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新!読書生活

2006/03/21

第5回「格差社会を豊かに生きるには」

■出演
重松清さん(作家)
森永卓郎さん(経済アナリスト)

 本の魅力を伝える対談シリーズ「新!読書生活」の第5回が3月1日、東京・目黒区の恵比寿ガーデンルームで開かれました。今回のテーマは「格差社会を豊かに生きるには」。作家の重松清さんを読書ナビゲーターに、ゲストに経済アナリストの森永卓郎さんを迎え、閉塞(へいそく)の時代を生き抜くための読書の効用が語られました。

「新しい『貧しさ』の時代に」重松清さん〜イントロダクション

金が金稼ぐ「格差社会」 体験重ね自分磨きを

20060321_01.jpg 文学の世界では、特に近代以降の小説について、「病気と貧乏が最大テーマ」とからかい半分に言われてきました。尾崎紅葉の『金色夜叉』は、恋人がお金持ちの男に走って貧乏な主人公を捨てる話だったし、私小説だと、貧乏ゆえに病気で死んでしまったり、貧乏ゆえに子供を売ったり、そういう話が文学の大きな柱の一つでした。

 ところが今、貧乏がテーマになった小説って、ちょっと思いつかない。最近は「泣ける本」として、人が病気で死ぬ話が多いとよく批判されるけれど、貧乏と病気という左右の柱の1本がリアルさを失ったので、残る1本が目立つようになったんだと思うんです。

 格差社会という言葉が、2年ぐらい前から一般化してきました。格差の意味は様々です。精神的格差、経済的格差、ルックスの格差もある。勝ち組、負け組という言葉とほぼ同時期に、イケてる、イケてないっていう言葉も出てきた。負け犬っていう言葉もはやりました。さまざまな面での差が、だんだん実感として見えるようになった。

 もしかしたら、明治や大正の近代文学とは違う形での「貧しさ」が今生まれつつあるのかもしれない。特に若い世代の作家が、昔とは違った意味での「貧しさ」をテーマにした小説を生み出してくれるんじゃないかという気もします。

 僕はもうすぐ43歳ですけれど、僕たちは1億総中流という時代に育ちました。バブルの時、少し差は開いても、普通の庶民は、まあそこそこ普通、みんな同じだよねっていうのが大前提でした。ところが今、おそらく10代の若者は、物心ついた時にはバブルが終わって、とんでもない不況の中で青春時代や少年時代を過ごしています。そんな彼らにとって、新しい「貧しさ」って何だろう。

 「お金じゃなくて心だよ」って大人は言います。しかし、例えばイケてる、イケてないというのは、単に見た目の問題でなく、もっと複雑な要素が絡み合っているのかもしれない。そういうリアリティーには、大人の物差しが通用しない。例えばライブドアの堀江貴文被告が象徴的で、もう見た目の服装じゃ、お金持ちか貧乏かもわかんないわけです。格差社会という言葉はみんなが知っているけれど、じゃあそれは一体どんな社会なのか。その正体が見えないと、豊かに生きることも、貧しく生きることも、考えることができないと思うんです。

 「この小説を読めば格差社会が分かる」と言えればいいんですが、残念ながら、それは今まさに生まれようとしている段階ですので、僕も皆さんと同じ目線で、森永卓郎さんに、格差社会とはどういう社会なのかを聞こうと思います。そして、そういう時代を豊かに生きるにはどうすればいいか、そのときに本を読むことがどういう効能を果たすのかを、一緒に考えたいと思います。

「格差社会を豊かに生きるには」トークショー

圧倒的な格差

20060321_02.jpg【重松】 今日のテーマは格差社会ですが、考えてみると、昔からお金持ちも貧乏人もいたし、身分制度があったりとか、みなが平等だった社会なんて歴史上なかった。それと今言われる格差社会とは、何が違うんでしょう。

【森永】 一つは、所得に極端な差がついていること。所得格差が、今は半端な差ではありません。下は年収100万円の人から、上は数百億円って人がいる。なぜそうなったかというと、高度経済成長期に所得番付の上にいたのは、実業家たちだったんです。

【重松】 松下幸之助さんや、本田宗一郎さんなどですね。

【森永】 国民を豊かにするために身を粉にして働いた人が、結果的にお金持ちになった。ところが今のお金持ちは働かない。お金がお金を稼いでいる。お金を多く持っていると、銀行に預けるより、投資した時の利回りが良くなるからです。村上ファンドなんて、最低一口10億円ですよ。

【重松】 最初からお金がないと、そもそも仲間に入れてもらえない。

【森永】 年功序列制度とは、みんな平等という仕組みではなく、実は長い時間をかけて能力のある人、努力する人を選んで上に上げていく制度だった。ところが、今は努力や能力が報われない社会になっています。

【重松】 スタート時点から格差がある。江戸時代の身分制度みたいですね。

相対的「幸福」

【森永】 市場原理主義者たちは「チャンスはみんなに開かれている」と言うけれど、斎藤貴男さんの『機会不平等』は、それが違うことを独自調査で証明した本です。エリート階層が作ろうとしているのは、一度下がったら二度とはい上がれない社会なんだと。私も同感です。みんながお金持ちでは、「幸せ」になれない人たちがいるんですよ。

