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読書教養講座

2012/12/25

西南学院大学 読書教養講座

■出演
最相葉月さん(ノンフィクション作家)
池澤夏樹さん(作家)

西南学院大学読書教養講座(主催=活字文化推進会議、西南学院大学 主管=読売新聞社)の公開授業が5月26日にノンフィクションライターの最相葉月さん、11月24日には芥川賞作家の池澤夏樹さんを迎え、福岡市の西南学院大学で行われた。最相さんは「人に話を聞く職業」、『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』(全30巻)を刊行した池澤さんは「世界文学の新しい定義」と題して講演。講演に続いて、学生たちとのトークセッションもあり、熱のこもった議論が行われた。


    
 最相葉月さん「人に話を聞く職業」 

言葉の背後 想像しよう 
 

 インターネット上で、一般の人が意見を述べたり、ディスカッションをしたりする時代になりました。文字だけで情報をやりとりすることに慣れた影響か、私たちは、言葉の背後にあるものを想像する力が弱くなったのではないかと感じます。東日本大震災で求められたのは被災者の立場に立った支援です。問われているのはまさに想像力。そして、想像力の基礎にあるのは、直接会ってコミュニケーションをとる人間関係だと私は考えています。最相葉月 西南 2.jpg
 今から話すのは、取材で私が大切にしている四つの基本姿勢です。考えるヒントになればうれしいです。
 一つ目は、取材者は、基本的に迷惑な訪問者でしかないという自覚です。「知らない人にどうして自分のことをしゃべらなあかんの」。まずそう思われるのが普通でしょう。インタビューをすることによって社会を変えてやろうなどという態度は、傲慢でしかありません。すべては私自身が原稿を書くためでしかない。
 僧侶や医者、カウンセラーなど、人の話を聞くことが相手のためである職業と、この点が決定的に違います。ただし、共通点もあります。相手のことにどこまで思いをはせることができるか。想像力なんです。
 二つ目は、書く理由を最初にはっきりとさせること。『絶対音感』(1998年)では、絶対音感の正体を明らかにするという目的を明確にして、いろんな方に取材しました。
 取材依頼の手紙はラブレターみたいなもの。あなたのことがどうしても知りたいんです、と。取材を引き受けてくださるのは、私の思いがストレートに伝わったときなんです。
 三つ目は、取材対象と100回会うこと。準備段階から相手に関する本、資料を読む。取材依頼の手紙を書き、原稿を書き、商品となった本を読む。そういった形で繰り返し“会い”、相手を知るという意味です。
 当初の予想が裏切られることもあれば、意を強くすることもある。話を聞く人間と聞かれる人間の関係は、何回も“会う”なかですごく変わっていく。それがこの仕事の醍醐(だいご)味です。
 最後は、沈黙の意味を考えることです。言葉にしない怒り、ためらい、自問自答……。沈黙の後に出てくる一言に大事なことが含まれているケースが多い。
 『青いバラ』(2001年)では、バラ育種家の鈴木省三さんを2年間取材しました。最後の頃、鈴木さんがちょっと黙っておられたことがあった。その後で、「あなたのような仕事を続けていたら、そのうちいろんなことがわかってくるでしょう」とおっしゃった。いろんな人生を知ることは、それだけあなたが豊かになるということですよ、と。大変感動しました。
 ドキュメンタリー映画で有名なワン・ビン監督(中国)に「鳳鳴(フォンミン)―中国の記憶」という作品がある。毛沢東時代に迫害された1人の女性が、人生をひたすらしゃべり続けるだけです。最後に机で原稿を書く場面があります。迫害で原稿を書けなかった彼女が、今は書いている姿がそこにある。それが感動的なんですね。
 話を聞くというのは、言葉を聞くこととイコールではない。どんな身ぶりで話したか、その部屋でどんなにおいがしたか、書棚にはどんな本が並んでいたかなど、すべてひっくるめて人の話を聞くということになるのではないでしょうか。

近づく努力怠らない 
 

 トークセッションでは、最相さんと学生たちが、「人に話を聞く」ことを巡る議論を展開した。
 生殖医療、臓器移植などを取材した際、倫理観が揺さぶられ、苦しんだという最相さん。「意見が対立するテーマの時に心がけていることは」と問われ、「頭の中をできるだけ真っさらに保って、両方の主張をきっちり聞くこと」と答えた。
 取材対象と100回“会う”ことも話題になり、最相さんは評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(2007年)に取り組んだ経験を話した。6〜7年かけて、星さんの遺族から借りた遺品整理で週末ごとに出版社に通った。「大変だったが、作家の人生に近づいてきている」という感覚があったそうだ。
 「想像力はどこまで働かせられるか」との学生からの問題提起も興味深かった。車いすの記者が障害者の視点で東日本大震災の被災地を取材したテレビ番組を見て、健常者には可能か疑問に感じたそうだ。
 これに対して、「たくさんの物事を見たり、話を聞いたりすることがまず大切」と最相さん。「相手の気持ちは本当にはわからない。しかしなお、そこに近づいていく努力を怠らないことでしか、想像力を鍛える方法はない」と締めくくった。

