第1回「出会い、それから」

僕の「出会い、それから」〜石田さんによるイントロダクション

恋切なく本楽し 出会いのススメ

星占いで志した小説家

僕にとっての出会いは〈占い〉なんです。1996年春、月島(東京都中央区)のコンビニエンスストアで雑誌『CREA』の星占い欄を立ち読みしてなかったら、僕は小説家にならなかった。プロダクションの社長にでもなっていたんじゃないかな? 「牡羊(おひつじ)座は今後2年、土星の重圧がかかる。その間に真剣に仕事すれば、自分の中にある何かをクリスタライズ(結晶化)できる」とあって、「僕にとってそれは、小説を書くことじゃないか」と思った。翌日から書き始めて、2年後には最初の単行本『池袋ウエストゲートパーク』が書店に並んでいました。

最近あった出会いといえば、テレビ番組で藤井フミヤさんとご一緒して、ラブソングの作詞を頼まれました。これが意外に楽しい。でも作詞中の姿はかっこ悪くて、フミヤさんがラララで歌う仮歌に言葉を当てはめていくのですが、サングラスとヘッドフォンをかけてカフェの片隅で何時間も「ラララ」とつぶやいていたら、だれも目を合わせてくれませんでしたね。

20050518_01.jpg 「恋愛をモチーフにした自作で、印象的なものは?」と聞かれると、やはり初めての恋愛小説『スローグッドバイ』ですね。この時には、姉や妹の影響で小学校時代から愛読してきた少女漫画が役立ちました。男性が書く恋愛小説って告白してエッチをして終わる、みたいな感じが多いけど、女性が書くと、指が触れるまでに時間がかかって、その余韻をずっと楽しんでいたりするでしょう。そんな繊細さ、感覚の鋭さは、少女漫画から教わりました。

今は、女性が若い男の子と付き合うといった状況が気になります。「小説新潮」に連載中の『眠れぬ真珠』は、45歳の女性版画家が28歳の映画監督の卵と恋をする甘くて切ない小説なんです。これからは女性に、男性を導いたり、背中を押してあげたりする役割がこれまで以上に求められる気がします。すてきな男性が増えれば女性も楽しいので、ぜひ身近な男友達を教育してあげてほしい。

20050518_02.jpg 僕の活字に関する考え方はシンプルで「人間が作った最も強力な道具は言葉」に尽きるんです。いくら新しいメディアが出てきても、人間の感情や気持ちを表現し、この世界の全体像を描く上で、言葉ほど便利なものはいまだかつてない。道具や電気がなくとも、意思がつながる。使い方によっては強力な武器になる。最近の男性誌には「イタリア製ジャケットを着ればモテる」といった記事が満載ですが、いい洋服だけでは、女の子は落ちてくれません。相手に届く言葉をきちんと話せないと、奇跡は起こらないのです。

皆さん、活字に触れて、そこから得た言葉の力を自分の身の回りにいる人に投げられる、すてきな女性や男性であって下さい。

物語と出合う〜トークショー

【石田】 角田さんと物語との出合いは?

【角田】 小学校に上がるころ、松谷みよ子さんの『ちいさいモモちゃん』に夢中になったのが最初ですね。

【石田】 僕は小学2年生の時、エドガー・ライス・バローズの『地底世界ペルシダー』という恐竜型の地底人が出てくる話がものすごく面白くて。小説家になる夢はそのころからもう?

【角田】 小学校高学年で算数とか理科が分からなくなってしまって、国語だけが好きだったので、小説家はガシッとつかんだ夢というより、消去法でしたね。

【石田】 実際に書き始めたのはいつごろですか。

【角田】 高校3年生の時、作文は好きだけれども、小説の書き方が分からなかった。東京の大学で小説創作科のあるところを探して受験したので、大学に入ったというより職業安定所に入った感じでした。

【石田】 そこで頑張って、23歳で海燕新人文学賞。

【角田】 すごくうれしかったです。石田さんは新人賞への応募は?

【石田】 3回目で、オール読物推理小説新人賞をもらいました。その前2回は最終選考まで。その時もう36歳で結婚もしていましたが、書き続けていれば何とかなるなと思いましたね。

【角田】 その分、世の中を広く知っているということですものね。

【石田】 逆に言うと、20代前半で華やかにデビューできても、なかなか生き残りが厳しい世界だと思います。角田さんが、自分はプロとしてやっていけると思ったのはいつごろですか。

【角田】 新人賞をいただいて本が出たときはすごくうれしかったし、これで食べていけるかなと思ったんです。でも、いつ書けなくなるか、いつ仕事が来なくなるか、という不安は今でもずっとあって、これでやっていけるという強い自信は、ひょっとしたら、まだないかもしれない。

【石田】 最近、伊集院静さんに「自分のことを新人じゃないと思ったのはいつですか」と聞いたら、「うーん、3年か4年前かな」。キャリア25年の伊集院さんでさえそうなんだから、そういう不安は小説家にはつきものなんでしょうね。

