21世紀活字文化プロジェクト

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新!読書生活

2006/02/07

第4回「歴史と人、時代と心」

■出演
北方謙三さん(作家)
諸田玲子さん(作家)

 本の魅力を伝える対談シリーズ「新!読書生活」の第4回が1月19日、東京・丸の内の丸ビルホールで開かれました。今回は作家の北方謙三さんと諸田玲子さんの初顔合わせ。「歴史と人、時代と心」をテーマに、自らの読書体験や歴史・時代小説への思いを語り合いました。

「2月2日ホテルにて」〜北方さんによるイントロダクション

小説家やっていていいんだ/北方さん 時代を縦横に、個人を多面的に/諸田さん

20060207_01.jpg  アフリカ大陸を人間の頭蓋骨(ずがいこつ)に見立てると、ちょうど後頭部のところにコートジボワールがあります。10年ほど前に、パリから旅行して、入国審査でノベリスト(小説家)と書いたら、審査官が「本何冊書いたの?」って聞く。「50冊ぐらい」と言ったら、「うそつけ!」と笑われました。本当は100冊ぐらい書いてたんですけどね、それでも、作家ということで敬意を払ってもらいました。

 そこからブルキナファソに行きました。サハラ砂漠南端の、世界最貧国の一つです。入国審査カードにノベリストと書いたら、「こういう職業はこの国にない。お前はリベラリストか」。当時は革命軍事政権でした。逮捕されたら大変ですから、一生懸命ものを書くしぐさをしたら、「絵を描くのか。それはアーティストと言うんだ」。で、仕方なくアーティストとして入国したんです。

20060207_02.jpg 奥地に行くと、みんなが飢えていました。足の動かない子供が、おなかだけ膨らませて、「ムッシュ、何かくれ」と手を出してくる。でも、一度だけ食べ物をあげても、その子の状況は変わらない。ショックを受けて、僕は4日ほど水しか飲めなかった。サルトルがノーベル文学賞を辞退した時、「飢えた子供の前で文学は無力である」と言った理由がわかりました。この国に小説家がいないのは当然でした。本なんて何の役にも立たないんです。

 次に渡ったトーゴという小国では、もうノベリストと書く気がせず、アーティストと書いて入りました。

 トーゴは政情が良くて、人間も純朴なんですが、やはり作家はいないし、首都のロメには本屋さえない。もう小説家やめちまおうか、漁師になろうかなんて考え始めていました。

 泊まった宿は「2月2日」という名の木造ホテルで、フロントの女の子が、いつもにこっと笑ってキーを渡してくれる。ある日、その子が玄関そばのベンチに座っていて、友達がやってきました。でも、二人の様子がおかしい。友達の方がハンカチを握りしめて、あごの先から涙がポタポタ垂れている。何事かと思ったら、フロントの女の子が、字の読めない友達に本を朗読してあげていたんですね。悲しい物語だったんでしょう。友達は涙をふくのも忘れて聞き入っていた。

 その涙を見て、オレは小説家をやっていていいんだな、と思えたんです。

 本は米や肉やパンの代わりにはならない。でも、心の糧になる。この本があってよかった、この音楽に出合えてよかった、この映画を観(み)て救われたと思うことが、人生にはしばしばあります。創作物にはそういう力がある。本はただの紙の束じゃない。そこには無限の何かが、心を豊かにする何かが詰まっていることを、知ってもらいたいんです。

「歴史と人、時代と心」トークショー

 男が熱い、女が熱い 歴史にドラマあり

20060207_03.jpg【北方】 僕は、人生の中で一つ決めていることがあってね。

【諸田】 何でしょう。

【北方】 女流作家とは恋をしない。

【諸田】 それは残念(笑)。でも、なぜ作家ではだめなのかしら。

【北方】 ほら、女流作家は相手が特定できるように恋愛体験を書くでしょ。

20060207_04.jpg【諸田】 大丈夫ですよ、私は時代もの専門ですから。でも、自分の理想の男を書きたくはなりますね。

【北方】 子供のころの読書体験はどうでしたか。

【諸田】 小さいころは、人見知りでいじめられっ子でした。物語の世界に逃げ込んで、本に救われていたって感じです。

20060207_05.jpg【北方】 僕は親父(おやじ)が世界を回っていた船乗りで、子供に思想を持たせようと思ったらしい。それには本を読むことだって、横浜の有隣堂という本屋によく連れて行かれました。そのくせ、親父はたぶん、全然本を読まなかった。「何も船長」って言うくらいで。

