21世紀活字文化プロジェクト

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新!読書生活

2007/03/26

第10回「大人になっていく君たちへ」

■出演
石田衣良さん(作家)
佐藤多佳子さん(作家)

 読書の魅力を伝える対談シリーズ、第10回「新!読書生活」(活字文化推進会議主催、読売新聞社主管、講談社、文芸春秋協賛)が3月11日、東京・目黒区の恵比寿ガーデンルームで開かれた。2回目の登場となる石田衣良さんと、清新な青春小説で注目を浴びる佐藤多佳子さんが初顔合わせし、「大人になっていく君たちへ」のテーマで好きな本について語り合った。

読んで磨く表現力〜石田さんによるイントロダクション

面白さ追求の妙味 巡り合う一生の宝

20070326_01.jpg 全国大学生活協同組合連合会が大学生を対象に行ったアンケートで、1日の読書時間がゼロの人が34・7%もいたそうです。こういうアンケートには少し見えが入るから、実際には大学生の半分くらいがそうなんじゃないかな。まあ、確かに本を読んでも、そんなに勉強の役には立ちませんよね。大学受験や高校受験の時は、何かの公式を覚えて、それを応用するような問題ばかりですから。

  でも、就職試験では、ちょっと事情が違ってきます。「コミュニケーション能力」とか「人を説得する力」とかが要求されてくる。むだな本をたくさん読んでおくと、それが意外に役に立つんです。

  僕は5年間大学にいて、優が二つしかなかった。この成績ではろくな就職はできない、20代を遊んでしまって、30歳になったらやりたいことを見つければいいやと思った。でも20代半ばで母が死んで、予定より早く会社に入ろうとした時、面接試験がずいぶん楽に感じました。読書経験が、知らず知らずのうちに自分の言葉の表現力を磨いていることに気づいたんです。本を読むことは、主人公たちと心を寄り合わせて、一緒に感情のアップ&ダウンを楽しむことです。それが現実でも、いま目の前にいる面接官が、どんな気持ちでいるかを読めるようになっていたんですね。

  日本はこれから、「もの作り」に関してはだんだん仕事が減って、代わりにイメージや、デザインや、サービスといった、目に見えないものを扱う仕事がメーンになっていくと思う。その時に、今はあまりいかさない趣味である読書が、どんどん役に立つ時代になると僕は思います。でも最初から「役立てよう」という読書はつまらない。基本的に本は楽しく読んで、読み終わったら忘れてしまうのがいいんです。

  佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』にはトレーニングの苦しみも描かれていますけれど、それより、速く走る喜びや、友情が生まれてくる喜びの方が大きい。読書も、自分の楽しみのために読んで、何年か後に気がついたらコミュニケーション能力が上がっているというのが理想的ですね。

  とはいえ、中学や高校では友達と遊んだり、ガールフレンドを作ったりする時間もきちんと作っておいた方がいい。日本は30〜34歳の男女の未婚率が先進国中で非常に高くて、しかも欧米と違い、恋人もいない人が多いらしい。本を読んでコミュニケーション能力を上げ、すてきな出会いを増やしてほしいと思います。本は社交の道具でもあるんですから、友達同士で集まった時、あの本が良かった、あの本はダメだったというおしゃべりを、家や学校や会社で広げてほしい。

  これは作家にとっても切実な問題なんですよ。人口がどんどん減ると、本を読む人も減りますから。せっかくの休日にこの会場にいらっしゃるような方が多いと、僕らも安心できます。

「大人になっていく君たちへ」トークショー

青春を取り戻す

20070326_02.jpg【佐藤】 あまり言いたくないですが、4年ぶり……。陸上競技の話ですが、未経験者なので取材が大変でした。

【石田】 4年もひとつの仕事に集中できるなんて、すごいスタミナですよね。

【佐藤】 子供向けの本の作家としてスタートしましたので、児童文学では長い時間をかけ書き下ろしで仕事をする人が多いんです。

【石田】 大学生のとき、児童文学サークルに入っていたそうですが、きっかけは?

