21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2010/12/11

近畿大学で佐野 眞一さんが基調講演

■出演
佐野 眞一さん
西木 正さん(近畿大学教授)

 読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一環である「読書教養講座」(活字文化推進会議、近畿大主催)の公開授業が11月13日、大阪府東大阪市の近畿大で開かれ、約200人の市民や学生が参加した。ノンフィクション作家の佐野眞一さんが「“読む力”を鍛えるために」と題して講演した後、同大総合社会学部の西木正教授と「人間(ひと)を追う、時代(いま)を読む」をテーマに対談した。

佐野 眞一さん講演 「“読む力”を鍛えるために」

見る聞く話す 読む力の源

佐野眞一さん.jpg 「読む力」というと、対象が活字に限られていると思いがちですが、僕はそうは思いません。相手の気持ちを読む。こういうことを言われたり、やられたりしたら嫌だろうなというのが読む力の基本だと思う。あるいは、こんなことをやったら危険だろうなと思うのも、未来を予測する力も読む力だと思うんです。

 つまり、読む力というのは人間の身体能力そのものです。その力が、日本人の中からどんどん減退しているような気がしてならない。

 僕がなぜノンフィクションという分野を目指したかをお話しします。僕は本に関しては、すごく早熟でして、近くの図書館に行って片っ端から本を読んでいたわけです。ある時、何か不思議な表紙の本が目に入った。それは今でも覚えていますけれども、表紙に、しわくちゃのおばあさんが描かれた本でした。表題は『忘れられた日本人』。著者は宮本常一(つねいち)。その時、中学1年、12歳でしたが、その本を読んで、衝撃を受けたんです。

 その中の『土佐源氏』という聞き書きは、宮本常一が高知の檮原(ゆすはら)という、坂本龍馬脱藩の道で有名になったところに行って、橋の下に小屋がけをしている、盲目の牛使いのおじいさんの話を聞き取ったものです。今まで、どういうふうに生きてきたのかという話をじっと聞き取り、最後にそのおじいさんが「ああ、目の見えぬ30年は長うもあり、短こうもあった」というところでドスンと終わっているわけです。

 それを読んだ時に、魂が震えるような気がしました。人間というのは、こうやって生きてきたんだな、名もなき庶民というのは、こうやって生きてきたんだなということを教わりました。

 なぜ、衝撃を受けたのか。それを読んだのが1960年、60年安保闘争の年です。日本の高度経済成長が始まり出した年です。貧しい家にもテレビや電気洗濯機が入るような時代でした。政治と経済という僕流で言えば〈大文字〉の言葉の時代だった。その中で宮本常一は、誰もが耳を傾けなかった人々の話に耳を傾けている。その孤独な姿に僕はしびれた。この人は〈小文字〉でしか書かない人だと心に刻みました。

 感動する本は、後から効きます。宮本常一の評伝『旅する巨人』を書いたのは50歳の時です。自分の中で宮本常一が与えてくれた感動が40年持ったということです。その40年間、自分の胸の奥深く、「ああ宮本常一がいるんだな」という思いが絶えずありました。そういうものが、多分僕の読む力の源泉になっていると思います。

 宮本常一は、日本列島の津々浦々、島という島、村という村を歩いた。生涯で16万キロ、それは地球を4周する距離です。彼は膨大な聞き書きを残しましたが、同時に膨大な写真も撮っている。それも何の変哲もない風景です。佐渡の海岸の流木。その上に三角の石がのっている。ある流木には丸い石。それは流木の第一発見者の目印です。貧しい村ですから、その流木でバラック建ての小屋をつくった人がいるかもしれない。そういうことがなぜ宮本常一にわかったのか。それは自分の足で歩いて、さまざまな人の話を正確に聞き取ったからです。それで彼は読む力を鍛えたんです。

 晩年、彼は「記録されたものしか記憶されない」という言葉を残しています。宮本常一が聞く、あるいは見る、あるいは記録するということをやらなければ、我々は、それを知ることができなかったわけです。記録されたものしか記憶されない。つまり歴史に残らないということです。宮本常一という人がペンとカメラで残してくれたからこそ、我々は知ることができる。読む力の根源を知ることができるのです。

 人の話を正確に聞き、どんな見知らぬ土地へ行っても人と仲よく暮らすことができる。人とコミュニケーションをとることができる。それは、これからの人類に最も求められるベーシックな基礎体力、読む力だと思うんです。そういうことが日本の教育でほとんどされてこなかった。その弊害が今、出ている。

