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成毛眞の新読書スタイル

2014/03/28

おすすめの本(38)『生きがいについて』

神谷美恵子/著、みすず書房、1600円(税別)

生きがいについて.jpg新しいものが良いとは限らないのに、新製品、新技術、最先端という言葉に弱く、いつも新しい情報や商品を求め、踊らされている自分に気づく。時は止まらない、最先端は一瞬だけ。いつだって新品の物に囲まれているのは無理なのに、自分の手に入れた物が旧商品として安く売られるのを見るといたたまれない気持ちになる。「現代のジレンマとは、文明が進むこと、とりわけ物質的に豊かになることが、必ずしも心の満足感や生きがい感に結びつかないどころか、むしろ満足感やいきがい感を得るのを困難にしていく傾向があるということだ。そして人々はそういう状況の中で、もがき苦しんでいる現実がある。」と神谷美恵子氏は著書の中で言っているが、まさにそうなのである。

この本が初めて世に出たのは1966年。そこから今の今まで読み継がれてきているのであるが、いつ読んでも新たな輝きを見つける事ができる。いつまで生き残れるか分からない新製品より、淘汰され今日でも変わらず輝き続ける古き良きもの目を向ける事の重要性を感じる。

神谷氏は精神科医として、ハンセン病に苦しむ人たちと共に生きた人である。医者として母として多忙な日々の中で、患者の深い悲しみと絶望に寄り添いながら、生きるという事を共に真摯に考え、そんな生活の中から編まれた本書には決して古びる事のない真理が描かれている。「ひとたび深い悲しみを経て来たひとのよろこびは、いわば悲しみのうらがえしされたものである。その肯定は深刻な否定の上に立っている。自己をふくめて人間の存在のはかなさ、もろさを身に沁みて知っているからこそ、そのなかでなおも伸びてやまない生命力の発現をいとおしむ心である。そのいとおしみの深さは、経て来た悲しみの深さに比例しているといえる。」悲しみに打ちひしがれ、この悲しみが止むことはあるのだろうかと思うことが、生きていたら何度かあると思う。そんな時に心に響く言葉がある。「精神はもちろん、だれにでもそなわっているが、順境のひとはその有難味をよく知らず、その力によりかかる必要もあまり痛切には感じない。」

なぜ自分がこんな悲しい目に遭わなければならなかったのだろうと思う時、救われるような言葉もある。「結局、人間のほんとうの幸福を知っているひとは、世にときめいているひとや、いわゆる幸福な人種ではない。かえって不幸なひと、悩んでいるひと、貧しいひとのほうが、人間らしい、そぼくな心を持ち、人間の持ちうる、朽ちぬよろこびを知っていることが多いのだ。」幸福とはなんだろうと、神谷氏の言葉をもとに改めて考える。「ただ自分の存在はだれかもために、何かのために必要なのだということを強く感じさせるものを求めてあえいでいるのである。」誰かに必要とされること、誰かに貢献することが生きがいを生むのではないかと神谷氏は提案している。「生きがいを感じているひとは他人に対してうらみやねたみを感じにくく、寛容でありやすい」とも書いている。至極まっとうで前向きな考え方であるが、この本に最も感銘を受け、この本が本当に私にとって大切なのは、最後に引用するこの一文があるからである。「人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ「無償に」存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない。」

大垣書店 烏丸三条店
吉川敦子

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