【佐藤】 子供の本のマニアで、大学までずっと読み続けてきたんです。中高生時代にもっと部活や恋愛も経験しておけば良かったと今は後悔しています。だから今、小説の中で青春を書いているのかもしれません。

【石田】 佐藤さんの推薦本の中で、宮本輝さんの『青が散る』は、大学のテニス部が舞台ですね。

【佐藤】 はい、新設大学の話で、コートを手作りするところから始める。この世代にしかできないエネルギーに引かれます。テニスの天才だけど心を病んだ人が出てきたり、重いテーマも含んでいます。

やさしく、深く

【石田】 宮本さんの文章って、当時の純文学の作家の中では平易ですよね。ここ何十年か、小説の文章はどんどんシンプルになってきて、最近のケータイ小説なんかは特に顕著。やさしい文章で、どう深く難しいことを伝えるかは、僕たちの世代以降の作家の課題かもしれない。そこで若い読者に薦めたいのが、『谷川俊太郎詩選集』。谷川さんは、高校生のときに素晴らしい詩を書いていてまさに天才。小説に限らず、言葉を扱った芸は、短歌でも俳句でも取り入れたほうが表現力が上がると思う。

【佐藤】 小学6年生の娘が教科書に出てくる詩を暗唱していますが、心に響くものを感じているようです。

【石田】 スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』は、死体を探しにいく少年4人の旅が素晴らしい。『4TEEN』を書く時、参考にしようとプロットをまとめてみたら、意外と物語らしい物語がないのでビックリした。キングについて「電話帳をそのままタイプしてもベストセラーになる」と言った評論家がいますが、なるほどと思わせます。

非ミステリー体質

【佐藤】 東京の佃と月島を舞台にした『4TEEN』も、『池袋ウエストゲートパーク』も、石田さんの小説は、登場人物の動きから、自然に街が立ち上がってきて心に残ります。

【石田】 『池袋ーー』のシリーズも6作目。一作ごとに書くスピードが上がっています。

【佐藤】 ミステリー的なものを考えるのは、あまり得意じゃないとか?

【石田】 トリックを考えるのが好きじゃない。僕は、密室の中で誰か死んでいても、誰が殺したかなんてどうでもいいと考えてしまうタイプなんです。

【佐藤】 根本的にミステリー体質でないんですね。

【石田】 本はひたすら面白ければいい。そういう意味で、中島らもさんの『ガダラの豚』は、中学生にもお薦め。らもさんは52歳で亡くなりましたが、今の時代では夭逝(ようせい)と言っていいでしょう。

【佐藤】 冒頭を読んだだけでは何の話かわからなくて、どんどん意外な展開になるストーリーテリングがすごい。石田さんの推薦本はバラエティーに富んでいますね。山本周五郎さんの時代小説もあります。

【石田】 『ひとごろし』というタイトルだけで、この短編集を読みたくなる。表題作もいいし、貧しい人に利子を取らずお金を貸していた質屋の店主をモデルにした「裏の木戸はあいている」は、何度読んでも泣かされる。山本周五郎って筋金入りの人間肯定なんですね。昨年、ノーベル平和賞を受けたバングラデシュの経済学者が、弱者のための銀行を作るという同じようなことをしているんです。

飛行機と落語

【佐藤】 『夜間飛行』は、飛行機が飛び始めて間もない時代、機のトラブルを克服して生還を目指す操縦士の物語。『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリは飛行機乗りだったんですね。

【石田】 いま携帯電話で恋愛小説が読まれているように、新しいテクノロジーによって生まれる小説ですね。飛行機から見た景色や空の描写も印象的です。

【佐藤】 飛行機乗りが、これほどの文章家であったことに感謝したい。

【石田】 変わった職業といえば、柳家小三治さんの『ま・く・ら』は落語の枕(まくら)を集めた本で、目から鱗(うろこ)が落ちるほど面白い。

【佐藤】 小三治さんが借りた駐車場にホームレスが住みついてしまう話は面白かった。

【石田】 普通なら「出て行け」となるのに、彼と仲良くなって、ホームレスの数がだんだん増えちゃう。落語のような話芸もちゃんとした言葉の力を増やすための読書になるし、リズムの良さも参考になる。

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読書家は暗い?

