第20回「歴史エンターテインメント小説の構造」

■出演
和田 竜さん
仁木 英之さん

 読書の魅力を伝える対談シリーズ、第20回「新!読書生活」(主催・活字文化推進会議、主管・読売新聞社、協賛・小学館)が2月3日、東京・千代田区で開かれた。作家の和田竜さんが「歴史エンターテインメント小説の構造」と題して基調講演し、続いて作家の仁木英之さんと、小説を書き始めた経緯や、お薦めの本などについて語り合った。

〜基調講演〜 和田 竜さん
「歴史エンターテインメント小説の構造」

ネオ時代小説 秘密は「脚本」

W 和田さん基調講演.jpg 私は元々脚本家を目指しており、『のぼうの城』や『小太郎の左腕』は、当初、映画脚本として書いて小説に直したもの。このシナリオ的構造が、従来の歴史小説と違う、「歴史エンターテインメント」「ネオ時代小説」などといわれるものになった要因ではないか。

 映画脚本では、観客の感情をつかむ起伏ある物語を2時間ほどの長さに収めなければならないため、シーンをどう省くかを考える。例えばAが秘密を語り、驚いたBが行動するという場合、Bの反応から始めたりする。だから脚本がベースの小説も、核心部分が次々連なる印象を与え、中学生でも「読んで興奮した」といってくれる面白さが出たのだろう。

 普通の脚本では細かく指定しない戦闘シーンも、私は腐心して書いている。登場人物が抱える問題や悩みが昇華する重要な場だからだ。上からの俯瞰(ふかん)ではなく、戦場にいる人物の視点で臨場感を出そうとしているのも一般の歴史小説と違うところだろう。また、「〜でござる」という当時の武士言葉でなく、「〜じゃねえか」という現代的な言葉遣いを意識的に戦国武将にさせている。方言で話していた彼らの生の感情が、今の人に伝わりやすいためだ。

 次の小説は村上水軍の話を書く予定。『のぼうの城』の映画も私の脚本で夏にはクランクインする。脚本を磨いて、「小説は面白かったけれど〜」と失望させない映画にしたい。

〜トークショー〜 和田 竜さん&仁木 英之さん 

1年で4000枚

【和田】 仁木さんのデビュー作『僕僕先生』は中国が舞台ですが、中国に留学されていましたね。

W 仁木さん.jpg【仁木】 はい。僕の読書原体験が、吉川英治の『三国志』、それと『西遊記』なんですね。ファンタジーといえば中国でした。それで実際に行って、自分の中の中国がより色彩豊かになり、物語にしたいなあと思ったんです。

【和田】 吉川英治を読んだのは、いつごろですか。

【仁木】 たぶん、小学校3年生ぐらい。

【和田】 えっ。そうなんだ。

【仁木】 父親が読んでいたのを借りました。

【和田】 僕はちっちゃいころ、全然、本を読まなかったなあ。とりたてて読書が好きというわけでもなく。

【仁木】 じゃあ、いつごろから物語を書こうと思ったんですか。

【和田】 大学で芝居を始め、最初は役者をやったりしていたんですが、演出もやりたくなったんです。僕がいた劇団は、自分で芝居を演出したかったら、その人間が脚本も書く、という決まりだったので書いてみたのが最初です。

【仁木】 小説家になりたいという強い思いが昔からあったわけではないんですね。

【和田】 そうです。脚本家としてやっていこうと思っていましたから。小説家というのは全く視野に入っていなかった。

【仁木】 最初、賞を取ったのも脚本の賞でしたね。じゃあ、なぜ小説家に?

【和田】 今の映画界で言うと、原作があるものを脚本にするのが脚本家の仕事。オリジナル作品でやろうと思ったら、自分で原作を書くしかない。それは小説家になる、ということだったんです。仁木さんは、いつごろから小説家になりたいと思い始めたんですか。

【仁木】 小説家になる前、自分で学習塾をやっていたんですが、塾は忙しい時とそうじゃない時の波が大きくって、暇になった時にふと、「そういえば俺、小学校の時に本が好きで、小説家にあこがれとか持ってたな」って思い出したんです。それで1年間限定で、「プロを目指したれ」と、塾で教える合間に書いたんです。4千数百枚。

【和田】 400字詰め原稿用紙でですか!!

【仁木】 はい。7作書いて、いろんなコンクールに送りました。

【和田】 僕の『のぼうの城』が確か500枚ぐらい。4000枚って1年で書けるの?

