21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2008/12/03

井上ひさしさん「創作は人生経験必要」

■出演
井上ひさしさん

 読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一つ、読書教養講座の公開授業(活字文化推進会議、青山学院大学主催)が10月25日、東京・渋谷区の青山学院講堂で開かれた。作家・劇作家の井上ひさしさんが「作家の生き方」と題し、大正から昭和にかけて雑誌文化をつくり新しい小説や戯曲を創作するとともに、ゴルフや社交ダンスなど数々のエンターテインメントを我が国に広めた菊池寛について講演した。さらに同大学文学部教授の片山宏行さんと菊池寛の文芸論から人となりまで縦横に語り合った。会場には学生や市民約1000人が詰めかけ、熱心に聞き入った。

青山学院大学 読書教養講座 一般公開授業

基調講演 「作家の生き方」

 きょうは昔から好きだった菊池寛の生き方についてお話しします。

 菊池寛は大変小説の上手な人でした。読むのに一番ふさわしいのは心がうっ屈している時。「元気を出そう、頑張っていこう」という時に、最高の作家です。

 生い立ちを簡単に言いますと、明治21年(1888年)、代々四国・高松藩の儒者を務めた家に生まれました。明治維新後、古い儒学は捨てられ、赤貧洗うがごとき生活でした。教科書も買えず、友達から借りて写しながら、名門の高松中学を一番で出た。養子に出るなど、色々回り道をしながら旧制一高に入ります。同窓に芥川龍之介や久米正雄など後に名をあらわす大変な人たちがいた。
 
 卒業寸前に事件が起こる。友人が盗んだマントを質入れして一緒に遊んだということで、菊池寛は盗みの罪をかぶって、放校になってしまう。その後、彼は京都帝国大学の、正規の学生ではなく、講義を聴いてよろしいという選科という資格で、京都で勉強を始めます。これがよかったと思いますね。
 
 当時、京都帝大は海外の戯曲をたくさん集めていた。それを一生懸命読んだ結果、皆さんご存じの「父帰る」など劇作家としてデビューしていく。

 さらに小説も書き、少しずつ認められていきます。しかし芥川との関係で言えば、これは私の想像でしかないんですが、菊池寛は「芥川は天才で、自分にはそんな才能がない」と見切る。自分の限界を知ることが出来た偉い人なんです。「純文学は芥川に任せよう。自分は違うことをしなければ」と考えた。井上ひさしHP.jpg

 菊池寛はその後、二つのことを延々とやっていきます。一つは、新しく生まれたサラリーマンとその家族に向かって、当時の社会状況を背景とした色々な新しい小説を書いていきます。その延長上で社会に向けて「面白いこと」を発信していく。

 競馬を今のような形にした。それまではお金持ちが自分で馬を持って楽しむものだった。上流階級のものだったゴルフも、「普通の人間もやっていいんだ」と提唱してブームを作った。マージャン、社交ダンス、囲碁、将棋、連珠、釣りなどもはやらせた。それは「もっと楽しく生きようじゃないか」という菊池寛のメッセージです。

 もう一つは、作家を助けていくことです。大正12年(1923年)に「文芸春秋」を創刊します。横光利一や川端康成たちがまだ修業中のころ。若い作家たちの勉強のための雑誌です。世の中がよく見える人ですから雑誌は大成功を収めた。次は文芸講演会を始める。新進作家に地方に行ってもらって丁寧に講演をして回っていく。地方に読者を増やすとともに、若い作家が食べていけるようにした。
 
 さらに皆さんご存じのように、いい作品を書いても無名で読まれない作家を励まそうと、芥川賞や直木賞を作っていく。作家の健康保険とか社会保険とか、生活をちゃんとさせようと作家の組織も作る。今も続いている日本文芸家協会です。

 菊池寛は壮烈で厳しく、しかし温かい生き方を貫きながら、今のエンターテインメントが全部ぶっ飛ぶような面白い小説を書く一方で、社会事業家として日本に様々な楽しみを持ち込んだ偉大な存在です。皆さん菊池寛の作品を読んでみてください。ほんとうに面白いですよ。

