21世紀活字文化プロジェクト

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新!読書生活

2006/06/29

第6回「知への旅立ち」

■出演
荒俣宏さん(作家)
最相葉月さん(ノンフィクションライター)

 本の魅力を伝える対談シリーズ「新!読書生活」(活字文化推進会議主催、読売新聞社主管、小学館協賛)の第6回が6月4日、東京・千代田区の明治大リバティホールで開かれました。

  作家の荒俣宏さんとノンフィクションライターの最相葉月さんが、「知への旅立ち」をテーマに対談。日常の何気ない「ひっかかり」から、果てしなく広がる読書の世界と、その世界を冒険する楽しさについて語り合いました。

 「読書を恋愛にしよう」荒俣さん〜イントロダクション

言葉の海へ出航 知る楽しさ発見

20060629_01.jpg きょうのテーマは、読書生活の勧めです。たぶん皆さんは、読書を1日の習慣にして、たくさん本を読むためにはどうしたらいいのか、といった思いを抱いていらしたと思います。ただ、読書を習慣づけるというのは、最終段階ではないかと私は思っています。いま、多くの人は朝ご飯を食べません。にもかかわらず、読書だけ朝ご飯のように毎日続けるというのは難しいんじゃないかと思う訳です。

  どういうふうに、私が本を読み続けてきたかというと、非常に簡単なんです。習慣づけるのではなく、非日常にすることを読書の楽しみにしてきたんです。「西遊記」が典型的な話だと思います。お経を本だと思ってください。西遊記はたくさんの本をいただきに、天竺(てんじく)まで旅をするお話であります。そこに行く時の冒険、苦労や修行のような話が面白いんです。

  結局、「西遊記」をやればいいんですね。そこまでやって手に入れたんだから読まなくては損すると思う。動機づけのためには、読書を冒険にしたり、読書を恋愛にしちゃえばいいんです。未知の世界へ旅をする探検にしてもいいんです。コロンブスになったつもりで本の世界を進めば、その動機づけたるやものすごく強くなります。

20060629_02.jpg  昔は、本がなかなか買えませんでした。今のように読書ガイドもそうあったわけではないので、警察官が捜査するように、自分で探さないといけませんでした。1冊を手に入れるまでのプロセスは、まさに「西遊記」だったので、読まないと損すると思ったんですね。島崎藤村の「夜明け前」を、読書感想文を書くためだけに読んでも、多分つまらない。馬籠というところは今でも残っていますので、そこまで出かけて行く。観光旅行をくっつけて接すると、見方が全然変わります。中学生のころ、沖縄の魚の図鑑が付いた英文の「コーラルフィッシュ」という本が、どうしても欲しかったのですが、買いに行く1日前に売り切れてしまいました。30年探し回りまして、ようやく手にいれました。こうなると、さすがに全部なめるように読みます。

  習慣として本を読んだら嫌な時もある。克服の仕方は西遊記にしてしまうことなんです。読むという行為自体が何らかの冒険につながれば、その本と自分の接点で分かちがたくなり、家族のようになってそばにいても全く邪魔なものではない、空気のような存在になると思います。

  10年ほど前に結婚して一番驚いたことは、食卓に本を3冊積んでご飯を食べていたら、妻から「汚い。何でこんなところに本を置くんだ」と言われたことです。本が完全に私の日常に同化しているんだとつくづく感じました。読書は生活になり過ぎても困るんです。でも、冒険にしている段階では、皆さんに色々な恩恵を与えてくれるものです。

 「知への旅立ち」トークショー

【荒俣】 最相さんの代表作『絶対音感』を興味深く読ませていただきましたが、今、どの方面に力を入れていらっしゃるのかをまずお聞きしたいと思います。

20060629_03.jpg【最相】 「その言葉遣いはウソじゃないか」と引っかかるところがあると、かなりこだわり続けます。「絶対音感」という言葉もそうだし、『青いバラ』は、英語の辞書をみると「インポッシブル」(不可能)という訳語がついていたりする。努力したけど不可能だった歴史があるということです。それを遺伝子組み換え技術でつくろうとしているのを知ると、「ちょっと待てよ」と思ってしまうわけです。青いバラも結局、バラの育種の歴史から科学技術など色々な分野を巡り巡って遺伝子組み換えまで、たどりながらじゃないと、理解したくないんでしょうね。