【諸田】 アハハ……外国へ行くと、すごく日本語の本を読みたくなりませんか。

【北方】 外国へ持って行くのは、一度読んで絶対面白いと分かっている本。重たいのを持っていってつまらなかったら腹が立つ。ヘミングウェイの短編集『われらの時代』は、何度読んでも楽しいですよ。吉川英治さんの『宮本武蔵』もよく持って行きます。最初に読んだのは中学生のときで、そのころ、僕の理想の女性はお通さんだったの。

20060207_06.jpg【諸田】 へえ、意外ですねえ(笑)。

【北方】 でも、大学を卒業してから読み返したらウワーっと引いた。だって、どこまでも追いかけてくるんだよ。自分がボロボロになってもさ。こういう女の子に惚(ほ)れられたら大変だよ。

【諸田】 女の怖さがやっと分かってきたんですね。

【北方】 柴田錬三郎さんの『眠狂四郎』シリーズは、中学、高校の授業で隠れて読んだ。エッチな場面もあったし。その柴田さんがおっしゃるには、時代小説では、目に見える情景をすべては書かないけれど、作者は知っていることが大事だというんだ。

20060207_07.jpg【諸田】 それがリアリティーですよね。たいていの人は、調べたことを全部書きたくなる。私はデビューして10年ですが、資料を削るのは本当に難しい。

【北方】 『武王の門』を1989年に書いたとき、木造船のことを一生懸命調べたんですよ。何冊も本を読んで。でも、実際に小説に書いたのは2行だけだった。その代わり、後に藤原純友を主人公に『絶海にあらず』を書いたときは、船については頭の中の引き出しからいくらでも出てきた。

あふれる青春の思い

20060207_08.jpg【諸田】 調べたことは決してムダにはならないんですね。私、作家になろうとも思わず、いきなり小説を書き始めたんですよ。外資系の会社をリストラされた後、向田邦子さんの脚本をノベライズする仕事をしていたんです。そのうち、自分の言葉で書きたくなった。

【北方】 なぜ時代小説を?

【諸田】 向田さんと違うものを、ということもありますが、物語が好きだったんです。志のある男、凛々(りり)しい女とか、熱い心とか夢とか、そういうことが現代小説だと浮いてしまうような感じがして。

【北方】 僕の青春期は大学紛争のまっただ中で、連帯すれば世の中を変えられると信じていました。今の若いやつは白けてるよね。一回命がけで体を張った経験は人生で貴重だと思う。だから、まだ僕は若いやつには負けませんよ。でも、若い愚かさや純粋さ、一途さは若者だけのものでね。

【諸田】 そういう青春の思いが、北方さんの本にはすごく出てますよね。

【北方】 最近、『水滸伝』全19巻を書き上げたんだけれど、若いやつはこれを読んで、ウワーっと暴れ出してほしい。今の政治や経済に「オレたちの声を聞け」って言ってほしい。

【諸田】 熱い男たちがいっぱい出てきますね。

【北方】 2007年問題とか、団塊の世代が日本をダメにしたと言われるのには腹が立つ。団塊の世代が日本を経済的に世界一にしたんだ。団塊の世代は負けませんよ。エネルギーいっぱい残ってるから。

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愚かでも一生懸命

20060207_10.jpg【諸田】 北方『水滸伝』では登場人物がどんどん死んでいきますよね。意地悪なほどに。

【北方】 小説の中でキャラクターが立ち上がって、自分の思想や信条を持ち始めると、勝手に生き始めるんだ。オイ待て、そっち行くと死ぬぞと止めても行っちゃう。その度に、肩を落として銀座に飲みに行くんだ。「友達が死んだ」って。