【佐藤】 自分の読書体験を振り返ると、高校時代は、好きな子供の本と、お勉強感覚で読む古典文学の両極端でしたね。

【石田】 僕らの大学生のころは、ドイツの哲学の本を読んでフランスの詩を読んでというような教養主義のかけらが残っていたんです。でも、本を読むのが「暗い」と言われ始めた。僕もテニスのサークルで明るく遊び、本を読んでいることは隠していました。

【佐藤】 本当はそんなことないのに、本ばかり読んでいる男の子に対する偏見があったり。

【石田】 大学生のころ、テニスバッグの中に放り込んでいたのが、村上春樹さんの『1973年のピンボール』。僕はこの本と『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』の初期三部作が好きで、センチメンタルでおしゃれな文章にはまりました。

【佐藤】 私もそうだったなあ。自分の経験からも、大学生のとき読むといい本ですね。当時、同じようにはまったのが、J・D・サリンジャー。『ナイン・ストーリーズ』は作家が自選した短編集です。

【石田】 この本を読むと、つくづく自分がサリンジャーじゃなくて良かったと思う。こんな敏感な感受性を持ってたら生きるのがつらくて仕方ないでしょうね。

古代のボーイズラブ

【佐藤】 今日は、若い人に本をお薦めする対談でもありますよね。

【石田】 例えば「ボーイズラブ」が好きなら、それ一直線だっていい。ボーイズラブと言えばプラトンですよ。古代ギリシャでは、恋愛といえば男同士のものだった。『パイドロス』は50歳代のソクラテスと、若いパイドロスが散歩しながら愛についておしゃべりしています。プラトンのイデア説から、西洋の分析的哲学や科学のすべてが生まれたし、やはり古典を読んでおくといいと思う。高校生のころよく読んだ、懐かしい本です。

【佐藤】 私は知らない世界ですね……。高校時代の石田さんって、どんなふうに読書していたんですか?

【石田】 学校が嫌いだったので、家に帰ってずっと本を読む毎日。夏休みには、一日平均2・8冊読みました。在日米軍のAM放送をかけっぱなしにして、一日中本を読んでいる少年だったんです。

【佐藤】 それはすごい。私の高校時代は、やはり子供の本が一番多かったかな。大学の児童文学サークルってどんなところか分かります? 同世代の学生たちがテニスやスキーをしている時に、「子供の本を一緒に勉強しませんか」と一生懸命、部員勧誘していました。こんなとこ入らないほうが人生絶対楽しいよと、内心思いながら。

パートナーの一言

【石田】 男の子はいたんですか?

【佐藤】 それが、男子のほうが多かったんです。

【石田】 本当に?

【佐藤】 はい。でも、みんな意外とまともでしたよ。

【石田】 変わった人がいたら良かったのに。人生って、何かのためになるとか、お金をためようとか考えるのはつまらない。目の前に面白いことがあるほうが豊かです。ところで、本を読む女の子は読まない男の子とつきあう傾向があるじゃないですか。佐藤さんのパートナーはどうですか。

【佐藤】  あまり小説は読まない人ですが、私の周囲には本読みのベテランばかりがいるので、夫に私の小説の感想を聞くと、違った答えが返ってきて新鮮です。石田さんの奥さまは?

