2010年12月03日
共立女子大学 活字文化特別セミナー/田渕久美子さん、歌代幸子さん、内田保廣教授
主催者挨拶 石橋 義夫 共立女子学園学園長・理事長
卒業生各方面で活躍
共立女子学園は、神田神保町の地に創立して125年を迎えました。この間、数多くの卒業生を送り出し、各方面で活躍をしております。今日、講師としてお迎えした田渕久美子さんもその一人です。今回のフォーラムが、「自立した女性の養成」という本学の建学の精神を知っていただける場となれば幸いです。
脚本家・田渕久美子さんとトークセッション
「読むこと、書くこと、生きること」
歴史ドラマで今が変わる
【内田】 2年前に「篤姫」を手がけられたばかりなのに、来年の「江」を書かれるわけです。こんなに短い間隔で、大河の脚本を執筆するという例はあったのでしょうか。
【田渕】 これまででは、ないと思います。実は「江」の話をいただいたのは「篤姫」の放送中で、その時は耳を疑いましたね。
【歌代】 「篤姫」を書き終えたら、脚本を書くのはもうやめようと思っていたという話もお聞きしました。
【田渕】 ちょうど夫をがんで亡くしたばかりで、一人になると、生きているのが嫌になるくらい、つらい時期でした。仕事にのめり込むしかなかったのです。そういう意味では、江に支えてもらったと言えるかもしれません。
【内田】 NHKから依頼が来る時、ある程度、方向性があって、この中から選んで下さいという形なのですか。
【田渕】 「篤姫」の時は、いくつか原作を並べられて、好きなものを選んで下さいと言われました。今回は「江を書いてみる気はありませんか」と、持ちかけられましたが、全く知識がなく、「江って誰ですか」と尋ねてしまいました。
【内田】 篤姫は大奥に幕を下ろす女性、江は大奥を始める女性ですが、意図的に大奥に関係があるテーマを選んでいるわけではないのですね。
【田渕】 そうです。ただ、篤姫は、大奥から出ることが出来なかった人ですから、ドラマづくりがとても難しかった。それに比べて、江は誰とでも会えるわけですから、そういう意味では楽ですね。
【歌代】 今回は原作も執筆されています。脚本は原作に沿ったものになるのでしょうか。
【田渕】 全く変わります。私の場合、一話の中にヤマがあって、落としどころがある、一話完結という厳しい条件を課しているので。それから、茶々が、両親の敵である秀吉と引かれ合っていくくだりなどには、延々と時間を割いたりしますから、プロデューサーは「そこまでやりますか」と驚いています。でも、原作を読まれた方にはドラマを見て「こんな表現をしたのか」と楽しんでもらえるかと思います。
【歌代】 原作以上に書き込んでいく場面があるのですね。
【田渕】 例えば、浅井三姉妹が秀吉のところに連れて行かれた後、徐々に心を開いていくところもそうです。小説なら「それでも気持ちを切り替えた」の一言で済みますが、脚本では許されません。視聴者に違和感を持たれないよう、3人の心の動きをきめ細やかに描かなければなりません。
役者の喜びの言葉支えに
【歌代】 「篤姫」は多くの女性から支持されました。大河ドラマを執筆する時は、どのような心構えなのですか。
【田渕】 歴史書を書いてこられた先生方とは違う女性の視点で、歴史上の人物たちに光を当てています。過去に手を加えさせていただくことで、今が変わり、未来も変わるのではないかと信じてもいます。日本人に生まれた以上、この国で起きたことを知ることは大切なこと。先人たちへの敬意と感謝の念は忘れませんね。
【歌代】 以前から脚本家は、サービス業だと話されています。
【田渕】 我々の仕事は、経験を積むにつれ、「分からないのは視聴者が悪い」という目線になりがちです。最も大切なことは、皆さんに楽しんでもらえる脚本を書くこと。そのためには“作家性”を捨てる覚悟もいると思います。
【歌代】 俳優の方たちも脚本によって、ずいぶん成長されるようですね。
【田渕】 ピアスの穴をつぶすところから始める若い俳優さんも、ベテランに囲まれながら、語り慣れない言葉で芝居を続けていくうちに表情が変わり、何より目つきが変わります。俳優の成長や変化も大河ドラマの面白みのひとつだと思います。
【内田】 脚本を書くというのは、大変なエネルギーがいると思います。お子さんが2人おられて、日常生活では執筆の時間と家事の時間は、どのように切り替えているのですか。
【田渕】 やるぞと決めた瞬間、瞬時に切り替わります。戦場に赴く覚悟でしょうか。水を飲みたくなったりして、仕事部屋から出てきた私に、娘が声を掛けても全く耳に入っていないこともあるようです。
【内田】 執筆中は歴史上の人物が夢の中に出てくることもあると聞きました。かなりの集中力がないと、そんな精神状態にはならないと思います。それにしても50回続くというのは、ちょっと考えられない長さです。
【田渕】 「江」は「篤姫」より3回少ない47回です。この3回分が大きい。ちょっと救われています。でも、秀吉役の岸谷五朗さんらが脚本をとても喜んで下さり、演じるのが面白くて、撮影の前の晩は眠れないと話して下さっているとか。そういう言葉が、死ぬほどつらい仕事の支えのひとつでしょうか。
読書は不思議 私の知恵袋に
【歌代】 少女時代、島根の実家のそばにある図書館に通い詰めていたそうですね。
【田渕】 片っ端から目に付いたものを読んでいました。小学生の時から、立原正秋さん、吉行淳之介さんなど、もうちょっと大人になって読むような本も手にしていました。
【歌代】 やはり日本文学が多かったのでしょうか。
【田渕】 様々です。読書は不思議なもので、忘れているようでも、読んできた本たちは私の中で生き、その集積が折々に力を貸してくれるように思います。知恵袋と呼んでいますが。
【歌代】 以前、「書くことは好きだったのですか」と尋ねたら、開口一番「嫌いだった」と返ってきて、絶句してしまったことがあります。田渕さんにとって書くことは何なのでしょうか。
【田渕】 私にとって生きるということは、この世に唯一の存在である自分自身と出会うこと。それを引き寄せる力になってくれているのが、書くという苦しい修行です。
【内田】 今度好きなものをワンクール書いてくださいと言われたら、何を書かれますか。
【田渕】 やはり歴史物を選ぶかもしれません。携帯で、ピッとやっている時代の方たちを描くよりも、生き死にを懸けた時代の人物を描く方が私には向いている気がします。
【内田】 現代に軸足を置きつつ、歴史をなぞりながら今を見るという手法ですね。そういう視線は女性では珍しいと思います。
【歌代】 今日、久しぶりに母校を訪れた感想を聞かせて下さい。
【田渕】 もう一度学び直したいという願望があったのですが、ますますそういう気持ちが強くなりました。
【内田】 共立には劇芸術コースがありますから、シナリオを教えてもらえないだろうかと思ったりもします。