21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2011/12/19

関西大学で冲方丁さん、福岡伸一さんが講演

■出演
冲方丁さん
福岡伸一さん

 読書の喜びを伝えようと、読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一つ「読書教養講座」(活字文化推進会議、関西大主催)が、大阪府吹田市の関西大で開かれた。11月19日には、生物学者の福岡伸一さんが、市民も対象にした公開授業で「なぜ学ぶのか」をテーマに講演。柏木治・同大文学部教授と、科学の知識を深めるための読書について対談した。10月28日には「天地明察」などで知られる作家の冲方丁さんが、学内授業で「読書の方法」と題して、ユニークな本の読み方を語った。

生物学者・福岡伸一さん 公開授業「なぜ学ぶのか」

自由つかむ時間旅行 

 私は生物学者ですが、興味があるのは、生物学的な知識だけではなく、細胞の中のミトコンドリアは、誰がそう名付けたのか、どんな意味なのかといったことなのです。教科書の1行の記述には、たくさん人の知りたいという願いや発見がある。学ぶということは、知識が成り立ってきたプロセスをたどっていくこと。つまり時間旅行のようなものなのです。

フェルメール?

掲載画像 福岡伸一.jpg 約350年前、オランダにアントニ・ファン・レーウェンフックというアマチュアの科学者がいました。自分で顕微鏡を作り、さまざまなものを見て、ついには赤血球や精子を発見した人です。私はこの人の名前を生物学の教科書で見て、どんな人なのかと調べました。膨大な観察記録を残し、顕微鏡で見たものをスケッチしているのですが、それは〈友だちの画家に頼んで描いてもらいました〉と手紙で書いている。その画家は誰なのか。たどり着いたのがヨハネス・フェルメールでした。

 2人は1632年にデルフトで生まれました。残念ながら、2人の交友関係を裏付ける証拠は残っていません。ただ、残されたスケッチを見ると、光と陰影を見事に描き分けている。フェルメールのデッサンは残っていないので検証できませんが、76年になると観察記録のスケッチのタッチが変わり、平板になっていた。フェルメールはその前年に亡くなっていたのです。これが2人を結びつける状況証拠ではないかと考えます。

 レーウェンフックは顕微鏡でミクロな世界を調べて、そこに小宇宙があることに気づいた。生命に関する研究は急速に進み、今日、遺伝子はほぼ解読されつつあります。まるで、生命をコンピューターの基板に並ぶミクロな部品の寄せ集めのようにみなすようになってきました。機械論的に生命を見るという考え方です。

新種探す楽しみ

 私は幼い頃から昆虫採集が好きで、新種を発見して図鑑に載せるのが夢だったのにかないませんでした。その後、生物学を研究するようになって、新しい遺伝子を見つけようとしました。その一つがGP2遺伝子です。その役割を突き止めるために、この遺伝子を消去したマウスを作ってどんな異常が起こるかを調べました。でも、異常は起こらない。GP2がないにもかかわらず、マウスはピンピンしている。研究は大きな壁にぶつかりました。

その時、生物学者ルドルフ・シェーンハイマーの言葉を思い出しました。「生命は機械的なものではなく、動いて流れているものだ」と。生命というのは機械ではなくて、絶え間なく流れ、ないものを補って平衡を保っている。私はそれを動的平衡と呼びたいと思います。失敗だと思った実験でしたが、新たな解釈ができるようになりました。

 なぜ学ぶのか。それは自由になるためだと思います。私たちは、さまざまな制約にがんじがらめになっていると思っています。例えば、遺伝子は、私たちの姿かたちや行動を規定していると。でも、遺伝子は私たちに何も命じていない。単に情報の記述がなされているだけです。遺伝子の働き方には自由度がある。しかし、私がそのように考えられるようになったのは、分子生物学を学び、機械論的に生命をとらえ、壁にぶつかり、そこからまた考えるというプロセスを経たからです。学ぶことには旅路があり、その上で自由さがみつかるのだと思います。

対談 福岡伸一さん × 柏木教授

掲載画像 柏木教授.jpg柏木 虫捕り少年は、どういう風に本の世界に入っていったのでしょう。

福岡 最初は図鑑でした。その後、『ドリトル先生』という動物好きの医者の本に出会って、物語のおもしろさに触れ、あらゆる本を手当たり次第に読むようになりました。

柏木 理系の学生でも読書は重要なのですか。

福岡 理系では知識の習得が必要ですが、それがどういう風に獲得されてきたのか。科学史を調べながら勉強すると面白いと学生には言っています。山の稜線(りょうせん)のようなノーベル賞受賞者の業績だけでなく、麓にあたる研究者たちの研究をたどり、その努力を知る。それは文学的な想像力が必要です。それを培うのは読書ではないかと思います。