【仁木】 はい。

【和田】 それで受賞してデビューしたんだ。いやあ、すごいもんだなあ。
 
【仁木】 あまりにのめり込んで、彼女に振られました。「もう、やってられん」って。

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きっかけは竜馬

【和田】 じゃあ、お薦めの本を紹介しましょうか。僕はなんといっても大学時代に読んだ司馬遼太郎『竜馬がゆく』。歴史小説を読むようになったきっかけの本です。うんちくや情報量がすごいのに、物語としてのバランスがとてもいい。

【仁木】 僕はまず、池波正太郎『剣の天地』を挙げます。一番影響を受けた本です。剣豪の話ですが、『のぼうの城』を読まれた方は、ぜひ読んでください。読んでいただければ、僕が「ぜひ」と言った理由が分かります。

W 和田さん.jpg【和田】 すごい「振り」ですが、では次は、敬愛する黒澤映画の脚本家、橋本忍さんの『複眼の映像』です。黒澤映画は、複数の脚本家に黒澤明が交じって脚本を作るのが特徴ですが、それが当人の口から語られる。後世に残る資料になるんじゃないかなあ。

【仁木】 神格化された存在に普通なら言えないことを、ずばっと書いてますね。

【和田】 そうそう。

【仁木】 和田さんは小説界に乗り込んできた「黒船」ですが、生粋の小説家というべき恒川光太郎さんの『草祭』もいい。この本も、どんな内容か話せないんですが、お薦めです。

【和田】 その理由だけでも。

【仁木】 いやあ、ここに持ってきていることで、僕の100%保証なんです。

【和田】 まあ確かに。じゃあ今度は、山本周五郎の短編集『大炊介始末(おおいのすけしまつ)』を。夫婦の心の動きなどを描く「おたふく」なんて、読むたびに泣いてしまう。白黒時代の黒澤映画のように理屈抜きに面白い。

【仁木】 粗筋にすると3行で終わってしまう作品でも、面白いものは面白い。では僕はここで、冲方丁(うぶかたとう)さんの『天地明察』を紹介します。渋川春海という囲碁でも有名な江戸時代の天文・暦学者の物語で、チャンバラも何もなくても、人が悩み、何かを追い求める姿だけで十分にスペクタクルであるということを教えてくれる1冊です。

【和田】 話題作ですよね。

【仁木】 ダイナミズム、スピード感にあふれた小説で、僕が昨年読んだ本の中で一番衝撃を受けた本でした。ところで和田さん、僕は小説しか書いたことがないんですが、脚本家と小説家の違いとはどういうものなんでしょうか。

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脚本家と小説家

【和田】 実は、書くという意味では違いはほとんどない。どちらも登場人物がいて、ストーリーがあり、それを文字にしていく。仁木さんはどういう風に書くんでしたっけ。

【仁木】 僕はプロット、小説の骨格のことですが、それを決めると、あとは全体を20日から1か月で書ききります。だいたい原稿用紙400枚から500枚。それを何か月もかけて推敲(すいこう)していく。和田さんは、少しずつ積み重ねて物語を作っていくそうですね。

【和田】 そうです。仁木さんのようにできたら、もう少し早く書けるのに。僕はまずメモを書くんですが、それがこんなに(親指と人さし指で5センチほどの厚さをつくる)なります。ここの伏線は、どこで処理するだとか、そこまで考えてから書き始めるから、どうしても遅くなるんですね。

【仁木】 いや、あのクオリティーでたくさん書かれては、ほかの作家が失業しますよ。今日は、いろいろと興味深い話をうかがうことができ、楽しかったです。

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◇わだ・りょう 1969年大阪生まれ。2007年『のぼうの城』(小学館)でデビュー。同作は直木賞候補に。2作目の『忍びの国』(新潮社)は吉川英治文学新人賞候補。最新作は『小太郎の左腕』(小学館)。
◇にき・ひでゆき 1973年大阪生まれ。2006年『僕僕先生』(新潮社)で日本ファンタジーノベル大賞。続編に『薄妃の恋』『胡蝶の失くし物』(いずれも新潮社)、他に『千里伝』(講談社)、『朱温』(朝日新聞出版)。

【主催】活字文化推進会議
【主管】読売新聞社
【後援】文部科学省、文化庁、NHK、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、読書推進運動協議会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会、出版文化産業振興財団、日本図書館協会、全国学校図書館協議会

◆21世紀活字文化プロジェクト
 読売新聞社が作家や出版業界などに呼びかけて「活字文化推進会議」をつくり、8年前から取り組んでいる活動です。「新!読書生活」「読書教養講座」など多彩な催しを全国各地で行っています。
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