新読書スタイル 池井戸潤さん × 杏さん 対談

談笑する池井戸さんと杏さん

 

半沢も花咲も悪役次第

 池井戸潤さんが読売新聞で連載した小説「花咲舞が黙ってない」が今月、単行本を経ず文庫本で出版された。また、半沢直樹シリーズ第4作「銀翼のイカロス」も同時に文庫化、どちらもテレビドラマとしても注目を集めた人気シリーズの最新作だ。読売新聞社と出版業界などで作る活字文化推進会議は、話題の本の著者との対談企画「新読書スタイル」で、池井戸さんと、日本テレビ系ドラマ「花咲舞が黙ってない」で主演した女優の杏さんを招き、創作の舞台裏から読書の楽しみまで語ってもらった。
 杏 花咲舞シリーズの新作は、ドラマ化後の執筆ですね。逆輸入ではないですけど、ドラマからの逆インスピレーションのようなものがあったのでしょうか。
 池井戸潤 もともと花咲の相棒である相馬健は、だらしないおじさんなんですが、ドラマでは上川隆也さんが格好良く演じているから書きにくいんですよ。今回の小説はドラマを見た人がそのまま読めるようにしました。
 杏 以前執筆されたときと今回では、筆のノリなどは違いましたか。
 池井戸 最初に書いたのは10年以上前です。50歳を過ぎて、20代の主人公は書きづらいですね。内面には踏み込まないようにして、あくまで仕事を共通言語にして、相馬、花咲のどたばたに、シリアスなところもあるミステリーにしました。
 ■紙上でコラボ 
 杏 今回の花咲には有名な人が出てきます。
 池井戸 花咲が勤める東京第一銀行は、半沢の世界では「旧T」と呼ばれる合併行の一つ。半沢は、入行した産業中央銀行と、東京第一銀行が合併して東京中央銀行になり、そこでひどい目に遭っている。実は世界観がつながっていますよ、というところを書いてみました。
 杏 どちらも映像化されている作品なので、紙の上じゃないとコラボレーションは難しいですね。競演した気になって、すごいなと思いながら読みました。花咲も半沢も自分の正義や信念を持って行動していますが、対立する相手側も憎まれ役というよりは人間味があり、それぞれの立場で守りたいものがあるのだなと感じました。
 池井戸 悪役の方がかわいいというか、面白いですね。正義の味方は絶対いいことをしなければいけないから。小説は悪いことをしているやつの心情が一番大事で、その辺りが実は読ませどころ。そこが上手く書けていないと、面白くない。
 杏 今回の「銀翼のイカロス」は政治家との対立もあり、半沢の一歩も引かない姿に爽快な気持ちになりました。
 池井戸 悪役も出てきますが、肩書のよろいを取れば普通の会社員。それぞれの立場で振る舞い、行動する人がいて、それが悪役になっている。一人の人間として読者が共感できる部分がちらっと出ると、より面白いのかなと思います。
 ■帯から「昇格」
 杏 タイトルはどのように付けるのですか。
 池井戸 本は書いてみないと分からないので、最初に付けるタイトルは仮ですね。「銀翼のイカロス」は雑誌の連載だったので最初にありましたが、「花咲舞が黙ってない」は、実は文庫「不祥事」の帯のコピー「花咲舞が黙っていない」からきています。
 杏 びっくりしました。ドラマと本編の小説のタイトルにもなって、大抜てきですね。
 