 読書体験は一人ひとり違う。自分が見つけた一つの星から、自分の独自の星座をつくる行為が読書という営みなんです。そこから膨大な想像力がわき出てくる。しかも、大事なのは読書をしている時は孤独だということです。孤独に本と対話する。そこから、読む力、人の気持ちをおもんばかる力、言葉によって自分の意見を正確に相手の胸に届ける力が得られるのだと思っています。

◇さの・しんいち 1947年東京都生まれ。出版社勤務を経てノンフィクション作家に。97年「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞、2009年「甘粕正彦 乱心の曠野」で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に「巨怪伝」「東電OL殺人事件」「だれが『本』を殺すのか」など。最新刊は「畸人巡礼 怪人礼讃」。

 佐野 眞一さん 対談 西木 正教授

対談.jpg

佐野 実名でなければ伝わらない

西木 個人情報保護に難しさも

 【西木】 佐野さんがおもに取り上げているのは人間ですね。それも日本人としては破天荒な人物ばかり。どういう面に関心を持たれているのでしょう。

【佐野】 『巨怪伝』の主人公の正力松太郎は、手のひらが大きいなと。正力が開発したことの中で我々は生活しているのだなと今でも感じます。日本に原子力発電所を最初につくったというか、東海村で原子の火を灯(とも)したのは実は正力松太郎なんです。そういう電力で送られてくるテレビで我々は野球を見る。プロ野球の巨人軍をつくったのも彼だ。元は警察官僚ですが、読売新聞に入って、メディアというものを巨大化した男です。

 『カリスマ』はダイエーの中内功です。この男のエネルギーの源泉は戦争にあると踏んだんです。でも、なかなか戦争体験を語ってくれない。ある時、「戦争で一番恐ろしいのは、隣の日本兵なんだよ」と言い出した。眠るといつ殺されるかわからない恐怖心で眠れなかったと。そういうフィリピンの激戦地から帰ってきて、神戸の闇市からのし上がっていった。が、最後は産業再生機構に入れられて、死んでいく。死んで一文も残さなかった。すさまじい時代を体験した男だった。

【西木】 今、個人情報や人権保護の観点から、ノンフィクションの手法が少し難しくなっています。『東電OL殺人事件』では、被害者のプライベートな部分を実名で詳細に書かれて波紋を呼んだと聞きます。

【佐野】 個人情報保護法が成立する時、まだ城山三郎さんがご存命で、自分は治安維持法の時代を知っているので、「新しい形の治安維持法だよね。断固として反対していかなくちゃならないよね」と。抗議集会を開いたり、勉強会をやったりしたんですけども、残念ながら通ってしまった。ジャーナリストとしては本当にやりにくい。個人情報保護法を盾にとって、必要以上に壁を高くしている部分がある。『東電OL殺人事件』については、被害者の周辺をとことん調べました。彼女は自分の名前に誇りを持っていたんですね。そういう人間に対して、匿名にする権利が物書きにあるのか、というのが僕の立ち位置でした。

【西木】 イギリスの事件報道は実名主義。ニュースは歴史の第1稿だから、そこで隠してどうするのかというのが理由だそうです。

【佐野】 僕も、その考えと、ほぼ同じです。『沖縄』は、全部実名で書きました。実名で伝えなければ伝わらないんです。

【西木】 今の日本のマスメディアについては、どう評価されるでしょう。

【佐野】 今の新聞は、お上の発表、横のものを縦にしたもので覆われている。それで読まれなくなったと困っている。読売新聞にいた本田靖春さんは、「黄色い血キャンペーン」で日本の血液制度を根幹から変えた。今は献血になっているけれど、当時はほとんどが売血だったんです。本田さんの最期は、糖尿病で両足を切断し、失明もしていた。肝臓のがんにも侵されていたんですが、「これは新聞記者の勲章」と彼は書いています。黄色い血キャンペーンで自分も売血を経験し、使い回しの注射針を打たれた。たぶんそこから肝炎を発症したのでしょう。でも、そのおかげで売血がなくなった。ジャーナリストが本来やるべき活動です。

【西木】 マスメディアを志望している学生に一言お願いします。

【佐野】 僕が講演の中で、宮本常一の話をしましたが、とにかく足で書くということが基本だということです。それから、駄目でもともとだという精神を持ってもらいたいですね。
 

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