有隣堂 市川紀子さん推薦!
「堆塵館」(エドワード・ケアリー 著・古屋美登里 訳)東京創元社

   エドワード・ケアリーに古屋美登里さん、読まないわけがない。しかもそれは汚物にまみれた世界で愛をさけぶ物語。恐ろしく凄まじく、悲しく切ない。

    近頃はディストピア小説が注目を集めることが多い。ノーベル文学賞で話題のカズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』もひとつの例え話。ありえるかもしれない暗く淀んだ未来、希望の持てない現実社会を人はどう生き抜くのか。不安定な自分や社会を小説に投影し登場人物たちの生き様やその中でくだされる決断に昇華させることで失いかけたアイデンティティを取り戻し、立ち位置を受け入れ後押しされることもあるのだろう。

  『堆塵館』は19世紀のロンドン、過去が舞台であるが現代や未来にあっても不思議はない不気味な符号に満ちている。ドリアン・グレイやシャーロック・ホームズが鬱々と息づく19世紀のロンドン、ヴィクトリア女王の統べる時代。世界一の大国と謳われた英国だが、欧州にもれずゴミ溜めの不衛生な街だったことは歴史的にも知られる。テムズ川に垂れ流された汚水を日常的に摂取することでコレラなどの疫病が蔓延し、あまりの悪臭に国会も取りやめになるほどの事態。水の汚染が常識だった時代には酒が安心できる飲料という現代とは逆転の世界。

    英国作家のケアリーもまた病める都市ロンドンの姿を執拗に剥き出しにして完膚なきまでに描ききる。この長編は『堆塵館』『穢れの町』、そしてこの冬日本語翻訳版の発売が待たれる『肺都』の三部作から成る。ロンドンの端の、ゴミやがらくた、屑に埋もれる穢れた町のさらに端にある広大な文字通りゴミ屋敷に暮らすゴミで財を成す奇妙な一族が、何より大事な哀れな真鍮のドアの取手をなくしたことを発端に動き出す。この独特の世界観に一気に引き込まれるのはなんといっても著者自筆の表紙カバーと数多くの挿画。荒涼とした町に佇む一見して不健康そうな少年と少女が表裏一体に描かれる。読めば読むほど加速していく展開に急ブレーキをかけられる衝撃のラスト。読者は突然放り出され、解説者の作家深緑野分さん曰く「途方にくれ」「続きを求めて町をさ迷う」ことになる。

   この本をこれから読む人は幸運だ。結末を迎える第三作はこの冬発売予定。続きが読みたくて身悶えする時間が短くて済むのだから。

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