【荒俣】 『青いバラ』も、経文を求めて旅する『西遊記』のように始めたというわけですね。ご自分が玄奘三蔵になって。

20060629_04.jpg【最相】 最近は、生命科学をずっと取材していて、クローン羊のドリーがなぜ作られたのかという興味から、技術なり歴史なりを調べて文章にしています。

【荒俣】 生命などの問題は、ここにきて非常に環境が違ってきてますが、ダイレクトに操作できるようになったことを元からたどり、どういう方向に向かったかに関心を持たれたんですね。

【最相】 そうですね。20年ぐらい前、ニューアカデミズムブームで、浅田彰さんの『構造と力』がヒットして、「知というのは楽しい」と色々な方々がおっしゃられた時代に、荒俣さんの『理科系の文学誌』に出会いました。最初はよく分からない部分もあったのですが、最近、この本を再読させていただいて、多角的なとらえ方、時空を駆け巡るような形でものを見ていく視点が、私の遺伝子のどこかにもインプットされているのだと改めて思いました。

【荒俣】 女性にそういう優しい言葉をかけてもらったのは、これまでほとんどありません(笑)。

【最相】 話は飛びますが、最近、登山の本を読む機会がありました。長谷川恒男さんという登山家の話なんですが、ノンフィクション作家の佐瀬稔さんは、その長谷川さんの評伝のなかで、同世代に人がいっぱいいたことがその行動に影響していたんじゃないかと指摘されています。同じ世代の荒俣さんは、多すぎる同世代にどう影響を受けられたんですか。

20060629_05.jpg【荒俣】 僕は団塊の世代なので、確かに同世代はたくさんいますが、学校のクラスの中で、本を読むことが習慣の一部になっているような人はほとんどいませんでしたね。ものごとのルーツが知りたかったので、古い本が好きだったんですが、その世界の話が通じる相手は、中学、高校の校長先生でした。放課後になると校長室に行って、お茶を飲みながら「あそこの古本屋にあんなものがあった」という話を聞くんです。

【最相】 オンリーワンでいらした訳ですね。

【荒俣】 むしろ、ロンリーワンですね。なぜロンリーになったかというと、本を1冊読むと、冒険したくなる。弾圧が来る前に、行っちゃいけないところまで行こうとする。

【最相】 「弾圧」というのは何ですか。

【荒俣】 「読むな」と一番弾圧したのは両親です。星新一さんのSFまでならいいですが、外国のわけのわからない小説を読んでいると、「四次元に行っている」と言われましたね。

【最相】 弾圧されながらの読書を、実は面白がっていたんじゃないですか。

【荒俣】 だから説得しようと、必死になります。本を好きにさせるためにお母さんたちは良書や善書を読ませようとするんですけど、僕は全く反対で、親から取り上げられた本を必死に読んだから本が好きになりました。

【最相】 それは私もあります。両親が出掛けている間に、部屋の本棚に行って普通では読んでいけないようなものを出してきて読みましたね。

20060629_06.jpg【荒俣】 褒(ほ)められているうちは駄目なんじゃないですか。「いいかげんにしなさい」と言われるくらいになると、やっと本というものの全体像がわかってくる。読書は、精神修養の領域だけではなく、時にホラーになったり、暴力小説になったり。そこが面白い。小さいころはどんな本をお読みになっていましたか。

【最相】 両親が文学全集をそろえていたので、ドストエフスキー、トルストイ、三島由紀夫、谷崎潤一郎、夏目漱石などです。でも、読書欲は余りなくて、本当のきっかけは、下級生の一家心中に衝撃を受けたことで、その意味を考えたくて、自ら死を選んだ人々の本をむさぼるように読みました。読書といっても、偏りがあったんです。

【荒俣】 死の問題ですか。そうした偏りが重要で、後にエネルギーになってきますよね。私も小さいころから宇宙の問題が気になっていましたが、死と同じでかなり基本的な問題で、哲学っぽい。ただ、全く今は、はやっていませんね。