対談 青山学院大教授 片山宏行さんと

 【片山】 菊池寛の残した語録から話に入りたいと思います。彼は「創作と鑑賞は陰と日なたのようなものだ。天分貧しい者でも、遠慮して陰にのみ座っている必要はない」と言っています。「作家というのは才能がなくては」という一般の通念とはまるで逆の発想です。

 【井上】 私は芸術の基本は、普通の生活の中では見えないものを、見えるものにすることだと思います。普通の人に「現実の外に本当はこういうものが見えていた」と気づかせる作業。その人の頭の中にはあるけれど普通の人はちょっと考えないというものを、人は必ず持っている。それを苦労をしながらでも、皆の見えるもの、つまり読める文章にしていく、ということだろうと思います。

 【片山】 文芸に携わるのは特別な人で、あとは舞台の下で見ているだけというのではなく、誰だって書けるものを持っているということですね。片山宏行HP.jpg

 【井上】 ただ、努力しないと。

 【片山】 それが彼の有名な言葉、「25歳未満の者、小説を書くべからず」につながるのでしょうか。「ある程度に生活を知ることと、人生観をきちんと持つことが必要だ」と。

 【井上】 頭の中に何かないと、文章とか技術だけでは小説は出来ないよ、一番わかりやすい形としては人生の経験を重ねなさい、ということですね。

 【片山】 菊池寛の本は、手軽に手に入るものがあまりありませんでしたが、最近『半自叙伝』『無名作家の日記』など6編が収められた岩波文庫が出ました。人となりを知るには『半自叙伝』がいいし、『無名作家』には「これは芥川のことを嫉妬(しっと)しているんだろうな」というはらはらさせるような記述もあります。

 【井上】 菊池寛を読もうとする方は、図書館にそろえてくれと要求なさったらどうでしょうか。立派な『菊池寛全集』が出ていますから。

 【片山】 それは、郷里の高松市が出版したものです。全24巻で面白い長編小説はほとんどすべて収録されています。

 【井上】 ところで、菊池寛研究を始められた一番核になった動機は何ですか。

 【片山】 「生活が第一で、芸術は第二なんだ」と言い放つなど、作家らしからぬことをぽんぽん言う。しかも井上さんが話されたような多岐にわたる活動を次々と行いながら、終生文学から離れようとはしなかった。そういう人はほかにはいません。

 【井上 書くのをやめずにほかのことも一生懸命やってきた。それが、ほかの作家の生き方だけでなく、読者の生き方にさえも影響を与えたというところですね。
 ところで、菊池寛が作ったエンターテインメントというジャンルを含め、現在は小説が極端に売れない時代です。こつこついい仕事をしている作家の本を読む人が本当に少なくなった。いい作品が書かれても、それが売れないと、作家という仕事は成り立ちません。皆さんがサポーターです。もっと応援してください。見返りは何倍もありますよ。

◇井上ひさしさん 

 作家・劇作家。1934年山形県生まれ。『手鎖心中』で直木賞。『吉里吉里人』で読売文学賞。近著に『ボローニャ紀行』『ロマンス』など。活字文化推進会議の推進委員。
◇片山宏行さん 

 青山学院大学文学部日本文学科教授。1955年北海道生まれ。菊池寛を中心に、大正、昭和の日本文学を研究。著書に『菊池寛の航跡』『菊池寛のうしろ影』など。

 ◆読書教養講座

本好きの学生を増やそうと、2005年から、大学と共同で始めた単位を修得できる正規の授業。今年度は青山学院大、関西大、近畿大、西南学院大と首都圏西部大学単位互換協定会(加盟28校)で開講した。講師は学内教師陣のほか、活字文化推進会議が依頼した作家や評論家など。一部授業を市民に公開しているのも特色だ。青山学院大は「名作を〈読む/観る〉」を総合テーマにした年間授業で、85人の学生が履修している。

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