◇さいしょう・はづき 1963年兵庫県出身。会社勤務、フリー編集者を経て、ノンフィクションライターとなり、雑誌などに書評やルポを執筆。97年に『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞などを受けた。


    
 池澤夏樹さん「世界文学の新しい定義」 
 

 「苦海浄土」が持つ普遍性 

池澤夏樹 西南 2.jpg
 昔、日本文学全集と世界文学全集を置いている家庭が多かった。教養主義というものがあって、昭和30年代に次々に刊行され、みんなこぞって買いました。
 2005年ごろ、河出書房の昔なじみの編集者が、フランスに住んでいた僕を訪ねて来て、「世界文学全集をやらないか」と言うんです。「今さら教養主義でもないよ」と一蹴しましたが、翌年に僕が帰国すると、今度は同社の若い編集者たちが「従来とは別のやり方でできませんか」と誘う。
 気がつくと僕は、リストを書いていました。9・11(米同時テロ)以降の世界を読み解くのに文学は役に立つか、と自分を挑発しながら。07年に個人編集で刊行を始めた『世界文学全集』は、当初全24巻と発表しましたが、最終的に全30巻になりました。もう6巻増やしたいと思った大きな理由は、日本から何を入れるかという問題を、脇に置いたままにしていたからです。選んだのは、石牟礼道子の『苦海浄土』でした。
 『世界文学全集』の作品の特徴は、ヨーロッパの大国やアメリカ以外の国の作品が多いこと。女性作家も多い。つまり、20世紀後半はそういう時代でした。多くの植民地が独立し、そこから次々と作家たちも出てきた。言いたいことはあったが、鉛筆がなかったわけです。女性もそうです。
 「世界文学」という言葉を言い出したのはゲーテです。多分ゲーテは、ヨーロッパという一種の知的な共同体を意識していた。同じ作品を読むことは、富を共有することであると。原文や翻訳でほかの国にも出ていける文学、それが世界文学だったんです。
 しかし、日本でかつてのブーム時に編まれた世界文学全集は、各国の文学の束でした。つまり世界があって、文学全集がある。世界文学というカテゴリーがあって、全集があるものとは意味が違いました。
 世界文学になりようがない大傑作もあります。例えば、司馬遼太郎。特に明治以降の日本人の心情をあれほど巧みに書いた人はいない。しかし、あくまでも日本人の、日本人による、日本人のための文学です。
 それに対して、石牟礼の『苦海浄土』は、世界で読まれるべき普遍性を持った文学です。水俣という非常に狭い地域だけを舞台にしながら、そこまでの普遍性を獲得した。世界中で貧しい人、弱い人は、あのように苦しみ、迫害されているから。世界文学というのは、そういう意味です。
 今回の全集は、なるべく新訳にしたいと希望しました。文学作品は翻訳を通じて広がり、世界中の読者を得ることで、ようやく完成する。翻訳はその機会を増やすための必須のステップです。そして、翻訳に値するものが世界文学ですね。
 かつての日本では翻訳文学は重視されませんでした。理由の一つは、翻訳が下手だったからです。なぜなら、語学ができるという条件が第一で訳者が選ばれ、そのため、文学一般に対する解釈力の問題がありました。世界の人々が今、同じような問題を、同じように悩んでいる。文学の翻訳が盛ん西南 客席 2.jpgになり、みんながほかの国のことを知ろうとし、ヒントを得ようとしている。
 人間の魂を扱うのが文学です。直接目の前で役に立つものではありません。だが、言語や国が違っても、互いに知り合い、ともに悩むことができる。その基盤が文学にはあるのです。

「福島」経て作り出す 


 トークに参加したのは、毎月の読書会で池澤さん編集の『世界文学全集』を読みこんできた学生たちだった。全集に「移動」といった共通点が読みとれることが、読書会で話題になったそうだ。「(移民、難民などの)人の移動は、20世紀という時代の一つの特徴」と池澤さんは応じた。
 日本から長編小説として唯一収録された『苦海浄土』の舞台である熊本県水俣と、原発事故の被災地・福島との関連性を尋ねられた場面も。「両者を重ねただけでわかったつもりになってはいけない。(文学者たちが)福島経由で『苦海浄土』を超えるものを作り出すことが大事」と強調した。
 現代文学の潮流も議論になり、ナイジェリア・イボ族出身の女性作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ氏を例に挙げて解説した。「渡米後に作家になり、英語で母国の話を書いている。イボの言葉は文章語として整理されていないから、心の深いところは英語で書くと語っていた。英語が世界語になった状況を逆手にとって、表現を充実させる辺境の作家が他にもいる」
 欧米中心だった文学の世界に、様々な地域から質の高い作品が生まれてきているという。「世界文学はとても多様で面白い状況」と池澤さんは語った。

 ◇いけざわ・なつき 1945年北海道出身。作家、詩人、翻訳家。75年から3年間をギリシャ、94年から10年間は沖縄、2004年から5年間はフランスで暮らした。『スティル・ライフ』で87年に中央公論新人賞、88年に芥川賞を受賞。代表作に『マシアス・ギリの失脚』『静かな大地』『カデナ』などがある。
 

 

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