの時代の記憶というものが込められています。文学は書かれていることだけではなく、その深い意味、幾重にも張りめぐらされる意味を考えていくとおもしろいのです。

椎葉村が物語る「原日本人」 

 『遠野物語』の柳田國男が初めて書いたのは、『後狩詞記(のちのかりのことばのき)』という猟師たちがイノシシ狩りのときに唱える言葉を集めたものなんですけれども、宮崎県の椎葉村に訪れたときに、非常に衝撃を受けて書いたものです。柳田國男は、明治政府の農務官僚、つまり日本の農村を近代化しようという立場でしたが、柳田はそこで古い日本人・・・原日本人といったらいいのか、農務官僚の柳田國男自身が消そうとしていた、いわば遅れたものと思っていた日本人の原像に出会っていくわけです。

 椎葉村は、今でも犬を放してイノシシ狩りをするんですが、あそこの猟は不思議で、今日は山の神様がこの方向に猟をしなさいと言ってる、と暦で決まっているわけです。絶対に越境して向こうに行かないんです。獲物を保護しながら獲っているわけです。だからずっと継続して猟ができているんですね。

  その椎葉村で唯一焼畑が行われているところに何度かいったんですが、そこのお母さんと山を歩いていくとおもしろいんですよ。あ、この葉っぱ、湯がくとおいしいよと、ぱっととってかごに入れるんです。この葉っぱは天ぷらだ、この葉っぱはお浸しだといって、100メートルも歩くと、後ろのかごがいっぱいになってしまうんです。で、その葉っぱが晩飯のおかずに出るんです。そのお母さんは毒の見つけ方とかも全部わかっていて、頭の中に植物図鑑があるんですね。こういう人が最後に生き残るんだなと思いました。

20080408_02.jpg それで焼畑なんですが、広い森がたくさんの区画に分かれていて、今年はこの畑を焼こうと決めるわけです。そうすると、ほかに類焼しないようにして火を入れ、そのときに唱えごとをする。これから私はここに火を入れます。ここにいる蛇や虫けらども、どうかよそに行って命を長らえておくれと。逃げ道をつくって火をつけて、殺さないようにするわけです。つまりその中の命を大切にします。

  そして、火がまだくすぶっているうちにソバの種をまくんです。2年目にアワとかヒエとかをまくわけですね。それで3年目に小豆、4年目に大豆をつくります。そして5年目はもう何も植えないで、森に返るのを好きに任せる、それを順番にやってたら、別に山が荒れるということはない。その森の木を切って永遠に畑にするのでない、自然の理にかなったやり方です。肥料もまかないです。灰が肥料になるんです。

  柳田國男は本来、機械化する、薬を使う、そういう合理的な農業をするという官僚だったわけですが、そういう仕事に行っている間に、「原日本人」を発見していくわけです。

物語を形成する人間の心 

 そして今度は『遠野物語』を仕上げていく。その中身の話をしてみましょう。

20080408_03.jpg 早池峰山というあの辺で一番高い山に道をつくろうと、一人の男が思いついて、道をこしらえていくと。夜になって男が餅を焼いて食べていると、坊さんの格好をした妖怪があらわれて、餅をくれと求めるんですね。それで餅を与える。それが毎晩来る。で、自分の食べるのがなくなってしまうので、これはたまらんというので、あるとき石を焼いて、それを食べさせたら、ぎゃーっと言って谷に転げ落ちたと。翌日見たら死んでいたという、それだけの物語です。(遠野物語第二八話より)

 この物語を語り伝えた意味は何か、ちょっと考えてみたいと思います。道をつくるというのは、今までの自然そのものであった山に1本の道を引いて、これは自然の空間から人工の空間になることです。その過程で、いろいろな抵抗があるでしょう。自然そのものである妖怪のたぐいが出てくるわけです。わかりやすく言うと、その妖怪のたぐいをだまして退治しました、そして道を引きました、人間の社会、いわば文明社会になりましたという話です。そのときに、単に我々の勝ちだというふうには人間の心はいかないんですね。自然を殺してしまったという痛みが、そこには込められているんですね。そういうものが物語を形成させると僕は思うんです。

 江戸時代に深川は開発されて、江戸がどんどん膨張していきます。深川というところはそもそも湿地帯ですから、湿地帯という自然を壊して都市化していくわけです。そのときに、壊したということ、自然を壊したことの心の痛みみたいなものがあり、深川の七不思議とか物語も自然と生じてくるんです。例えば「消えずのあんどん」とか、「送りぢょうちん」とか、そういうものです。「消えずのあんどん」というのは、夜になってもあんどんが消えない、不思議だという話です。今までの自然の風景というのは真っ暗やみなのに、光がともっただけで風景が変わってしまった。それが消えずのあんどんという妖怪話になって、人工空間にしてしまったという痛みを表現しているんです。民俗学のこの方法論から、いろいろのことが読み込める。