【諸田】 私の場合は惚れっぽいので、作品の中にいい男が出てくると、主人公が勝手に恋をし始めるんですよ。「まだ早すぎる」と編集者に叱(しか)られたり。

【北方】 いやいや、恋はいくつしてもいいよ。だって現実の世の中、いい女やいい男ってそんなにいないでしょう。

【諸田】 いますよ。勝手に決めないでください。

【北方】 いや、そんなにいないって。でも小説の中にはいい男やいい女がいる。小説はある種の願望を書くものだから。

20060207_11.jpg【諸田】 それと反面、自分のダメな所、愚かな所を見つめて書きたい気持ちもありますよね。弱い男とか、権力に立ち向かっても結局はダメになる男とか。熱い心とか恥の精神とかが、今の時代からどんどん忘れられているじゃないですか。愚かでも一生懸命生きる人間を描けるという意味で、時代ものを書いて良かったなと思います。

【北方】 現代小説で書こうとすると、僕のハードボイルド小説になるんですよ。ボコボコに殴られても立ち上がって、「なぜ立つんだ」と問われ、「忘れたくないんだ、オレは男だってことを」……一作だけそう言うのを書いた。

【諸田】 かっこいいですね。時代小説だと、男らしさ女らしさを、言葉を使わなくても自然に出せる。

【北方】 昔は今の時代より命の危険が多かったし、戦争もいっぱいあった。歴史は血でつづられているところがあって、極限状態の人間がリアリティーを持って書けるんですよね。

信長、秀吉だけじゃない

20060207_12.jpg【諸田】 隆慶一郎さんの『吉原御免状』は、北方さんと推薦が重なりました。

【北方】 隆さんは作家としての活動は約6年と短かった。南北朝から江戸時代まで時空を飛んでいるようなすごい人間ドラマで、一度お会いしたかったけど、病気で亡くなってしまった。

【諸田】 北方さんも『武王の門』で南北朝を書いていますものね。

【北方】 資料のない時代で大変でした。初めての歴史小説だったんですが、編集者には「南北朝は売れませんよ」と諭された。でも売れなくてもいい、作家生命をかけて書きたいんだと言ったんです。

【諸田】 江戸だと必ず人情ものになってしまったり、男性作家は本当に幕末か戦国が多いですよね。今でも信長は大人気だし。

【北方】 信長、秀吉もいいんですが、日本の歴史って、もっと豊穣(ほうじょう)なものがたくさんあるはずなんです。

20060207_13.jpg【諸田】 歴史は勝者が作るものだから、勝者に都合の悪い資料は残っていない。特に女性は名前もなく「女」としか書いてなかったり、これでいいのかと思ったりします。私も『髭麻呂』や『末世炎上』で平安朝を書きましたが、歴史に残らなくても、どんな時代にも私たちと同じ普通の人々が生きていたはず。いろんな時代を縦横に描きたいというのが私の願いです。

【北方】 いわゆる正史のほかに、民間の伝説を含めた裏面史としての「稗史(はいし)」がある。小説家の仕事は歴史学者と違うから、そういうものをしっかり見つめ、物語に生命を吹き込むのが作家の大きな仕事だと思う。

【諸田】 世の中に誤解されている人を見つけると、小説に書きたいと思いますよね。私は、歴史の中で悪女と決めつけられている人がいると、逆に肩入れしたくなる。一人の人間を多面的に書きたいですね。

【北方】 諸田さんの清水の次郎長は格好いいよね。

【諸田】 『空っ風』や『笠雲』では、むしろ子分の小政や大政が中心なんです。小政は強さを求めて生きてきたのに、明治維新で目標を見失ってしまう。大政も酒の飲み過ぎで死んだ。現代にも通じますが、信じるものがなくなったら人間はどうなるかを書きたかったんです。

【北方】 僕の曽祖父の家は北九州の博徒、つまりやくざだったんです。曽祖母も博徒で、それも200人も子分がいる女親分だったんですよ。曽祖父は養子で入ったんですが、妻の金遣いがあまりに荒いので、頭に来て家を飛び出して、当時日本の統治領だった台湾に逃げたんですよ。