人に出会う

20050518_03.jpg【石田】 角田さんは旅行好きで有名ですが、出会いはいろいろありますか。

【角田】 たいてい1人で行くので、出会いの連続。20代のころ、旅先で一緒にご飯を食べた男の子と東京で再会して、「これは運命かも」と思っておつき合いしたんですけど、2年ぐらいで別れて……それ以来、運命なんて信じない。(笑)

【石田】 ロマンチックな偶然で再会して、恋が2年続いたのは運命ですよ。

【角田】 その時は、一生一緒にいるぐらいの強い運命だと思ったんですよ。20代のころは、運命が物事を好転させてくれると信じていたので。実は運命より大切なのは努力だと学びましたね。(笑)

【石田】 出会いをすぐ一生のこととか結婚に結びつけるからよくないのでは。ちゃんと恋愛する機会って3年とか4年に1回でしょう。1000日に1回の割。

20050518_04.jpg【角田】 なるほど。でも、私は出会いは日常のどこにでもあると考えていて、例えば、毎日いろいろな人に会う中で、この出会いは後々、ものすごく大きな意味を持つかもしれないって思うんですよ。

【石田】 それは気持ちのいい考え方です。

【角田】 だから私、いつどんな時でも、彼氏いますかって聞かれたときに、「います」って答えないんです。でも、38年間、それでうまく発展したことは一度もない。(笑)

【石田】 ハハハ……。

本に出合う

【石田】 今回は「出会い」をテーマに、2人で本を選んでみたわけですが、ここに並んでいる本は、どれをとっても面白い。

【角田】 読む本がないとか、最近の本はつまらないとよく聞きますけど、人が一生懸命書いた小説って、相性はともあれ、本当につまらないものがないと思う。

20050518_05.jpg【石田】 まず僕の推薦で、長嶋有さんの『泣かない女はいない』。このタイトル、ボブ・マーリーの名曲『ノー・ウーマン ノー・クライ』から取っているんですが、実は僕、「この世界から女性がいなければ、もう泣かないですむのに」という意味だと思っていたので、目からウロコでしたね。ほろっとするいい話が出てきます。

20050518_06.jpg【角田】 私は林芙美子『浮雲』を。出会いというと、前向きないいものととらえられがちですが、この小説は「この人と出会わなければ幸せだったのに」という話です。戦時中のベトナムにタイピストとして派遣されたゆき子という女性が、どうしようもない男と激しい恋に落ちて、敗戦後、日本に帰ってきても関係が切れなくて、ひどい目に遭うんです。お互い会わなければ、こんな世界を見なくてすんだ。もっとまともに生きられた。それはいいことなのか、悪いことなのか。そういう出会いもあるなと思って選んでみました。

20050518_07.jpg【石田】 恋愛って幸せなことばかりじゃつまらないだろうしね。不思議なものですよね。次は川端康成『掌の小説』。本当に手のひらに乗るような短編小説に、川端が持つ技術のすべてが入っています。腕のいいピアニストが、アンコールですごくかわいい曲を弾いたりする、ああいう感じで、おそろしいほどうまくて、泣かされてしまう。この中の「有難う」という短編がすごく好きなんですけど、僕はそれを下敷きに、別バージョンの「ありがとう」という小説を書いたぐらいで。「有難う」1編だけでも読んでみてほしいな。

20050518_08.jpg【角田】 出会いを描いた小説では、私はジョン・アーヴィングの『ガープの世界』が一番美しいのではないかと思います。私が一番好きなシーンは、ヘレンという女性が、母親が蒸発しちゃったために、父親がレスリング部のコーチを務める大学の体育館の中でずっと育つんですね。ヘレンは、いつか体育館のドアを開けて、お母さんが迎えに来てくれると信じてるんですが……すみません、私、思い出すだけで泣いちゃう。

【石田】 大丈夫ですよ。

20050518_09.jpg【角田】 ヘレンが自分の母親だと思って泣きながら抱きついた人が、実はガープの母親だった。ガープとヘレンは後に結婚するわけですが、どんな出会いにも意味がないなんてことはあり得ないと思うくらい、美しい出会いの場面です。

【石田】 僕も、25か6の時、入社試験そっちのけで「ガープ」のペーパーバックを耽読(たんどく)した思い出があります。次は『香水 ある人殺しの物語』。作者のパトリック・ジュースキントはちょっとイカれた天才肌です。フランスに「アナール学派」という、民衆の生活史に根ざした新しい歴史学の一派があるんですが、その影響から生まれた小説です。しかも、かっこいいピカレスクノベルなんですね。あらゆる香りをかぎ分け、その香りを作ることのできる鼻の天才が、究極の香りを求めて旅をしたり、罪を犯したりという話です。

20050518_10.jpg【角田】 面白そうですね。

【石田】 ちょっと濃いところでは、団鬼六さんの『最後の愛人』。キャバクラで出会った「さくら」という20代の女の子と70歳の作家が愛人契約を結ぶんですが、彼女が突然、理由も分からず自殺してしまう。二人の間に性関係はなかった。作家は枕をびっしょり濡(ぬ)らすほど泣いて、自分と彼女をめぐる物語を、あっけらかんとした強い文章で書くんです。団さんの最近の作品は本当にすばらしい。