  それと「送りぢょうちん」というのはちょうちんがいつまでも遠ざかっていって消えないという話です。これもわかりやすいことです。真っすぐな道ができて、風景が変わっていったことに対して、不思議だと思いたがる心情があるということですね。これが物語を解読する一つの態度です。

「浦島太郎」が物語る人間の夢 

 我々は、浦島太郎の話は何げなく当たり前に聞いていますでしょう。でもあれは不思議な物語ですよ。

 ここで語られようとしていることというのは、人間の夢です。人間の夢は何かということです。我々は普段一生懸命働いています。会社に行ったり、僕は原稿を書いたりしています。皆さんも何かの手段の仕事をする。何でこんなに一生懸命働くのか、それはよりよい生活をしたいためです。物質的に恵まれた生活をしたいわけです。

  太郎はカメを助けたという、ただそれだけのために理想的な生活を手に入れるわけです。きれいな着物を着て、竜宮城という立派な家があって、そして毎日毎日ごちそうが出て、宴会をする、楽しい楽しい時間を過ごすわけです。物質的にこれ以上恵まれたものはありませんね。しかし、人間は物質的に恵まれても、精神的な部分がなければ満足できないものです。その点太郎は精神的にも非常に充足していた。なぜならば恋をしていたんです。乙姫様と恋をしていた。いつも2人でいて、2人で向かい合って、2人で魚が舞い踊るショーを見ていたわけです。で、そういうふうにして太郎は精神的にも、物質的にも、まことに充実した夢の生活を手に入れました。

20080408_04.jpg ところが、人間は欲が深いんですね。もう1つあるわけです。いつまでもこの生活をしていたい、いつまでも若くいたい、お互いに美しくいたい、そういう諸行無常と違う永遠の生活を手に入れたいという果てしない欲望、これが究極の欲望でしょう。我々の知っている人で、たった1人その永遠の命を手に入れた人がいるんです。それがかの浦島太郎君です。あまりにも楽しくて、太郎は時の流れを忘れ、永遠の時間、もうほんとうに絶頂の幸せを手に入れましたという、これが浦島太郎のお話の骨子です。

 ここまでが絶頂です。あとは失われていくという話に当然なっていくんです。あまりにも楽しくて、ほんとうに人類史上だれも手に入れたことのない富を手に入れた太郎ですけれども、しかし、何かノスタルジーというのかな、富とはまた違う人間の持つ複雑な心が出てきて、村に帰りたいと思ってしまうんです。せっかく恋をして、女房みたいになっている乙姫様に帰りたいと無理を言うわけです。で、乙姫様は困ってしまうけれども、最終的に帰っていらっしゃいと言って、ちょっと意地が悪いんですが、絶対あけてはいけないと箱を渡したというわけですよね。ほんとうに親切だったら、別にあけてはいけないという箱を渡すはずがないんですけれども。

  でも、いろいろな意味がその玉手箱にはこもっているんでしょうね。それはノスタルジーです。あけてはいけない箱を太郎は開いてしまいますが、それは実際にもう開いているんですよね。村に帰ったらば、太郎は今まで得ていた永遠の時間も失ってしまう。失ってから気がつくわけですよね。随分時がたってしまって知り合いもだれもいない、みんな死んでしまったと。自分は若い姿のままいるけれども、もう随分昔の人だと。親戚も死に絶え、知人はもちろんいない。そういうことを認識するわけです。

  これは人間の心の中にあるノスタルジーというものが、あのままの生活、すばらしい富、あと心の充足する乙姫様との恋、そして何より永遠の時間、すなわち不老長寿というものを失わせましたという物語であります。つまりその中には永遠に達成できない夢というものが取り込まれているわけです。これが浦島伝説ですね。

  不思議なことに、黒潮の流れとともに浦島の物語が各地に残っているんですね。いつも海を見て生きてきた人たち、海洋民族の精神性というものが物語の原形をつくったと思います。この物語を持った人がずっと南のほうから黒潮に乗ってやってきて、もしかすると稲作も持っていったかもしれないし、カツオをとる漁法とかそういうものを持っていったかもしれない。いろいろな文化の属性を持ちながら、日本列島を北上したのかなと想像します。

(2008/04/08)

立松和平(たてまつ わへい)
作家。早稲田大学在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞、「遠雷」で野間文芸新人賞、「毒−風聞・田中正造」で毎日出版文化賞を受賞。歌舞伎座上演「道元の月」の台本を手がけ、大谷竹次郎賞。「道元禅師」で泉鏡花文学賞受賞。行動派作家として知られ、近年は自然環境保護問題にも積極的に取り組む。;

 

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