20060207_14.jpg【諸田】 一体どういう家なんですか(笑)。

【北方】 でも、曽祖母は夫に惚れてたらしくて、一家を放り出して追っかけたんです。お通さんみたいに(笑)。で、二人して台湾で和菓子屋を開いて、それが「ニイタカドロップ」の新高製菓になった。

【諸田】 へえ……。実は、私の曽祖母の母は次郎長の兄の娘で、後に次郎長の養女になった人で、その孫娘、つまり私の祖母は静岡の和菓子屋に嫁いだんですよ。何だか身内の話を聞いているみたい(笑)。

【北方】 あ、それで次郎長なんですね。

【諸田】 自分のルーツを調べると面白いですよね。北方さんと似たところがあってうれしいです。

【北方】 僕も『武王の門』で松浦水軍を調べた時、自分の故郷である唐津の村にたどり着いてびっくりしたことがあった。父祖の導きだと思ったな。

本の中に無限の世界

20060207_15.jpg【諸田】 好きな本の紹介ということで悩んだんですが、若い人のことも考えて、あまり古いものにしないように……。阿川佐和子さんの『スープ・オペラ』は、現代のあわあわとした人間を描き出しながら同時に、熱いものを感じます。私と同世代だからでしょうか。林真理子さんの『アッコちゃんの時代』も、バブル時代をたくましく生きた女性に着眼したのがすごい。

20060207_16.jpg【北方】 阿川さんにはこの間の対談で、動物園のゾウそっくりと言われたばかりです。目がくりっとして、まつげが上向いているからだそうで……。宮部みゆきさんの『孤宿の人』は、「妖怪」こと鳥居耀蔵がモデルですね。

【諸田】 宮部さんの小説には、作者の優しい人柄が出ていてすごく好きです。宮尾登美子さんと有吉佐和子さんは昔から大好きな作家なので選びました。クィネルの『燃える男』は、実は北方さんのイメージで選んだ本です。主人公のクリーシィがすごくいい男なので読んでみてほしい。

20060207_17.jpg【北方】 大して気力はなさそうなのに、芯のある男を書くのが藤沢周平さん。『用心棒日月抄』は普通の剣豪小説とは違って、すごい生き様を書いているわけではないのに人生の真実をきちんと心に抱いている男が出てきます。

20060207_18.jpg【諸田】 今の人も共感できるという意味で非常に現代的です。『風と共に去りぬ』は、メロドラマの王道として選んでみました。

【北方】 僕の場合は、それは三島由紀夫の『春の雪』。『豊饒の海』4部作の第1部ですが、全部読むと、華やかできちんと計算された、日本文学の一つの典型的な世界が分かる。

20060207_19.jpg どうしても言っておきたいのは中上健次。僕が純文学を書いていたころ、彼の『岬』を読んで、小説ではない「文学」を書くために生まれてきた人間がいると思った。僕は中上がいたから、文学じゃなくて小説をやろうと思ったんです。

【諸田】 でも本当に、本をたくさん読んでほしいですよね。今の子供たちはどうしたら読んでくれるんでしょう。

20060207_20.jpg【北方】 それははっきり言って、大人の責任です。子供のときから本を読む習慣をつけさせないと、感覚が閉じてしまって、読むことが苦痛になってしまう。本があるとないとでは人生の豊かさが随分違ってくる。人生はたかだか70、80年です。でも本の中には無限の広がりがある。本はそれだけ素晴らしいものだと僕は思います。

【諸田】 今、うっとりと聞き惚れてしまいました。

【北方】 皆さん、また小説の中でお会いしましょう。

(2006/02/07)

北方謙三(きたかた・けんぞう)
佐賀県生まれ。1981年、『弔鐘はるかなり』でデビュー。『眠りなき夜』で吉川英治文学新人賞、『破軍の星』で柴田錬三郎賞、『楊家将』で吉川英治文学賞、『水滸伝』で司馬遼太郎賞。
諸田玲子(もろた・れいこ)
静岡市生まれ。1996年、『眩惑』でデビュー。『其の一日』で吉川英治文学新人賞。著書に『あくじゃれ瓢六』『源内狂恋』『山流し、さればこそ』『末世炎上』『天女湯おれん』など。

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