◇ふくおか・しんいち 1959年東京生まれ。京都大農学部卒。青山学院大教授。2006年「プリオン説はほんとうか?」で講談社出版文化賞受賞。生命とは何かをわかりやすく解説した「生物と無生物のあいだ」がベストセラーになる。「動的平衡」「ロハスの思考」ほか著書多数。

作家・冲方丁さん 「読書の方法」

 調べて磨く感性

 若者の活字離れが言われますが、最近は、インターネットや電子メールの普及で、活字自体に触れる機会は増えているのではないでしょうか? ただ、単なるコミュニケーションのツールではない、活字が本来持つ力に積極的に触れているかどうかは、疑問ですね。

 私は、本を読むことから活字が持つ「知識」「感性」「技術」という三つの力を得て、作家になりました。

 まず、知識は、辞書を読むとわかるように、自分の中に蓄えて困った時に役立てられる効能があります。

掲載画像 冲方丁.jpg さらに、書き手個人の体験を他人が共有できるものに変えて伝える力が、感性です。例えば、コップに半分しか水が入っていないか、半分も入っているのか。同じ物事を見てもどう判断するかで、表現の仕方や伝え方が変わります。

 そして、培った知識を使うために技術があります。1冊の本を書く時には、まるで頭の中で1万人がサッカーをして、ボールがどこに行ったかわからないように、興味が混沌(こんとん)とした状態です。そこから、知識と言葉を駆使して集中力を発揮し、自分にとって価値あること、つまりテーマを見いだすのが、技術なんです。

 私は学生時代、自分にとって価値あるものを見つけるために、ひたすら様々な本を読みました。繰り返し読んでもわからなければ、作者の思いを追体験しようと、文章をすべて書き写した。そうしてワクワクするとか、やっぱり面白くないとか、自分の感性がわかるようになっていきました。

 ぜひ、自分の興味を大切にして積極的な本の読み方をしてほしい。本に「ちょっかいをかける」感じで。

 太宰治の『人間失格』を、文の最後に「(笑)」を入れて読むと印象が変わるでしょう。句読点の位置を変えてみてもいい。私は『源氏物語』の句点のないのが苦痛で、適当に句点を入れて読んだことがあります。逆に『枕草子』は一文が短く思えて、文章をつなげて読んだりしました。

 私は、親の転勤で幼少期をシンガポールやネパールで過ごしました。現地の学校に通い、日本語に飢えていたので和英や英和の辞書をむさぼり読んだのが原点です。文章をつくる上でも、日本語の面白さに影響を受けています。

 ひらがなと漢字に加えて、カタカナがある。何という複雑な言語形態だろう。でも、カタカナがあるから、違う国々の文化をスルスルと吸収できる。さらに、ルビというのまである。知れば知るほど楽しくなって、私は調子に乗って、作品の文章に山のようにルビを振ったことがあって、周囲に「売れないから」と止められたくらいです。

 日本語を知るにつれ、日本人への興味が大きくなりました。私の作品『天地明察』は、江戸時代に日本独自の暦を作った渋川春海という実在の人物を描いていますが、創作の出発点は日本のカレンダーでした。

 海外のように特定の宗教に基づいて作らず、クリスマスも正月も、大安や仏滅も、メーデーも一緒に載っている。「何でこんなに自由なの?」と調べるうちに暦の歴史へとのめり込み、作品を生む力になりました。

 人間は、矛盾や不条理を抱えた存在です。その一つひとつに向き合い、自分が興味を持ち、必要とするものを考え抜くために、読書が大いに役立ちます。独自の価値観で物事をとらえる技術は、人生を喜びに満ちたものにしてくれます。

◇うぶかた・とう 1977年岐阜県生まれ。早稲田大中退。96年「黒い季節」で、ライトノベルを対象とするスニーカー大賞金賞、2003年「マルドゥック・スクランブル」で日本SF大賞、09年の歴史小説「天地明察」で吉川英治文学新人賞、本屋大賞、大学読書人大賞をそれぞれ受賞した。「天地明察」は映画化され、12年秋公開予定。 

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