【石田】 こっそり読んで、「まあまあじゃない」と一言いうくらい。一緒に暮らしてる相手に延々とダメ出しされたら、これほどつらいことはないですよ。

【佐藤】 いま書店で品切れ中の本も2冊紹介させてください。スウェーデンの作家リンドグレーンの『わたしたちの島で』は、中学1年のときにいとこに薦められて夢中になりました。私が物書きになった原点のような本。もう一冊の『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』は、「普通にやっていけない」主人公の少年の言葉がずきずき突き刺さってきます。

幅広い年代を読もう

【石田】 会場のみなさん、実は僕たち今日が初対面なんです。でも、昔読んだ本という共通の話題でこれだけ盛り上がり、中学生のときまでさかのぼれる。これが本の素晴らしい力なんですね。村上春樹さんや村上龍さんが若い読者に最初に読んでほしい自作を選んだ『はじめての文学』シリーズは、彼らのデビューから25年、30年が過ぎた今、若い読者が最初に入るにはとてもいいアンソロジーだと思います。

【佐藤】 私はデビュー何年ということはあまり考えたくない。作品の数がめちゃくちゃ少ないから。

【石田】 最近は若い作家の作品だけを集中的に読む人も多いけれど、幅広い年代の作家を読んだほうが、人間のことが分かる。伊坂幸太郎さんや乙一(おついち)さんら新世代派の人たちも読み、団鬼六さん、勝目梓さんら70歳代のどろどろした本も読んでほしい。世代によって読む作家が固まってしまってきているのはつまらないですね。

【佐藤】 娘のPTAの関係で、小学校での読み聞かせ活動もしていますが、映画の「ハリー・ポッター」や「ハウルの動く城」の原作は反応がいいのに、私が面白いと思った本は鈍かったり。若い人に本を薦める難しさが身にしみました。

メッセージは不要

【石田】 作家も、自分の書きたい世界と商業的に売れる本との間の綱渡りをしないといけない。そのバランスをどうとるかが一つの挑戦だと思う。

【佐藤】 『一瞬の風になれ』については、いじめが蔓延(まんえん)している世の中なのに、それが描かれていないと言う人がいました。

【石田】 いじめ反対だけをテーマに小説を書くのは愚かです。作家って何でも書けると誤解されがちだけど、世界の一部を自分のちいさな鏡に写し取っているだけですよ。

【佐藤】 社会にストレートにメッセージを発する作家もいるけれど、私自身にはそういう気持ちはない。石田さんはどうですか。

【石田】 最初からメッセージを持っていたらダメ。書いている途中に分かってくるものなんです。でも、作家って自分が面白いと思って書いても、必ず世の中が受け入れてくれるわけではない。暗闇にボールを投げているような、本当に不思議な仕事ですよね。

【佐藤】 結局、書きたいものを書くしかないですね。

温かいダメ出しを

【石田】 最後にまとめの言葉を。

【佐藤】 小学校のころから、本を読むのも書くのも好きで、今もプロ作家でいられるのは幸運です。面白い本に出合い、こんな本がもっとあればという気持ちでずっと変わらずに書いています。

【石田】 僕は、書く方にプロがあるように、読む側にもプロがいると思っています。同じ本の世界で読む方も書く方も少しずつ力が上がっていければいい。皆さんもプロの読者になって、時々僕たちにダメ出ししてください。僕たちもこれから頑張っていきます。

(2007/03/26)

石田衣良(いしだ・いら)
1960年東京都生まれ。1997年『池袋ウエストゲートパーク』でオール読物推理小説新人賞。『4TEEN フォーティーン』で直木賞。他の作品に『娼年』『ブルータワー』『アキハバラ@deep』『美丘』『40 翼ふたたび』など。
佐藤多佳子(さとう・たかこ)
1962年東京都生まれ。1989年『サマータイム』で月刊MOE童話大賞を受賞しデビュー。『イグアナくんのおじゃまな毎日』で産経児童出版文化賞、日本児童文学者協会賞、路傍の石文学賞。『一瞬の風になれ』で吉川英治文学新人賞。

 

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