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読書教養講座

2009/10/29

青山学院大で京極夏彦さんが講演

■出演
京極夏彦さん

 21世紀活字文化プロジェクトの柱である「読書教養講座」の公開授業(主催=活字文化推進会議、青山学院大学、主管=読売新聞社)が10日、東京・渋谷区の青山学院大で開かれ、学生や市民約700人が参加した。小説家の京極夏彦さんが「抽象力」と題し、妖怪などを例にあげ、概念に実態を持たせて遊ぶ日本人の昔からの知的遊戯性について講演した。続いて同大学文学部准教授の大屋多詠子さんと対談、曲亭馬琴の作品など江戸読本とからめ、京極小説の魅力や秘密について語り合った。

基調講演「抽象力」

 「抽象」とは、モノゴトや概念の要らない部分を捨てて、特定の性質を抜き出して理解することです。自動車などは、どんな車種であろうと「クルマ」には違いない。それで通じますね。
 
 さて、話は飛びますが、私たちはどこかで「昔の人は迷信深く愚かだった」と思ってはいないでしょうか。科学的な知識は時代とともに豊かになっていますが、だからといって、江戸時代の人たちが現代人より頭が悪いなどということはありません。私たちは、過去の人が愚かだったと思いこまされているのではないでしょうか。それに気づいたのは「妖怪」についてあれこれ考えている時でした。

京極さん紙面WEB用.jpg 「妖怪」についてはちょっと説明が必要かと思います。私たちが知っている「妖怪」の概念は、昭和40年代に水木しげるさんなどの作品を通じて定着したものです。そう言うと、「えーっ、江戸時代も妖怪がいたじゃないですか」とおっしゃる方がいるのですが、厳密には違うものです。呼び方も江戸時代は主に化け物といわれていました。妖怪という単語自体は古くからあったものですが、決して「塗り壁」や「一反木綿」「砂かけばばあ」を指し示す言葉ではありませんでした。

 一方で幽霊はどうでしょうか。幽霊も、私たちが知るような「いわゆる幽霊」は大昔の日本にはいなかったものと思われます。妖怪、幽霊とも漢語ですが、それに相当する大和言葉はありません。近いものに「タマ」や「モノ」がありますが、それこそもっと「抽象的」な意味の言葉です。言葉がないということは概念がない、ということです。

 でも、「呼び方は違っても、江戸時代になれば幽霊くらいいたんじゃない」とおっしゃる方もいるでしょう。たしかに江戸期には、多くの化け物が考え出されています。しかし、それらが実在していて、しかも恐怖をもたらすと考えている人はおそらく一人もいなかったと思われます。そうした化け物は、おもちゃやすごろくといった、子どもが遊ぶためのキャラクターにすぎなかったわけです。そして、幽霊もそうしたキャラのひとつでした。

 日本人は、概念を「もてあそぶ」のがとても上手です。何々ぞろえ、何々づくし、何々もどき、見立てなど、言葉や図像を使った知的遊戯性が、文化の根幹にまで染み渡っている。現実を「抽象化」し、くみ上げられた概念を実体化させ、操作することで自由に現実を「作り替える」、そうした技術が発達しているのですね。抽象化した概念を操作することで、現実のとらえ方まで変えてしまう。そうすることで日常生活の中に非日常を「取り込んで」暮らしていくという作法を、私たちはずっと培ってきたのです。

 「不思議」とは、自分が無知であることを認めない傲慢(ごうまん)な姿勢から生まれるものです。わからなければ「わかりません」と言えばいい。わかっているはずだと信じ込むから「不思議」になる。しかし、わからないことはたくさんあります。わからないと、不安になる。そうした不安とうまく添い遂げるための装置が「妖怪」であり、「怪談」なんです。優れた「抽象力」をもって、排除できない不安や悲しみ、避けられない恐怖などと共存していくとても健全なシステムです。そうしたお約束を、昔の人はちゃんと知っていた。オカルト的な言説を信じて怖がってしまう現代人の方が、愚かしく思えるのは私だけでしょうか。

 大体、「妖怪」なんかはポジティブなもので、そうした負の要因を「笑いとばす」ためにできあがったようなところがあるわけです。ネガティブになりたければ怪談で震え、ポジティブでいたいなら妖怪で遊ぶ。これが私たち日本人が古くより培ってきた抽象力をもって、理不尽なる日常を健全に送っていくための知恵であります。くれぐれも、オカルトに走ったりなさいませんよう。