【最相】 書く方に問題があるのではないでしょうか。

【荒俣】 星新一さんがよくおっしゃっていたけど、「難しい本というのは、書く側が悪い。人にまず伝えてこそ本である」と。世を呪(のろ)うために本をたくさん書いてきた私なんか、反省しきりですね。

【最相】 荒俣さんの『帝都物語』の根底には、歴史、幻想文学への興味が積み重なってますよね。寺田寅彦も物理学者として登場している。

20060629_07.jpg【荒俣】 寺田寅彦のエッセーを読まない人とは、友達になれないほど、好きでした。寺田寅彦が書いているコンペイトーのでき方や、ウイスキーボンボンがどうやってできるのかというのには、衝撃すら受けましたね。

【最相】 私も寺田寅彦は好きなんですが、科学者というのは、理科系とか分類が最初にあるんじゃなくて、科学的思考に傾いている人がなっていくんだなという意味で刺激的ですね。

【荒俣】中学のとき大好きで、ずっと読んでたのは安藤鶴夫です。「アンツル」って言われていたんですけど、どれも江戸弁で語られていて、いいんです。『寄席はるあき』は古い東京にアプローチする方法を教えてくれる、町歩きのバイブルです。

【最相】 句読点がすごく多い文章ですよね。

【荒俣】 ほとんどしゃべり言葉ですから。

20060629_08.jpg【最相】 ああ、やっぱり。私は小学校5年生ぐらいから中学生のとき、星新一さんの本にのめり込んでいました。そんな中、今まで読まずにいて、最近初めて読んで、これはすごいと思ったのが『声の網』です。インターネット社会を予見しているのではないかと。

【荒俣】 いつごろの作品ですか。

【最相】 1969年から70年です。匿名の電話が人間の精神や行動に与える影響をつづっています。どこかでだれかが、「これが正しいんだ」と言っているといったような……。

【荒俣】 すごいな、それ。

20060629_09.jpg【最相】 インターネットの話が出たところで、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。最終版では削除されてしまった、ブルカニロ博士の部分。博士はある年の地理と歴史がすべて1ページに書かれた本の話をジョバンニにします。博士が語るこの本はインターネットのようだと思ったんです。その年の、人々が考えている地理と歴史、人間活動のすべてが書かれている本。これに対して、今、インターネット検索の「Google」や「Yahoo!」で検索すると、すべてのことが書かれているような気がする。

【荒俣】 特に、Googleは、もうそれを戦略にして、世界の全情報をネットにあろうが、なかろうが、みんなつなげる……。

20060629_10.jpg【最相】 賢治があの地理と歴史のくだりをカットした理由がすっと理解出来た気がしたんです。実はそのGoogleの検索で、宮沢賢治が「大菩薩峠の歌」を作っていることを発見しました。荒俣さん、『大菩薩峠』を推薦本に上げておられますよね。

【荒俣】 驚くべきものだな。これだから読書はわからないですね。『大菩薩峠』は何回も映画化されていますが、大体最初のほうだけです。当時は四十何巻もあって、終わりのほうになると幻想文学、ファンタジーなんです。ピグミーが太鼓をたたいて頭の周りをくるくる回ったり、オランダ人が江戸で色々な大騒動を起こしたり、富士山のふもとにユートピアをつくろうとしたり、新撰組に入っちゃったり。とにかくわけのわからない作品になっている。

【最相】 なぜ宮沢賢治がその「大菩薩峠の歌」をつくったんでしょう。

【荒俣】 どう考えても、これ、つながらないですよね。

【最相】 この曲をシンセサイザーで演奏されている方がいたので、音源をお借りしてきました。

【荒俣】 あ、これから実際に聞けるんですか。

【最相】 はい、聞いてみてください。歌詞をたどりながら。(演奏)

