国民読書年in東京 本との出会い 考える力養う

主催者挨拶  読売新聞東京本社社長 老川 祥一

子供の読解力低下を懸念WEB老川社長本番.jpg

インターネットが普及し、情報通信技術がめまぐるしく発達する中、読書への関心は薄れ、子供の読解力が低下しつつあるという気になるデータがあります。今年は、官民一体となって、読書推進に取り組んでいくことを目的に制定された国民読書年です。さまざまな取り組みを通じて、人間の思考力を深め、人間形成に大きな影響を与える読書の素晴らしさを多くの方に知っていただければと考えています。

【国民読書年】 読書推進関連の法律として、必要な数の公立図書館の設置や学術的出版物の普及支援などの施策を求める「文字・活字文化振興法」(2005年)、すべての子どもがあらゆる機会と場所において、自主的に読書活動をできるよう国や自治体の責務を定めた「子どもの読書活動推進法」(01年)が制定されてきた。08年には、超党派の活字文化議員連盟の働きかけにより、10年を国民読書年とする国会決議が全会一致で採択され、全国各地で、読書推進のフォーラムや若者に良書を贈る運動など様々な取り組みが展開されている。10月23日には、東京・上野公園の旧東京音楽学校奏楽堂で記念式典も催された。 

安藤忠雄さん講演 「本を捨てるな」

小説から得た建築の心

WEB安藤忠雄氏本番.jpg 日本という国は今、世界からどう見られているか。もはや「経済大国ニッポン」ではありません。一番評価が高いのは「長寿社会」という点です。長寿を支えている源は、好奇心ではないかと思っています。好奇心という力を生み出す源泉は活字文化、本を読んで考えることではないでしょうか。

 にもかかわらず、コンピューターの発達で、本を読まなくなり、言葉を記号でしかとらえられない人たちが増えています。言葉にはちゃんとした意味、心の通う意味があるということを、どんどん忘れています。建築という「視覚文化」に携わり、活字文化とは縁の遠い所におりますが、いろんな世代の人間が共に生きていかなければならない時、本の持つ力の大きさを再認識し、本を捨てないようにしたいという話を少しだけしたいと思います。

 本とのかかわりは、10代後半に建築の道を志した時に始まりました。自分は建築関係の専門学校や大学を出たわけではなく独学です。友人の通う京都大学や大阪大学で使っている教科書を購入して、ひたすら勉強しました。本との出会いは専門書だけではありません。20代の初め、神戸で仕事をしていたときです。建築家としてやっていけるのだろうかと考えていたとき、ある新聞社の社長に吉川英治の「宮本武蔵」を渡され、「3回は読め」と言われました。この本からは生きる意味を教えられました。

 建築家としての心構えを教わったのは、タイトルに引かれて手にした幸田露伴の「五重塔」です。主人公は、嵐が来たときに「自分が造った五重塔が倒れたら、切腹してわびなければならない」と考えるのです。建物を造ることの面白さばかりを考えていた自分にとって、「造るだけでは駄目なのだ」と、建物を造った責任ということを教えられた一冊です。

WEB聴衆本番.jpg もっと早く本との対話があったのなら、人生も変わっていたかもしれないと感じるのですが、建築家をしていると、小説家や本にまつわる記念館を手がける機会に恵まれます。1996年に司馬遼太郎さんが亡くなり、2000年頃、「司馬さんの創作の場でもあった自宅の隣に記念館を設計してほしい」という依頼をいただきました。司馬さんの家を訪問したところ、蔵書の数に驚きました。こんなにたくさんの本を読まれていたのかと。蔵書をすべて展示し、まるで司馬さんの頭の中にいるような精神世界を体現したような空間をつくろうと考えました。

 福島・いわきに「まどのそとのそのまたむこう」という絵本美術館があります。窓の向こうには世界とつながっている太平洋が広がっています。30年間絵本を収集されてきた巻レイさんという幼稚園の園長さんから「絵本を読み聞かせする美術館を造りたい」と依頼を受けました。私のいる大阪から6時間以上かかることを理由に最初お断りしたのですが、「なんとしても安藤さんにお願いしたい」と請われて、引き受けました。どうしてそこまで情熱を燃やされているのか尋ねました。「30年間絵本というものを通して心の対話をしてきた。次の時代を担う子供たちにも絵本を読み続けてあげなければならない」というお話でした。

 地球の人口は現在67億人だそうです。学校で習ったときは30億人でした。資源も食糧も足りなくなっています。こんな時に一番重要なのは物事をしっかりと考える哲学ではないでしょうか。次の時代を支えてくれる子供たちには、しっかりと本を読んで考える力を培ってもらわなければなりません。

◇あんどう・ただお 1941年、大阪市出身。独学で建築設計を学び、79年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞受賞。95年には建築界のノーベル賞とされる米・プリツカー賞。97年から東大教授、2003年名誉教授。同年、文化功労者。10年文化勲章受章。

パネルディスカッション 「読書立国の課題と展望」

なぜ大切?

