2009年07月27日
西南学院大で松浦理英子さん、多和田葉子さんが講演
松浦理英子さん講演 「書きながら読む」
小説は生き物、魂感じる
私たちが小説をどのように楽しんでいるかを、小説を書くことに絡めつつ話していこうと思います。
私が最初に書いたのは、小学1年のとき、教科書の短い物語を読んだ後に、登場人物だけ同じの、全く新しい別の物語を何ページにもわたって創作しました。少し大げさにいえば、二次創作です。
二次創作は同人活動だけではなく、厳格な文学の世界でも行われています。ゲーテの「ファウスト」も、民間伝承中の人物や設定を取り込んでいて、広い意味では二次創作といえます。
小説のキャラクターやある種の設定は、他のさまざまな物語のバリエーションの中に置き換えて楽しむことができます。ただ、二次創作はおのずとパターン化します。小説を読む楽しさは、キャラクターや設定ばかりにあるわけではない。
じきに私は、自分のオリジナルの小説を書くようになりますが、最後まで書き上げたことは、ほとんどなく、好きな部分だけを書いていました。今でもそうですが、ストーリーにはあまり関心がなかったのです。では小説の何を楽しんでいたのか。それは、読む時に心や体に呼び起こされる感じです。
「若草物語」の印象的なエピソードに、果物のライムが出て来るものがあります。読むだけで、見たことも味わったこともないライムの味と香りが、舌や鼻先に上ってくる。ことばの力を思い知る経験でもありました。
大人の小説を読み始めてから、心底好きな小説に出会ったと思えたのは、高校に入って、ジャン・ジュネというフランスの作家の小説を読んだときです。小説そのものが血の通った一個の生き物のように感じました。魂を感じたといってもいいかもしれません。
魂は科学的に証明できないし、定義もできませんが、魂と呼びたくなるような生々しい存在感を感じ取ることはある。「若草物語」のライムのようなものです。私はジュネのように、自分の小説で、読者に魂を感じさせたいと思うのです。
その後、高校から大学にかけて、フランスの作家、フィリップ・ソレルスや、ヌーボーロマンを読んだことで、小説とはいったい何かということを原理的に考える習慣が身につきました。それも小説家として大変役に立っています。
対談◇西村将洋准教授 執筆時は「深く潜る」
【西村】 二次創作は、作品をつくりだすときの本質なのでしょうか。
【松浦】 本質とまでは思わないのですが、それまでにあった無数の物語が、作品の着想やイメージに影響しますから、すべての創作には二次創作の側面があるとはいえるでしょうね。
【西村】 松浦さんに「犬身」という小説がありますが、松浦さんにとって犬的なものというのは何でしょうか。
【松浦】 犬は人間が非常に好きで、人間もまた犬をなでたくなったり、かわいがりたくなったりする。セクシュアルな関係ではないにもかかわらず、ふれあいの喜びというものが確かにあるわけですね。犬と人間との関係は、人がセックスを超えて新しい不思議な関係を築き上げようとする時にモデルになるのではないかと、そんなことを考えます。
【西村】 お話の中で、魂を感じたという言葉がありました。人の魂を揺さぶるように書くというのはどんな行為なのでしょう。
【松浦】 私は、相当な深みに潜って行かないと感動できないのです。ですから自分が小説を書く場合も、とにかく普通の人なら途中でやめてしまうところを突破して、できるだけ深く深く潜るということをやるんですね。
多和田葉子さん講演 「紙のエロス、洋書は魔の薬」
独語で小説、新しい発見
〈多和田さんは、鎖国という言葉の意味と長崎の国際性について語ってから、CDに渦巻き状に書かれた詩を朗読した〉
私は読書が好きでロシアやドイツの文学をよく読んでいましたが、大学を出てすぐドイツに移住し、それまで、こちらから一方的に見ていたヨーロッパ文明の視線に今度は自分がさらされることになりました。
ドイツの大学は一種の読書集団。テーマを決め、本を読み、それについて喫茶店などに集まって討論し、その結果をゼミで発表します。町では作家による自作朗読と質疑応答が毎日行われ、本を読むことと、それについて話をすることが文化の基礎になっています。
〈多和田さんは「人の身」を「人身」として処理してしまう漢語用法の問題を扱った詩『人身事故』を朗読した〉
私がドイツに行って5年後、日本語で書いた詩をドイツ人が訳してくれ、日本語とドイツ語が真ん中で出会うという詩集をつくりました。詩はなかなか訳せない。訳せないものを訳そうとする中で翻訳者は自然と詩を書くしかなくなってしまう。そういう意味で、翻訳とオリジナルはどこかで一度出会うことはあるはずだというのはまさに、この本と同じです。
〈外国語に訳せない例として多和田さんは、20年以上前の畳やみそ汁といった文言入りの詩を披露した〉
みそ汁も畳も日本的な古いもの。これをドイツ語に訳すと、みそスープやタタミでは新しいものになって全くイメージが逆になってしまう。結局、翻訳というのは訳者の判断によって成り立っていく新しい文学といえるかもしれません。
私はドイツ語で小説を書いてみて、日本語のいままで知らなかった面が見えてきた。私は、ドイツ語の本を読んだら、日本語の本も読んでみよう、それからエッセーを書いたらば、詩も書いてみようという風に両極端のようなものを設定しました。その間で動いてみたいなという願いが、私の中でどんどん強くなっていったような気がします。
〈最後に多和田さんは、日本語とドイツ語が頭の中を光の玉のように左右に動いているようで、非常に気持ちがいいなという感じがしたという作品である日本語・ドイツ語混合の詩を朗読した〉
対談◇西村将洋准教授 朗読、自分をからっぽに
【西村】 迷路にたとえてみます。リアリズム小説が迷路を見下ろす鳥の目とするなら、多和田さんの小説は、迷路の中で、迷いながら遊んでいる印象があります。
【多和田】 長い小説は、登場人物やストーリーを決めて書き始めますが、いったん書き始めるとそういうのは全部だめだとわかる。その場合、どう進めるか。本能的に決めて進んでいく。鳥の目のように絶対上から見て、どっちがゴールが近いとか考えないのです。
【西村】 多和田さんの朗読を聴いて、言葉が次々につながっていく印象を持ちました。どんな感覚で朗読しているのですか。
【多和田】 朗読は、自分がからっぽになる状態かなと思います。声を出すことによって、自分は全然なくなってしまう感じです。
【西村】 多和田さんは、東西ドイツ統合期に劇作家ハイナー・ミュラーについて修士論文を書かれています。何か理由があったのですか。
【多和田】 出会いは瞬間的でした。最初にハイナー・ミュラーの短編の文面を見ただけでアッと思ったのです。ミュラーの作品には、日本のお能も入っているし、シェークスピアとかあらゆるものが入っていました。彼の視点からみると、演劇というのは死者がよみがえる、負けた側の視点から歴史を語る場所なんですね。