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活字文化プロジェクト その他の活動

全国高等学校ビブリオバトル2015

浅田次郎氏の「一路」(中央公論新社刊、上下巻)の累計販売部数が68万部を突破した。お家騒動に巻き込まれながら、19歳の若侍が前代未聞の参勤交代に挑むスリリングな展開。NHK―BSで31日からドラマも始まる。活字文化推進会議のサポーター委員中江有里さんが聞き手となり、創作の舞台裏、時代小説の魅力から読書の楽しさまで、たっぷりと聞いた。

 参勤交代を差配する御供頭(おともがしら)の家柄に生まれた主人公の小野寺一路。国元の屋敷が火災で焼失、父親も亡くなり、家督を相続するものの、供頭の仕事を何も知らないまま参勤交代を完遂せよという下命を受ける。お家騒動、猛吹雪の中の行軍に加え、加賀百万石のお姫様とのロマンスなど、12日間に及ぶ波乱の中山道道中が待ち受ける。

中江 「一路」をお書きになろうと思ったきっかけをお聞かせください。

浅田次郎

浅田 以前から大名行列の話は書いてみたいと思っていました。時代小説のネタは昔から類型化されているじゃないですか。あだ討ち、盗賊とか。大名行列ってあったかなと考えても思い当たらなかったんです。

中江 ユニークな登場人物が次から次に出て来ます。主人公の一路は、どこまでも真っすぐだし、純粋だし、すごく好きなキャラクターです。一路を描くとき、やはり自分自身の若い頃を重ねられましたか。

浅田 かなり思い返しましたね。年を重ねるにつれて人間は賢くなるけれど、汚れてもいく。18歳の自分はどうだっただろうと考えると、すごく真っすぐでした。一路はそういう18歳の記憶に支えられているという感じはあります。

中江 供頭は大変な仕事です。まして何も教えを受けていないのに、古式にのっとって、粗相の無いようにしなければならない。失敗したら、お家取りつぶし、切腹……

浅田 年功序列の社会ではあり得ないけれど、昔は家に役職がついてくるわけだから、父親が死んだら、「次どうぞ」みたいな感じで、仕事を引き継がなければ行けない。ああいうことはいくらでも起きていたでしょう。

中江 最近、時代小説の文庫の書き下ろしがブームになっています。

浅田 今までは時代小説というと、おじさんの専有物みたいなところがあったと思います。それが、これまで時代小説には縁がなかった女性、若い人が読み始めています。

中江 現代を舞台にすると描きにくい部分でも、時代小説だと描くことができる部分があるように感じます。人間もすごく純粋に、逆に悪人は悪人らしく描かれている。読んでいて、すっきり感がありますね。

浅田 世界が狭くなり、東京から日本全国どこへでも大体2時間半から3時間で行けてしまう。ところが、参勤道中は岐阜から十数日かかってようやく東京にたどりつく。多分若い人たちが読むと、全く異次元、SFっぽい読み方になるんじゃないかと思うんですよ。

中江 テレビで流れると、原作を読んでみたくなり、また読者層が広がっていきそうです。若い人でも読みやすいし、感情移入しやすい。サイン会に来る若い人が増えるのでは。

浅田 小説家として最初の10年位、サイン会を開くと中年の男性が圧倒的に多かったのですが、最近は若い人も結構来てくれるようになっています。中学生や高校生が来てくれるとうれしいよね。

 プライドだけはやたらと高い殿様、「体育会系」の走る殿様などユニークな殿様が次々に登場するほか、いろいろな視点で描かれていく。浅田マジックの真骨頂とも言える。

中江有里

中江 連載中に読者からの感想は届きますか。

浅田 結構来ます。自分が考えていたことと違うことを言ってくる読者が多いので、こちらとしては非常に参考になりますね。

中江 一番反響が大きかったのはどこでしょうか。

浅田 殿様のお手馬に口をきかせるところでしょうか。

中江 あれはすごい。馬同士の会話というのは。衝撃の「馬視点」でした。(笑)

浅田 視点は小説にとって大切な問題です。日本文学の伝統は私小説にあるから、我々は一人称の描写、つまり一視点の小説に慣れている。ところが、一視点の小説は自分の内面を掘り下げるためには適しているけれど、ドラマを作っていくのには向いていない。ストーリー性を豊かにするためには多視点を使っていく。同じものを同時に他視点で見るのではなく、章によって視点を動かしていくわけです。