【重松】 自分たち少数エリートだけがお金持ちで、周りが全部貧乏人であることが、相対的に「幸せ」。人に「うらやましい」と言ってもらえないと、幸せを感じられないんですね。

20060321_01.jpg【森永】 それは心が貧しいからだと思うんですが。東京大学の神野直彦教授によると、英のサッチャー政権が最初に新自由主義経済政策を採用し、米のレーガン政権や日本の中曽根政権も取り入れた。「小さな政府」にして市場原理で所得格差をつける政策ですが、豊かな社会では働かないやつが出てくるから、そうさせないため貧困と飢餓の恐怖を植え付けるのだとしたら、恐ろしいことです。

【重松】 フリーターとかニートは、昔はプータローと言ってましたね。僕は85年に大学を卒業し、出版社を1年で辞めて、まさにこう呼ばれてた。フリーターというのはその後のバブル時代に生まれた言葉ですね。

【森永】 87年に「フロム・エー」というアルバイト情報誌が作った言葉です。その時はサラリーマンでも主婦でもない「新自由人」という肯定的な定義でした。

【重松】 職がいっぱいあった時代でしたからね。自由人を気どっていられた。

【森永】 20代はまだいい。しかし今のフリーターは30代で仕事が減り、40代になると悲惨です。特に男性は、3K労働しか選択肢がなくなる。英のトインビーという女性ジャーナリストは『ハードワーク』の中で、低賃金の職場で働いた体験を書いています。夜中まで働かないと終わらない職場では、全員がギリギリの連係プレーで仕事をこなしている。だから、給料が安くても辞められない。他の人に迷惑がかかるから。

【重松】 トインビーっていい人ですね。サービス残業でお父さんがなかなか帰れないのも、「同僚に悪い」と思うからでしょう。そういう人の良さが報われない時代になっている。

【森永】 私の経験では、所得が低い人はおしなべて性格がいい。高い人は頭はいいが性格が悪い(笑)。でも、世の中を動かし始めているのは後者です。

【重松】 金持ちが嫌なやつというのは昔の小説やドラマのパターンなんだけれど、それが現実に(笑)。

ホリエモンの限界

【森永】 ところが、小泉さんの構造改革路線を支持しているのは、実は「はい上がれない人たち」が圧倒的に多いんです。私は、失業者たちに構造改革についてインタビューしたことがありますが、「痛みは必要なんですよね」という答えが一番多かった。

【重松】 痛いのはむしろ自分たちなのに。

【森永】 失業は「自分が悪い」と思っているんです。30年代の世界恐慌でヒトラーが出てくるんですが、同じころ浜口雄幸が「明日伸びんがために、今日縮む」をキャッチフレーズにして選挙で圧勝した。小泉さんの「改革なくして成長なし」と同じですよ。人間は弱ってくると強いリーダーを求める。日本経済は97年からデフレに入りましたが、山田昌弘さんの『希望格差社会』は翌年の98年ごろ自殺や離婚、不登校などの社会病理が増えていると指摘しています。人間は自暴自棄になると、社会をぶち壊してくれる人に喝采(かっさい)を送る。その結果が、ライブドア事件だったと思います。

20060321_02.jpg【重松】 ただ、堀江被告が広島6区から立候補してそれなりに票を集めたように、地方都市の若者の疲弊は東京より深刻だと思うんです。もし、ホリエモンが犯罪に手を染めずにまっとうにやっていたら、今の若者の閉塞した状況を変えることはできたのか。

【森永】 彼とはラジオ番組などで3回対談したことがありますが、「何がしたいのか」と聞いたら、「時価総額世界一を目指したい」しか言わない。稼いだお金を何に使うのかの考えがないんです。彼に日本人の幸せのモデルを提示できたとは、私には思えない。

恋愛弱者たち

【森永】 もっと問題なのは、結婚や恋愛の面でも、勝ち組の独り占めが起こっていることですよ。おそらく今の30代前半の男子の過半数が非婚のはずで、これは社会病理です。少子化を食い止めるために子育て支援をしようにも、まず結婚できないんですから。

【重松】 「できちゃった婚」が示すように、日本では結婚と出産がセットになっている。婚外子の多いフランスなどと違って、日本では独身で子供を産むことへの社会的抑圧が強いし、結婚したくてもできない「イケてない」男子がたくさんいる。……僕たちが言うと説得力があるでしょ(笑)。

【森永】 70年代まではお見合いの仕組みがあって、恋愛結婚が主流になった80年代でも、「君のことを一生守るよ」というセリフは男の切り札だった。でも銀行までつぶれる時代では、もうリアリティーがない。

【重松】 君を守る。再来年までなら……(笑)。

【森永】 男に長期の安定がなくなった時、女性たちは、刹那(せつな)的な快楽を求める方向を選択したと思う。恋愛の勝ち組は、ヒルズ族のような大金持ちとイケメンなんです。一方、もてない男たちは秋葉原に行くんですよ。女性に好かれる努力を重ねた上に裏切られ、二次元のアニメのキャラクターに恋するようになる。そういう男たちが、また性格がいい人ばかりなんです。