「大菩薩峠の歌」 作詞・宮沢賢治

二十日月かざす刃は音無しの

虚空も二つときりさぐる

その龍之助

風もなき修羅のさかひを行き惑ひ

すすきすがるるいのじ原

その雲のいろ

日は沈み鳥はねぐらにかへれども

ひとはかへらぬ修羅の旅

その龍之助

【荒俣】 大菩薩峠と宮沢賢治につながりがあるとすると、これはまた自分だけの新しい読書生活が始まります。大変な冒険になって、30年ぐらいかかるかもしれませんが、これはおもしろいですね。ほかの本はどうですか。

20060629_11.jpg【最相】 吉田篤弘さんという小説家と、フジモトマサルさんという絵描きさんの『という、はなし』。普通は小説が先にあって、そこに挿絵が付くものですけど、この本は絵が先にあって、それを見た吉田さんが文章をつけていらっしゃる。「本は死なないぞ」と言っている本です。みんなインターネットの電源を切って、「自分がほんとうに大切だと思うものをもう一度思い出してみてください」ということを全体を通しておっしゃっている。今回のテーマにとてもぴったりなので、ご紹介させていただきました。

【荒俣】 絵もとてもすばらしい。ああ、これはいいな。プールに浮かびながら本を読んでる。

【最相】 次はデイビッド・プロッツの『ジーニアス・ファクトリー』。アメリカにノーベル賞受賞者の男性の方の精子バンクがあるんですが、その全貌(ぜんぼう)を暴いたノンフィクションです。

【荒俣】 それで、ジーニアス(天才)なんですね。

【最相】 実際に生まれた子供たちや、お母さん方も取材して、実はノーベル賞受賞者の子供ではなかったのではないか、という疑惑が広がるんです。と同時に、遺伝子なんか関係なく、育ての親との交流が深まっているケースもたくさん報告されています。

【荒俣】 その辺は人間的ですね。

20060629_12.jpg【最相】 だから、遺伝子って何だろうと。最後が、これは荒俣さんのテーマでもあると思うんですけれども、ジョナサン・ワイナーのピュリツァー賞受賞作『フィンチの嘴(くちばし)』です。進化というのは通常は目に見えないイメージがありますが、ガラパゴスで20年間フィンチという鳥を観察したところ、環境の変化によって、くちばしの形が微妙に変わってきている。これは一つの進化ではないかということを、初めて発表された方の話です。

【荒俣】 進化の話が出ましたけれども、『「進化」大全』という、絵が豊富に入った本があります。5800円ですが、僕はこれはとても感心しました。今の『フィンチの嘴』の問題なんかも、今の学者たちはどう考えているのか、進化のイメージがとてもよくまとめられています。一般の文庫本に比べると、ゼロが1個ついちゃうんですが、清水の舞台から飛びおりたつもりで買っても多分損はないと思います。では最後にメッセージをお願いします。

20060629_13.jpg【最相】 自分の頭の中にちょっとひっかかって、流れ落ちないものを意識して大切にしていただければと思います。きっとそのかけらというのは、何かあるんですよ。皆さんの、例えば30歳の方だったら30年生きてきた人生の中で、何かその30年の歴史が「ひっかけ」させている。だから、そういうものにこだわり続けていただいて、人に何を言われようと突き進んで頂きたい。

【荒俣】そういう意味では、子供たちというのはとてもいいですね。これから「ひっかかるもの」がたくさんあって、その解決を30年、40年先まで楽しめるとすると、これからとてもいい読書生活が送れそうな気がします。きょうのお話を聞いて、多分子供たちはやってくれるんじゃないかと思います。

【最相】 自分がこれと思ったことを本当に大切にすることだと思います。

【荒俣】 30年あれば、何か答えは出ますね。「ひっかかったもの」の一つぐらいは。

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(2006/06/29)

荒俣宏(あらまた・ひろし)
東京都生まれ。ベストセラーで映画化もされた長編小説『帝都物語』で87年に日本SF大賞。著書に『世界大博物図鑑』『図鑑の博物誌』『世界幻想作家事典』『帯をとくフクスケ〜複製・偽物図像解読術』など
最相葉月(さいしょう・はづき)
東京都生まれ。会社勤務やフリーの編集者を経て、1997年、『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。著書に『青いバラ』『なんといふ空』『いのち 生命科学に言葉はあるか』など。

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