中江 ここはお殿様視点で、次は一路の視点で、というふうに考えていくわけですね。

浅田 ところが、誰の視点でも納得のできないところが出て来てしまって、「どうしようか、今月は」と考えていたら、ふと「馬?」が脳裏に浮かんだ。こういうのは神様が投げてくれるんだね。それから思いがけない場所で登場人物のヒントを得ることがあります。ヒントを見過ごさないように、やっぱり自分のアンテナを、いつもある一定のところに張っていることが大事です。

中江 神様が語りかけてきたんですね。「馬だよ」と。そして、物語の大団円で、もう一つ思わずうなってしまう視点が出て来ますね。

浅田 テレビで撮るのは簡単ですよね。でも、小説では誰かの視点を持たなければいけない。最後は本当に誰の視点にしようか迷いました。

中江 そこで、また神の声が下りてきたというわけですね。これは読んでいただいてのお楽しみにしましょう。

中江 本をあまり読まない若い人が増えています。

浅田 正直に言うと、僕らの若い頃は本でも読むしかなかった。今の若者が時間を奪われているツールが僕らの時代にはなかったから。でも、それは非常に素晴らしい環境であって、暇つぶしで本を読んでいるうちに面白さに目覚めていったんです。

中江 おっしゃるとおり、すぐには面白さには気づかないです。読み続けないと。

浅田 読んでいる最中はつまらなくても、読み終わってみると、心に残る小説があります。数年前に「終わらざる夏」という戦争小説を執筆したときのことです。ふっとトルストイの「戦争と平和」でアンドレイ・ボルコンスキーが戦場で青空を見上げるシーンが脳裏に浮かび、引用しました。戦争と平和は、つまらないなあと思いながら、だらだら読んだ記憶しかないんだけど、なぜかその場面が心に浮かんできたんです。

中江 やはり何かを読むという経験は必要ですね。

浅田 僕の年齢になったら面白いモノを読んでもいいのだろうけれど、若いうちは苦役と考えて読み切った方がいい。人生のキーワードがどこに含まれているのかわからないから。本を読む行為は、ゲームをするよりも、メールやらラインでやりとりするよりも、ずっと面白いことなんだと知ってほしいし、教えてあげられればと思います。

中江 みんな合理的なモノを求める余り、ハウツー本に行くこともありますが、結局、そういうモノは合理的ではなかったりします。

浅田 想像力が最も大切なのですね。小説を読む習慣がつけば、次の頁にはどういう展開が待っているのか、登場人物はどういう顔をしているのか、想像の連続になる。

中江 小説を読んでいると、想像力を働かせようと思わなくても勝手に働き出します。

浅田 だから一冊の小説を読んだとき、10人が10人、違う読み方をしている。そこが面白いところで、その10人が議論をすればキリがないはずです。小説が若い人たちに読まれている時代というのは、とても生産的で未来が明るい、いい時代だと思いますよ。

 高倉健さん主演の「「鉄道員」をはじめ、「蒼穹の昴」「壬生義子伝」「王妃の館」など、浅田さんの作品は数多く映像化されてきた。「一路」も31日からNHK―BSで計9回放映され、若手人気俳優の永山絢斗さんが小野寺一路を演じる。

 中江さんは「浅田先生の作品は映像と親和性が高い。映像関係の方は、読むと映像化したくなるのではないでしょうか」と言うが、浅田さん自身は、映像を意識して小説を書いたことはなく、むしろ映像は頭の中から排除しながら執筆しているという。

「映像的に書いていないから、映像化する側としては興味を持つのではないか」と浅田さん。

「昔の小説に今の小説がかなわないのは、現代の作家が映像世代で、どうしても文章を書くときに頭の中に映像を思い描きながらデッサンしがちだから。明治、大正の作家が映像を頭に浮かべて文章を書いていたとは思えない。それをやったら文学は継承できないし、やっちゃいけないと思っている」

 映像化に当たっては脚本に目を通さないことが多い。「映像の人たちは、作品を素材にして、新しい創造物を作るわけだから」

浅田次郎 1951年東京都生まれ。97年「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞。2006年、「お腹召しませ」で中央公論文芸賞。08年、「中原の虹」で吉川英治文学賞。今年紫綬褒章を受章。

中江有里 女優・脚本家・作家、1973年大阪出身。89年、芸能界デビュー。2002年、「BKラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞を受賞。読書エッセー、書評も数多く手がける。

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