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成毛眞の新読書スタイル

2014/04/21

おすすめの本(43)『カノン』

中原清一郎/著、河出書房新社、本体1800円

カノン.jpg例えば、あなたが不治の病に罹り、肉体の衰弱に任せて死を待つ他ない状況になったとしよう。そこに脳幹海馬移植という方法で、記憶はそのままに若い健康な肉体と交換可能という提案がなされたとしたら…

さて、あなたならどんな道を選ぶだろうか?

多くの、いま現在とりたてて不自由もない生活を送っている人なら「NO」と答えるのではないだろうか。

フィクションにおける「永遠の命」がそんなに魅力的な願いでないことは、庶民の価値観としては至極全うなものだ。

ただ、この物語の主人公、歌音は選ぶ。老い先短い北斗という男性の肉体に入ることを。何故なら、彼女には子供がいたから。達也という幼い息子がいたから。幼いといっても4歳だ。幼くして親を亡くし、それでも一所懸命生きている、生きてきた人は沢山いる。過保護とも言える愛情だが、腹を痛めて生んだ我が子可愛さ、病という不可避のアクシデントとはいえ、母親がいない苦労がそのまま降りかかることを考えればやりきれないという思いは、母親でなくとも共感に値する。

歌音も認知症というハンデを背負ってはいるが、意識も混濁していく男性の肉体に入るなんて、二度と引き返せない暗い洞窟に入っていくようなものに違いない。

それでも歌音には、否、世の多くの母親には、選択肢が存在してしまうどころか、「YES」と選択する強さがあることに、私はひれ伏したい気持ちになった。

自分が男性だから、女性の美しさ、気高さを賛美したいのかもしれない。母の愛情にぬくぬくと包まれて生きてきたからこそ、それを尊いものだと思いたいだけなのかもしれない。

それでも私はこの物語を読んで欲しい。

革新の果ての物語の中で作者が最も丁寧に描いたのは、連綿と続いてきた太古の論理、母と子の日常的な関係性という逆説こそが、この作品の肝であり、生命の何たるかを我々に教えてくれる。

紀伊國屋書店 新宿南店                                                     竹田勇生

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