WEB橋本五郎氏本番.jpg【橋本】 なぜ読書が大切なのか、疑問に思っている人も多いと思います。

【キャンベル】 政治家や経済学者、スポーツ選手などいろんな人と話をする機会がありますが、良い本を読んでいる人の話は、すんなり頭の中に入ってきます。読書というのは理念や信念を学んだり、人に何かを伝えるために一番コアとなるものではないでしょうか。他者と渡り合う、他者の心を共有するという意味でも大事な行為だと思います。

【川本】 人間は言葉がないと考えることができないので、語彙(ごい)を増やすために、本を読むことはとても大事です。それから、人間はややもすると情緒的に思考する傾向がありますが、科学的、客観的に物事を考える力を養ってくれるのが読書ではないでしょうか。もう一つ言えば、好奇心を満たしたり、相手の気持ちが理解できるようになるのも読書の力ではないでしょうか。

【橋本】 言葉と言えば、田嶋さんは、「言語技術」とサッカーの関係を説明する本を書かれました。ワールドカップでの勝利の秘密は言語にあったのかと驚きました。

【田嶋】 サッカーは、自分の判断で何をしてもいいスポーツですが、裏を返せば、プレーの根拠となる理由が求められる論理的なスポーツです。ドイツでコーチング方法を学んでいたとき、向こうの子供たちに、「どうしてそこにパスを出したんだ」とプレーをとがめると、「ああだ、こうだ」と理由を挙げながら平気で言い返してくるんです。でも、議論をするうちに、失敗の原因が分かってきて、「じゃあ次は修正して、もっといいプレーをしよう」という流れになっていくのです。

【橋本】 日本の子供たちはそうじゃないんですか。

【田嶋】 日本の子供たちは黙ってしまうケースが多いんです。もしくは私の答えを一生懸命探ろうとする。「自分はこう思ったから、そこにパスを出した」と、はっきり理由を言えるようになるにはコミュニケーションスキルが必要になってくる。そのベースとなるのが考える力であり、活字であると思っています。

日本の学生

【橋本】 日本とアメリカの大学では読書量が違いますか。

【キャンベル】 WEBロバートキャンベル氏本番.jpgアメリカでは大学も高校も1週間に100ページから150ページを読まなければ、こなせないような宿題が出ます。大体2週間で1冊を読み終えるペースです。これに対し、日本の学生は授業を目いっぱいとらなければいけないし、アルバイトもある。3年になったら、もう就職活動に走り回り、本を読む時間なんてなくなってしまう。アメリカと同じことをやらせると、学生たちはパンクしてしまうんじゃないですか。

【橋本】 若い人が本を読まなくなったと言われています。論文を書かせると、日本の学生より、留学生の方がはるかに良い文章を書くという声も大学の先生からは聞こえてきます。日本の学生を見ていて、活字に裏付けられたモノを考える力、感性をどのように感じますか。

【キャンベル】 1年生を対象に大まかなテーマだけを与えて、調べる演習をやらせているのですが、最近の学生は題材を拾ってくるのは上手で、まとめる力もそこそこある。ただ、問題点を深く掘り下げることができないし、他の学生の発表に対する批評ができない。高校時代にどうも訓練を受けていないようです。もう一つ感じるのは、自分の表現を研ぎ澄まさなければ大人になれない、あるいは社会に出て行けないと考えるような部分、言ってみれば言葉への「渇き」を感じない点ですね。

【川本】 今の若い人たちがちゃんと考えていない、元気がないと指摘されるのは、大人を含めた社会全体が甘いからではないでしょうか。まずは、そこから直さなければいけないわけで、若者にばかりツケが回っているのは残念です。確かにもっと勉強してほしいと感じる場面はありますが、世の中の仕組み自体が若者のエネルギーを生かさない方向に回っているから、読書もしないし、元気がないのではと思います。

プレーの説明力

【橋本】 ところで、田嶋さんの先ほどのお話だと、スポーツ選手も理論的に考える力が求められているということですが。

【田嶋】 WEB田嶋幸三氏本番.jpg試合中は、選手一人ひとりが考えながら何千回の判断をし動いています。判断のクオリティーが悪いチームほど劣勢になるし、判断の基準が11人ばらばらのチームほど負けていきます。昔は食事をして練習して寝るというイメージでしたが、今は通用しません。チームスタッフも高地で試合をする場合、選手の体調管理の問題、栄養補給をどうするかといったことを理論的に考えなければ世界では勝てません。