【重松】 今のイケてない若者はコミュニケーション下手と言われるけれど、コミュニケーションは受け手と送り手がいて初めて成り立つわけで、誰だって「サムー」とか「キモー」とか言われたら傷つきますよ。イケてるやつらが、もう少し受け入れてくれないと。

【森永】 「別にオタクだっていい」と口では女性たちは言うけれど、現実は『電車男』みたいにキレイじゃありませんよ。アキバ系の男性が発する独特のオーラを、女性は受け入れられないんですね。

【重松】 やはり、人間から寛大さや心の広さが失われている気がしますね。すべてかゼロか。小説や文学は二者択一ですぐ結論を出されたら、物語が終わっちゃうわけですよ。恋愛小説だって、誤解や勘違いを乗り越えて、ハッピーエンドに至る途中経過を、僕らは楽しんでいるわけだから。

【森永】 『「クビ!」論。』を書いた梅森浩一さんの話で面白かったのは、外資系の銀行なのに、日本びいきのアメリカ人ボスが、「これからの企業は裸のつきあいが大事だ!」「宴会では一人一芸をやれ!」。

【重松】 思い切り日本的なんですね。

【森永】 そういうのがイヤで外資系を選んだのに(笑)。市場原理型の会社なら、実力が正確に反映されるなんてウソです。ライブドア社員だって、六本木ヒルズに住めるのはごく上の人だけなんです。

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逃散のススメ

【重松】 先日のNHKのドキュメンタリーで紹介されましたが、『成りあがり』で矢沢永吉さんにあこがれた世代、今40、50代でリストラに遭ったり離婚したりと大変な世代は、この本や、永ちゃんのコンサートでものすごく救われている。長嶋もデビュー戦4打数4三振だったし、王も努力して1本足打法を編み出した。しかし、苦労を重ねて今の姿があるという、尊敬できるプロセスが、今は成立しにくくなっている。お金という単一の価値観しかない社会は、若者にとって絶対にきついですよ。

【森永】 私の『年収300万円時代を生き抜く経済学』について、あるジャーナリストが「これは逃散の本だ」と評しました。

【重松】 年貢がきついと農民が土地を捨てて逃げてしまう、あれですね。

【森永】 そう、みんなで逃げるのがいいと私は思う。金の亡者は東京の一部に閉じこめて、ほかの人は、昭和30年代の日本人のような優しさを取り戻すんです。

【重松】 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」がヒットしたのも、CGやセットのすごさより、あの人間関係ですよね。『落語百選〈春〉』に出てくる長屋や横町の噺(はなし)は、ひとつひとつは貧乏とか、酒乱とか、女好きとかマイナスのカードばかりですが、全部まとめるとハッピーエンドになる。昭和30年代までは、そういったマイナスのカードの楽しみ方が残っていた。

【森永】 格差社会の中で身を守るには、みんなで支え合うしかないんです。

「真ん中」の思想

【重松】 非正規雇用で職をよく変える人に勧めたい本が、その道一筋の人たちと糸井重里さんが鼎談(ていだん)した『経験を盗め』。日々の積み重ねの中から得られるものの大切さを教えられます。森永さん推薦の『帰宅の時代』は、自分らしさを磨けという本ですね。

【森永】 著者の林望さんが主張しているのは、貧乏が美しいのではなく、そこそこに働いてほどほどに生きるということ。拝金主義でも清貧の思想でもない、真ん中がいいんです。

【重松】 『半農半Xという生き方』には関心を引かれます。以前、団塊の世代が農村に移住することがはやりましたが、現実には、農村ぐらしはロマンだけではやっていけない。

【森永】 「半分農家」というのが、現実性のある逃散の形だと思います。

【重松】 絶望から立ち直ったスポーツ選手らをルポした『不屈者』は、勝ち組、負け組的な社会にあきらめている人に勇気を与える本。脳科学者の茂木健一郎さんの『クオリア降臨』は難しいですが、僕流に翻訳すれば、生きてきた記憶や体験があって人は泣けたり、感動したりできるのだと思う。生きていくにはお金も勝つことも大切だけれど、もっと別の体験を積み重ねることで、人生が豊かになるというのを、ここで申し上げたいんです。

【森永】 あきらめずにいろいろな人生の選択肢を模索してほしい。ひとりの人間が体験できることは限られているけれど、本を読むことで、無数の人生を体験できるんですから。

【重松】 今の社会に絶望を見るのは簡単だけれど、やはり希望を見つけていきたいですよね。

(2006/03/21)

重松清(しげまつ・きよし)
岡山県生まれ。出版社勤務を経て、91年小説家デビュー。『エイジ』で山本周五郎賞、『ビタミンF』で直木賞。作品に『ナイフ』『定年ゴジラ』『疾走』『流星ワゴン』など多数。
森永卓郎(もりなが・たくろう)
東京生まれ。日本専売公社、経済企画庁総合計画局などを経て、現在、独協大学特任教授、三菱UFJリサーチ&コンサルティング客員研究員。専門はマクロ経済、計量経済、労働経済。

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