聴講者紙面WEB用.jpg

対談 青山学院大准教授 大屋多詠子さんと

【大屋】 私は曲亭馬琴を主に研究しています。代表作『南総里見八犬伝』は106冊という大部なものです。京極さんの本も本当に分厚くて「レンガ本」などと言われる。テーマがあっていろいろお調べになるのか、調べていらっしゃるうちにテーマが抽出されるのでしょうか。

【京極】 書き手から提示するテーマというのはないんですね。創作意欲を作品にしているわけではなく、仕事をしているだけですからね。馬琴もそうだったんじゃないかと想像します。それから、小説を書く「ため」に資料を読むということもしません。書いた後で確認することはありますが。取材もいっさいしませんし。

【大屋】 あの大長編が「構想3日」などと伺います。

【京極】 骨格は単純ですからね。『魍魎(もうりょう)の匣(はこ)』なんか山手線で新宿か大屋さん紙面WEB用.jpgら原宿に移動する間に作りました。

【大屋】 そんなに短い時間で。わずか2駅ですか。

【京極】 いや、そんなものじゃないですか、馬琴も。八犬伝だってきっと徒歩3町半くらいでできたんじゃないかなと。少なくとも散らばった八犬士が集まってお家を立て直すという構想自体は単純なもので、そこにどんなガジェット(仕掛け)を放り込むのかさえ決めれば、あとはおのずとできてしまいますからね。僕の場合、長くなるのは下手だからです。馬琴の場合は、まあ、広げた風呂敷が大きかったのでたたむのに時間がかかったということでしょう。

【大屋】 読者としては、長い方がいつまでも楽しめるということがあります。

【京極】 馬琴は版面にうるさいでしょう。絵のレイアウトに合わせて文章を書いたりしています。

【大屋】 自分で下絵を描いて、登場人物の年齢や衣装などを細かく画師に指示していますね。

【京極】 馬琴は商品を作っていたんじゃないでしょうか。僕の場合は書籍という商品を作っているという意識が、小説を書いているという意識よりはるかに強いです。

【大屋】 『嗤(わら)う伊右衛門』『覘(のぞ)き小平次』は特に好きな作品です。古典を下敷きに、人名や設定を踏襲しながら、全く違う物語が作られている。

【京極】 江戸怪談の改作的な紹介をされますが、そういう意識はありません。あえて参考文献としなかったのは、巻末に載っている作品と自分の書いたものは、同列に並ぶという思いからです。古くから、日本には「ネタを共有する文化」というものがありまして。

【大屋】 そうですね。

【京極】 一つの話をいろいろな作者が自分の切り口で書く。同じキャラクター、同じ事件を別の人が書く。そういう伝統があります。『嗤う伊右衛門』は鶴屋南北の『東海道四谷怪談』を元にしたつもりはないんです。恐れ多い話なんですけれど、同じネタでいま僕が作ったらどうなるかという思いで書いたので、「関連」文献なんです。

【大屋】 登場人物の一見奇異に見える行動の裏の深い愛情とか、信義に対するいちずな思いなどは、上田秋成の『雨月物語』を思い出します。

【京極】 秋成は、モチーフを他から持ってきて自分の好きなように料理してしまう手つきや、作品と作品の間に緩やかな関連性を持たせる雰囲気作りが大変上手ですね。同じ話を他の人が書いても優れた作品にはならなかったでしょう。テクニシャンです。

【大屋】 今年は上田秋成没後200年に当たります。来年には京都国立博物館で「秋成展」が催されます。この機会に、京極さんが取り上げていらっしゃる江戸の怪異小説について、より多くの人に親しんでいただけたらと思います。
 

◇京極夏彦(きょうごく・なつひこ)さん
 北海道小樽市出身。94年『姑獲鳥の夏』でデビュー。『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、『嗤う伊右衛門』で泉鏡花賞、『覘き小平次』で山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で直木賞受賞。 
◇大屋多詠子(おおや・たえこ)さん
 青山学院大准教授。千葉市出身。東大大学院助教を経て2008年から現職。専門は日本近世文学。主な論文に「馬琴の演劇観と勧善懲悪」「京伝・馬琴による読本演劇化作品の再利用」など。

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