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成毛眞の新読書スタイル

2014/02/03

おすすめの本(25)『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

小澤征爾、村上春樹/著、新潮社、1680円(税込)

小澤征爾さんと、音楽について話をする.jpg本と音楽はとてもよく似ている。どちらも想像しえなかった感情を湧き起こさせ、自然と涙がこぼれることがある。人生になくてはならないものとして、本を挙げるのならばその双璧はまさしく音楽であろう。本は職業としているぶん、冷静に扱うことができる部分もあるが、例えばコンサートなどで好きな音楽を目前にすると、好きすぎるあまりに舞い上がってしまい、体も思考も止まってしまうという困った状況に陥ることがある。本書はそんな音楽の力を信じるがゆえに、この不思議で壮大な存在を持て余している読者に向けて、知的で丁寧に、かつわかりやすい表現で迫った、心の霧が晴れるような対談だ。

対話に取り上げられる曲は知っているものも知らないものもあり、小澤征爾の録音も聴いていないものが大半であったが、全編を通して質疑応答に飽きたり、プロ意識の高さにこちらが置いていかれたなどと感じたことが全くなかった。それは小澤の発する言葉がそれぞれの曲や個別の演奏だけに向けられたものではなく、ずっと先にある「音の魔法」のようなことを思い描いて話されているのではないかと想像したからだ。村上春樹の質問も、相当な音楽の知識の上に小澤の指揮を聴き尽しているからこそできる、直球で鋭いものだが、音楽と小澤を敬愛するとても優秀なファンとして天真爛漫に質問をぶつける姿勢が端々から感じ取れた。アカデミックでありながらおかしみもあり、年長者へ挑む少しの気負いや、知識や計算では決して出てこない感覚的なやりとりには、対談であるのにまるで村上の小説そのもののようだと思わされた。

音楽は目に見えるものではない。聴衆に最高の輝きを響かせた後は消えていく刹那的なものである。そこに人は酔い、批評を交わしたくなるのだろう。幻のようだけど確かに体の中心にある音楽を、自分だけのものにと秘めていたい一方で、この感動を誰かと正しく分かち合いたいと願い続けていた私のような気の小さい愛好家にも、公平に手を差し伸べてくれた、奇跡のように贅沢な(それも大好きな本という形で)、座右の書である。

喜久屋書店 阿倍野店
市岡陽子

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