2010年12月21日
東京学芸大学 学校図書館活用教育フォーラム
公開授業 「学校図書館入門」
苦手教科に「効く」本
「学校図書館入門」公開授業“1限目”では、壇上に上がった学生が、自分たちで探し出してきた教科の理解を助けたり、苦手意識を解消したりする図書を発表した。
対崎(ついざき)奈美子・東京学芸大非常勤講師=写真右=が、受講生106人を対象に事前に行ったアンケートによると、小中高校時代、学校図書館を活用した科目は、国語、社会、総合的な学習と答えた割合が圧倒的に多かった。この日、学生が発表したのは、活用例がほとんどなかった音楽、体育、算数・数学関連の書籍。
音楽では「『調子外れ』を直す」「音楽ファンのためのウィーン完全ガイド」「音のデザイン」、体育では「スポーツを仕事にする!」「スポーツなんでも事典」「君ならできる」などのタイトルが挙がった。算数、数学では、「数学ガール」「博士の愛した数式」「数の悪魔」といった小説のタイトルが挙がり、来場者は熱心にメモを取っていた。対崎講師は「本だけではなく、新聞、DVDなど図書館にある様々なメディアを活用して、理解しやすい授業、楽しい授業を展開できる先生になってほしい」と促した。
“2限目”のテーマは「学校図書館が拓(ひら)く道徳教育〜メッシとミャンマーと人類愛」。同大付属国際中等教育学校の古家正暢教諭=写真下=はまず、アルゼンチン出身で、スペインのプロサッカーチームに所属するメッシ選手が「教育を受けることができず、栄養不良に苦しんでいる子供たちを救いたい」と、国連児童基金(ユニセフ)の親善大使を務めていることを紹介した。続いて、タイ国内にあるミャンマー難民キャンプで、日本のNPO団体が図書館を建設したことを挙げた。暗い絵を描くことの多かった子供たちが本を読むようになると、将来の夢を描くなど明るいタッチの絵が増えた経緯を説明し、人間の心に大きな影響を与える図書館の可能性に言及した。古家教諭は「私たちの周りには本があふれていて、それが当たり前だと思っている。けれども本を読まない人が多い。本にふれることすらできない子供が世界には大勢いることを頭の片隅に置いてほしい」と呼びかけた。
来場者で、茨城県桜川市立羽黒小教諭の竹村和子さんは「学校によって図書館の活用には差がある。先生が図書館の活用法を習得すれば、授業スタイルががらりと変わる可能性がある」と感想を話していた。
中江 有里さん特別講義 「先生のこと、本のこと」
本は「先生」 肩を貸してくれる
小さい頃から活字が好きで、文字に興味がありました。加えて、引っ込み思案で、自分から友達をつくることができない性格だったので、独りでいても当然の空間である学校図書館はとても居心地がいい場所でした。
高校1年の時、雑誌のモデルでデビューして、ドラマに初めて出演することになりました。演技のことなど何も分かりません。演劇の塾に通い始めました。先生には「学校の成績が落ちたら、塾に来てはいけない。成績を落としたくなかったら本を読みなさい。仕事を取りたかったら本を読みなさい」と、きつく言われました。脚本を手にして、驚くのと同時に先生の言葉の意味が少し分かりました。脚本というのは簡素で、せりふとト書きが書かれているだけです。建物の設計図のようなもので、言わば、せりふは柱、ト書きは壁でしょうか。平面の2次元の設計図を元にして、ドラマや映画を作り上げていくのです。なぜ、この場面で、こういうせりふがあって、ト書きがあるのか、説明は書かれていません。俳優はそこを読み解いていかなければ演技はできないのです。想像力をかきたててくれる読書は大きな力となりました。
今は朝読(あさどく)(朝の読書運動)という試みが盛んになって、本に自然と親しむようになり、学校図書館も私の子供時代に比べて身近に感じられる場所になっていると感じます。