 ◆本好きへの扉 かごの中に 
 杏 毎週、ラジオで本を紹介していて、今年で10年目に入りました。そのおかげで、より一層本を手に取るようになりました。
 池井戸 若い人も含めて、食わず嫌いの人が多いと思います。ある焼き鳥屋のお兄さんに、「本って面白いですね」と言われたんです。彼は今まで全然読まなかったんだけど、あるとき自転車で帰ろうとしたら、かごに本が捨ててあった。持ち帰って読んだら、本の面白さに目覚めた。意外なところに本好きの入り口が隠されているんだなと。
 杏 読書は、苦行でも努力でもなく、エンターテインメントだと思います。ただ人と同じで相性があります。エッセーだろうが、ビジネス系だろうが、はまれば止まらなくなる。それまではつまみ食いでいいと思います。
 ■実はミステリー
 池井戸 やはり歴史から入った感じですか。
 杏 司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」や、高橋克彦さん、宇江佐真理さんは、時代小説を好きになったきっかけですね。
 池井戸 僕は昔からミステリーが好きで、小学校の時は江戸川乱歩のシリーズを全部借りていました。いつか乱歩賞を取る作家にって思っていました。
 杏 ミステリーを書く小説家になりたいと。
 池井戸 今でもミステリーなんですよ。実は、花咲シリーズの「不祥事」にしても、「銀翼のイカロス」にしても、構成はサスペンスと同じで、ただそういうテーマではないというだけなんです。
 杏 私は落語初心者ですが、本で読んでから、聞くと入りやすい。読書が苦手な人は映像化されたものを見てから読んではどうでしょう。作者としては、原作を先に読んでほしいといった気持ちはあるのですか。
 池井戸 どちらでもいいのですが、読んでもらえるきっかけになればいいなと思います。
 
 ◆名作、古典 若いうちに 
 杏 先日、田辺聖子さんの「隼別(はやぶさわけ)王子の叛乱(はんらん)」という小説を読みました。タイトルだけだったら、難しそうで手にとらなかったと思いますが、帯に漫画家の方が推薦の言葉を書いていて、読めるかもと買いました。あれは、書店で出会わなければ買えなかった本だなと思いました。
 池井戸 今は朝読書の時間に読む子が多いですよね。だから、また徐々に読書が復活してくる可能性はあると思うんです。
 杏 10代20代でいっぱい触れるのは大事だし、世界の名作や古典文学などボリュームのある物は、体力や時間のあるうちに読んでおけばよかったと思うことがあります。
 池井戸 僕は手当たり次第に好きな物を読みましたが、さすがに読書の習慣がない人に習慣づけるのは難しいと思う。向井万起男さんの「謎の1セント硬貨」は面白いエッセーですよ。小説は、自分の小説のゲラを読むこともあり、つらくなってきて、ノンフィクションのほうが面白くなってきました。
 杏 確かに、ドラマや映画を撮影しているときは、小説があまり読めなくなりました。
 池井戸 やはりそのときの状況や立場で読みたい本は変わってくるんですよね。
 
 ◇花咲舞が黙ってない(中公文庫)
 東京第一銀行臨店指導グループの花咲舞と相馬健・調査役のコンビが、内部情報の流出や不可解な融資などの難問に直面。そのさなかに、産業中央銀行との合併話が持ち上がる。
 ◇銀翼のイカロス(文春文庫) 
 半沢直樹は東京中央銀行の営業第二部次長として、業績不振に苦しむ帝国航空の再建に取り組む。修正再建案が承認された直後、政権が交代。前政権の修正再建案が白紙撤回され、新政権のタスクフォースと対立する。

 ◆池井戸さんのおすすめ本
 「バスカヴィル家の犬」アーサー・コナン・ドイル(東京創元社)
  「陰陽師」夢枕獏(文芸春秋)
  「剣客商売」池波正太郎(新潮社)
 「謎の1セント硬貨」向井万起夫(講談社)
 「革命前夜」須賀しのぶ(文芸春秋)

  ◆杏さんのおすすめ本
 「雷桜」宇江佐真理(角川書店)
 「無私の日本人」磯田道史(文芸春秋)
 「日本奥地紀行」イザベラ・バード(平凡社)
 「ふところ手帖」子母澤寛(中央公論新社)
 「燃えよ剣」司馬遼太郎(新潮社)

女優の杏さん

作家の池井戸潤さん

 
 ◇いけいど・じゅん 1963年、岐阜県生まれ。慶応義塾大卒。「果つる底なき」で第44回江戸川乱歩賞。「下町ロケット」で第145回直木賞。主な作品に花咲舞シリーズ「不祥事」、「空飛ぶタイヤ」「鉄の骨」「七つの会議」「陸王」「民王」「アキラとあきら」など。
  
 ◇あん 1986年生まれ。15歳でモデルデビューし、パリコレクションで活躍。2011年に「名前をなくした女神」で連続ドラマ初主演。NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」でヒロインを演じる。16年には「オケ老人!」で映画初主演。10月からTBS系「世界遺産」でナレーション。

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