20050518_11.jpg【角田】 私は、ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』。この人の小説は変なものばかりですけど、このエッセーもすごく変で、まさに事実は小説より奇なり。オースターが地下鉄の階段で、ずっと探していた本を読んでいる女の子を見つけて「その本どこで買いましたか」と聞いたら、彼女が「もう読んじゃったからあげる」と本をくれて、その彼女が現在の妻だとか、出会いには、ほんとうに不思議なことがあるなというエッセーです。

20050518_12.jpg【石田】 オースターは小説も抜群にうまくてこのルックスですから、ちょっと許せないヤツですね。じゃあ、欧米の小説ついでに『アジアの岸辺』。トマス・ディッシュはアメリカのニューウェーブを代表する作家でゲイの人です。「降りる」という短編が最初に入っていますが、失業中のある青年が、高層ビルのエスカレーターを降りていく。あれ、おかしいなと思いながら、ただただどんどん降りていくだけの話なんですね。何だかものすごく不安で、シュールで、いいんですよね。あれ、出会いとあまり関係ないな。(笑)

出会いは楽し

20050518_13.jpg【石田】 角田さんは『対岸の彼女』で直木賞を受賞されるわけですが、その前に候補になった『空中庭園』とは、ベースになるトーンが全く違う感じがしますね。『空中』はほの暗い感じ、『対岸』は日差しに向かって歩く雰囲気。その間、何か思うところはあったんですか。

【角田】 『空中庭園』の時に、先輩の男性作家に「大変面白かったけれども、家族の秘密を暴露して、全部並べて、だから何だというような気持ちになる」と書評されたんですよね。私はその時、小説のことを言われているんじゃなくて、自分の人生について言われているような気がして……笑わないでくださいよ。それで、最後に希望が持てるような小説を一回書いてみようと思ったんです。

20050518_14.jpg【石田】 『空中庭園』や『人生ベストテン』では時々男性視点で書いていますよね。難しさは感じます?

【角田】 一番最初は躊躇(ちゅうちょ)がありました。男性の考えていることは根本的にはわからない。でも、生理的に違っても、足をハイヒールでぎゅうっと踏まれたら、それは男も女も痛いはずだろうと思って、開き直ったところがあるんですね。

【石田】 ある小説の主人公をずっと書くというのは、その人と一緒に生きて、暮らして、恋愛したりするのと一緒だなと思いますね。

20050518_15.jpg【角田】 石田さんの小説では、新しい出会いや世界に踏み込んでいくことを登場人物たちが恐れないし、石田さん自身もそうですよね。私は憶病な人間なので、新しいことにはつい怖くてしり込みしちゃうんですけれど、それを恐れない秘訣(ひけつ)って何ですか?

【石田】 僕はこうして器用そうに見えますけれど、実は、自分は何も持っていない人間だと思っているんです。何も持っていないから、なくすものはないといつも思うんですね。

【角田】 石田さんの『スローグッドバイ』はまさに出会いの短編集で、長くおつき合いしている人でも、10年もたってからその人の別な面に出会うこともあるんだなと思って。こういう小説を読むと、出会うということが怖くなくなって、むしろ楽しみになりますね。

会場からの質問

Q 自分の小説が映画やドラマになったりするのはどういう心境ですか。

【石田】 小説と映像というのはお刺し身とステーキぐらい違うので、僕自身の映像に関しては、おいしく仕上がっていればOKです。

Q 小説を書く時に、異性の場合と同性の場合は、どちらが感情移入しやすいですか。

【角田】 私は、やっぱり女性を書くほうが気は楽なんですけど、楽しいのは男性を書く時。同性よりも、異性の方が書きやすいような気がします。

Q お2人が小説を書き始めた時、最初にどういうふうに修業しましたか。

【角田】 1回目の創作の授業で先生が読んでくれた上級生の作品が、「あたし」という一人称の口語体で、これなら私にも、と思ったんですね。ハウツー本よりも、自分の肌に合う小説を探して読んだほうが、創作意欲がわくと思います。

【石田】 どんな大家の文章でも、点や丸、机とか僕とか空という言葉は同じ。文章の一番の敵は、自分を今ある以上によく見せたいという欲です。自分が一番リラックスできるフォームを見つけて書くことです。

(2005/05/18)

石田衣良(いしだ・いら)
1960年東京生まれ。広告制作会社、フリーのコピーライターを経て97年『池袋ウエストゲートパーク』でオール読物推理小説新人賞。2003年『4TEEN フォーティーン』で直木賞。
角田光代(かくた・みつよ)
1967年横浜市生まれ。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞。2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞。05年『対岸の彼女』で直木賞。

 

活字文化公開講座の一覧へ戻る ビブリオバトルとは

ご登場いただいた著名人