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成毛眞の新読書スタイル

2014/03/10

おすすめの本(33)『春を恨んだりはしない』

池澤夏樹/著、中央公論新社、1200円(税別)

春を恨んだりしない.jpg二年半前に出版された本を、東日本大震災から三年経つ今、あえて読んでみる。忘れるな、忘れるなと、静かに、力強く訴えてくる。その後も精力的に震災関連本、原発関連本の執筆を続ける池澤夏樹という作家が、世の中に対して真摯な姿勢を持つ数少ない作家の一人であると気付かされる。そういう一冊だ。

震災後しばらくして震災の関連本がじゃぶじゃぶと発売されたが、書店で働いて感じたことは、テレビでは活発に意見がなされていたのに、作家が震災やその後の原発問題に触れた本があまりに少ないことだ。「凄惨すぎて、それ(震災)以外のことをテーマに描けなくなる」と、ある映画監督が言っていた。一生のテーマにする覚悟がないと、表現者は震災を描けないということだ。

時間を費やし、足を運び、被災地を回って著者が考えたことを丁寧に文章にする。それは「何万人もがなくなったのではなく、一人の人が不慮の事故でなくなるという事件が同時に何万件も起こったと考えるべき」という着地点を探りながらも、大量死が数字に還元されてしまう事への葛藤と闘うことでもある。その後の混乱や進まない復興に対して「政治を批判するのはたやすい」という。それでも今なお続く被災地への配慮と未来への心の整備だけではなく、徹底して安楽な表現を取らず、批判する選択よりも別の道を考え、社会に寄り添おうとする姿勢は、安易で扇動的な表現の目立つ世論や、他者を否定することで成り立つ現代のコミュニティへの痛烈な批判でもある。

タイトルはシンボルスカの詩の一節だ。夫をなくした詩と震災での犠牲を同一に考えることはちがうのかもしれない。ただ、これはこれから先を見据える前進の詩である。あれだけの数の人が亡くなったのだ。目を逸らすことは悪いことではない。ただ、震災を風化させないために、復興の一冊を読んでみるには三年という歳月は良い機会だと思う。

くまざわ書店鶴見店
金子圭太
 

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