学校の先生、これから先生になろうとしている皆さんにお願いがあります。授業に役立つ本をアドバイスするというのは素晴らしい試みだと思います。それと同時に、子供たちにはプレゼントを選ぶような気持ちで本を選んでほしいということです。本は、困ったときに黙って肩を貸してくれる「先生」のような存在です。私はよく本をプレゼントします。「もしかしたらあの人には、この本が必要なのではないか」ということを考えながら選びます。大事な思い出の一冊になってほしいという気持ちを込めて、本の世界に導いてあげてほしいと思います。年齢を重ねるに連れて忙しくなり、本を読む時間がないと、こぼす方も大勢います。けれども、子供時代に素晴らしい本に巡り合った読書体験さえあれば、いつでも読書の世界に浸ることができると確信しています。
パネルディスカッション 「学校図書館を語る」
孤独に 本と向き合う
【前田】 中江さんにとって学校図書館はどのような存在だったのでしょうか。
【中江】 家に本がなかったので、本を読むきっかけを与えてくれたのが小学校の図書館です。一日の半分近くを過ごす大切な場所である学校の中でも、異なる世界にふれることができる空間でしたね。
【藤井】 学校図書館は教育機能の一つとして求められる一方で、楽しく本に接する空間、ひとりになって本と向き合う空間でもあり、様々な側面がありますね。
【中江】 読書は人を孤独にします。大勢の人がいても、ひとりっきりで行う行為です。誰とも同調する必要はなく、想像を張り巡らし、感じた気持ちは確実に自分のものとなります。
【成田】 新しい学習指導要領で思考、判断と表現とがつながったように想像力を育むことは大切ですね。学校現場では「ひとりでいる」ことが、「友達付き合いの苦手な子」のような視線でとらえられ、ともすると否定的な感覚で見られることもありますが。
【中江】 孤独で寂しいことは、一概に悪いことではない気がします。なぜ寂しいのかと自問自答できる。コミュニケーションツールが発達しつつある今こそ、人を孤独にさせる環境は重要ではないでしょうか。
【藤井】 忘れられない本の思い出はありますか。
【中江】 両親が離婚し、転校した小学校の教室の片隅に置いてあった『家なき子』です。転校前だったら絶対に手に取らないような本でした。でも、読み進めていくうちに「自分はそんなにかわいそうじゃない」と思えてきたのです。自分を客観的に見るという初めての経験をくれた本でした。
【前田】 「ひとりなのに出会い」という機会を与えてくれるのが図書館、本なのですね。さて、メールやツイッターで自分を表現する機会が多くなっています。中江さんから見て、書くということは子供たちにどういった意味を持つのでしょうか。
【中江】 自分を客観視しないと、自分のことを相手に伝えることはできないし、分かりやすい文章を学ぶために本を読むことが大切になってきます。読書推進の追い風になるのでは、という期待を持っています。
【会場の学生からの質問】 本に苦手意識のある子供にはどう接したらいいですか。
【中江】 いきなり本を与えるのではなく、まず、その子が何に興味があるのかを把握することが大事だと思います。
【前田】 先生を目指す卵たちにアドバイスを。
【中江】 真っ白な子供たちが、どういう人生を歩んでいくのかは、先生の力に負う部分が大きい。世間の目、学校の考え方などの制約を受け、つらいことも多いと思いますが、誇らしい仕事であることを胸に刻んでほしいですね。
【藤井】 今度の学習指導要領の改正は学校教育制度の中に図書館を積極的に取り込むという側面もありますが、子供たちが自分の問題として図書館を使って学び、考え、表現することを身につけてほしいです。
【成田】 子供や学生が新しい何かに出会い、自分自身を見いだす時の手だてとして本があります。先生にはそのための環境を整える責任があると痛感します。
【主催】 東京学芸大学、活字文化推進会議
【主管】 読売新聞社
【後援】 日本教育大学協会、文字・活字文化推進機構、全国学校図書館協議会、教科書協会