【橋本】 選手だけではなく、指導者にも求められるわけですね。

【田嶋】 日本代表の岡田前監督は、どちらかというと多弁ではありませんでしたが、戦術や相手の分析、トレーニング内容をとことん考え抜いていました。指導者というのは、「これをやったら勝てるぞ」と選手たちに思わせられる説得力、説明する力、コミュニケーション能力も備えていないといけない。そういった力のベースになるのは読書だったり、考える力だと思います。

【橋本】 「黙って俺についてこい」というやり方では駄目なんですね。そういう力を読書で養っている選手だと誰になりますか。

【田嶋】 最近ある雑誌で特集が組まれたのですが、ドイツ1部リーグのチームにいる長谷部誠選手はかなりの読書家です。これまでに800冊近く読んでいるんじゃないですか。国内で活躍する選手にも読書家は増えています。私の経験からは、テレビをつけても言葉がわからないので、日本の新聞、週刊誌から始まって、小説を読もうということになる。海外に行った選手の方が活字に対する飢えみたいなモノがあるのかもしれません。

朝読の達成感

【橋本】 子供たちが本を手に取るよう、様々な取り組みがなされています。その一つとして、小中学校で朝読(朝の読書運動)が繰り広げられています。

【キャンベル】 自分で好きな本を選び、読み切るまでの時間が確保されているというのは、すごくいいなと思います。日本の場合、国語の教科書を見ていても、ほとんど抜粋になっています。小、中、高校の授業の中で1冊を読み通すということはないようだし、最後まで読み通すという達成感が得られることが何よりだと感じます。

【川本】 読みたい本を自分で1冊選ぶという行為、長編を読み通す機会が確保されているというのは、私も大事なことだと思います。

きっかけ作り

【橋本】 本にふれる機会をもっと増やすために、我々はどういうことができるでしょうか。

【川本】 WEB川本裕子氏本番.jpg一番大事なのは、読書ってすごく楽しい、面白いって子供たちに分かってもらうことだと思います。親や先生は「たくさん読書をする子は良い子」と言うのではなくて、自分たちで多くの本を読み、楽しいんだという顔をしていなければ。自分が読まないのに、子供に本を読めとせっついても読むわけがありません。

【田嶋】 我が家は今、テレビ禁止になっているのですが、テレビをつけないと、読めと言わないのに、中学生の子供でも朝、自然に新聞を開くようになったんです。活字への飢えという話がありましたが、そういう形で自然に本に触れる機会ができればいいですね。

【キャンベル】 本と出会うきっかけがない方々が本当に増えていて、このままでは「読書格差社会」が生まれるのではと危惧(きぐ)しています。だからといって、今更「本を読もうぜ」と声高に叫ぶのも気が引けますが、若い人たちを本に引きつけるため「読書は楽しいぞ」と思わせる仕掛けは残しておかなければと思います。

【川本】 若者は大人の鏡なんだと申し上げましたが、逆に言うと、大人がもっとおせっかいになって、「自分はこんな本を読んでいてよかった」と語りかけることも大切ではないでしょうか。ワールドカップで大活躍した長谷部選手が読書家だって知ったら、サッカー少年たちも見習って本を読みそうな感じがします。

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主催=活字文化推進会議、文字・活字文化推進機構 主管=読売新聞社
後援=文部科学省、文化庁

【朝の読書運動(朝読)】 ホームルームや授業前の10分程度、自分の好きな本を読む活動。朝の読書推進協議会によると、10月4日現在、全国の小、中学校では76%の学校で実施され、高校でも42%の学校で行われている。 
◇ロバート・キャンベル 1957年、米ニューヨーク出身。ハーバード大学大学院博士課程修了。2007年から東大大学院総合文化研究科教授。専攻は日本文学。NHK教育テレビ「Jブンガク」に出演中。
◇たしま・こうぞう 1957年、熊本県出身。筑波大学大学院修了。浦和南高校から筑波大、古河電工。元日本代表FW。現役引退後はU―17、U―20日本代表監督、日本サッカー協会技術委員長、Jリーグ理事などを歴任。
 ◇かわもと・ゆうこ 1958年、東京都出身。東大文学部卒業後、オックスフォード大学大学院修士課程修了。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、外資系企業を経て、2004年から早大教授。科学系の読書の大切さを訴えている。 
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