2011年01月14日
新春鼎談 「学校図書館 改革元年に」
鼎談 片山善博さん×福原義春さん×肥田美代子さん
図書館は知識の宝庫 学校の環境整備急げ
日本の弱点
【肥田】 昨年2010年は「国民読書年」。一人ひとりが人生の中で、読書が持つ意味を考えた年だったと思います。年が明け、今年はそれを発展させ、読書環境の整備に生かさなければならないと思うんです。
昨年の暮れ、経済協力開発機構(OECD)が国際学習到達度調査(PISA)の結果を発表しました。日本の15歳の子どもたちの「読解力」は、国際順位が前回の15位から8位に改善しました。さらに悪くなるか心配もしましたが、一息ついた状態です。
【福原】 PISAでは、00年の初回以来、順位を落とし続け、06年は15位になり、がくぜんとしたわけです。その危機感から、教育現場では読書活動の推進や、言語力向上の努力が広がりました。それが今回の改善につながったと思います。
ただ懸念がなくなったわけではありません。国際競争力が問われる時代に、上海など新たに参加した国や地域で、順位が高いところがいくつかありました。
また先進国の中で日本は、記述式の問いに白紙で答案を出す生徒が多いのも課題です。暗記力を重視し、文章の本質を理解する力を育てる意識が希薄だった古い学校教育に要因があると思います。現場では、考え方は切り替わってきていますが、まだ暗記重視の影響が残っていますね。
【肥田】 確かにPISAが、日本の教育の弱点を浮き彫りにした面はありますね。
【片山】 私もこの数年、関係者の意識の高まりをひしひしと感じました。特に読解力が下がり、やはり読書が重要、一番の基礎だ、という認識が共有されてきた。そういうことが、順位が上がる結果につながったのかなと思います。
ただ今回のこの結果だけを見て楽観視してはならない。本当に回復基調なのか、もう少し検証する必要があります。
【肥田】 PISAでは、新聞を読む子は学力が高いという傾向も見られました。でも、日本新聞協会の調査などからも、ほとんどの学校図書館に新聞が置かれていないことが分かります。
【福原】 私は子どもの頃から新聞を読んで育ってきました。新聞はニュースの持つ意味や、重要度によって、見出しや掲載場所が違うように編集されています。毎日の紙面の変化で、時代がどう変わってきたのかわかりますし、読むことで、読解力も養われるのでは。
【片山】 学校図書館に新聞がないという点は、蔵書購入費に新聞代を盛り込み、増額すれば解決できると思います。新聞は、良い教材でもあり、生徒だけでなく、教職員も、図書館で新聞を読むようになれば、良いかもしれません。
【肥田】 11年度から小中高校で順次実施される新学習指導要領では、全教科で言語活動の充実が求められています。これまで以上に、学校図書館を活用する必要が出てきますね。
【片山】 読解力は、様々な書物や資料などから得た情報を、総合して、そこから新しい知的な価値を生み出す力。そして教育とは、こうした力を身につけさせ、社会に出たとき、自立した個人として自己実現をし、社会貢献ができるようにするための支援そのものです。
学校図書館は、その中枢的役割を果たす場所でなくては。そのためには、導きをする人、すなわち司書と、豊富な蔵書、この二つが欠かせないと思います。
OECDが、世界各国・地域で義務教育修了段階の子どもを対象に行う学力調査。2000年から3年ごとに科学的応用力、数学的応用力、読解力の3分野で実施。日本の読解力の国際順位は00年8位、03年14位、06年15位と下がり続けた。教育界に与えた衝撃は強く、「PISAショック」とも呼ばれた。昨年12月に結果が発表された09年実施の調査では、読解力は8位まで順位を戻した。
少ない予算
【肥田】 学校図書館の蔵書の充実や司書の配置に関連し、昨年末、片山さんの肝いりで「住民生活に光をそそぐ交付金」(1000億円)という国の補正予算が計上されました。どういう狙いなのでしょう。
【片山】 地方自治の世界に長くいて、疑問に思っていたことがあるんです。それは、地域活性化というと、必ず企業誘致とか公共事業など経済活性策ばかりになりがちなことです。もちろんそれも重要ですが、地域の活性化には、一人一人の住民、人間が輝かないといけないのに、そこには目が向きにくい。代表例が図書館や文化芸術の分野です。そこで、こうした分野に光をあてようと、提案したのが今回の交付金です。中でも図書館はこれまで予算削減の対象になり、司書が正規職員から非正規になったり、外部化されたりすることが横行していました。地域の知的基盤となる図書館はきちんと整備するべきです。司書を中心にスタッフを配備すれば、知的な雇用にもつながります。
【肥田】 文部科学省が学校図書館の蔵書の充実のために07年度から進めてきた「学校図書館図書整備5か年計画」の予算は5年間で1000億円。比べると、今回の予算のスケールの大きさが分かります。
【福原】 大変意味のある予算です。特に学校図書館は予算が少なく、蔵書が充実しないのが大きな悩みでした。調べ学習を子どもたちにさせたくても、多くの学校では、百科事典や図鑑類がワンセットしかなく、みんなで使えないこともあります。教養を深めるには、日本や世界の文学全集も必要です。
資源のない日本には、人材と技術が宝。子どもたちを育てるためにも、読みたい本や調べたい資料がある学校図書館にしていただきたい。
【肥田】 学校図書館法には、図書館は「学校教育になくてはならない設備」と書かれているのに、司書が置かれず、クモの巣が張ったり、古い資料が更新されないままになっていたりする学校もありますね。
【片山】 公共図書館には司書を置くこと、と法律に書いてあるのに、不思議なことに学校図書館法にはなぜか書いていない。図書館は、きちんと目配りする人がいないと、古い辞典や地図しかなくても気にせず、蔵書購入の予算要求もしにくくなります。ただ、専門の司書がいれば、おのずから蔵書は充実するものです。鳥取県の知事時代、全ての県立高校の図書館に正規の司書を配置したら、その人たちの尽力と発言によって、学校図書館が見違えるように変わりました。非常勤でなく正規職員であれば、職員会議でも発言できるようになりますし、本に対する学校の姿勢も変わるはずです。
【肥田】 学校図書館で司書の役割を担う職員は、学校図書館補助員など、様々な名前で呼ばれていますが、非正規職員がほとんど。もちろん、地方自治体の首長の権限で、常勤職員を置くこともできるのでしょうが、子どもの政策は、公共事業などに比べて選挙で票になりにくいため、軽んじられてきた傾向があるのではないでしょうか。
【福原】 司書の不足は、まさに自治体の知的レベルを表現していると言っていい。目利きの司書による蔵書収集と分類が非常に大切だということが深いところで理解されていないという証拠です。図書館は司書がいつもいることで、日々変化する生きた存在になり、必ず人間性豊かな子どもを育てます。子どもをどう育てるかが、将来の地域の力になることを選挙民も首長ももっと意識してほしいですね。
【片山】 国のメッセージの出し方にも問題がありました。総務省が自治体の人員削減を慫慂(しょうよう)してきたことも、全国で公共図書館や学校図書館の業務を外部委託しようとする試みが進んだ一因です。ただ、学校図書館の業務を外部化することで、子どもに読ませる本を選ぶ「選書」という教育の大事な仕事の一つを学校が手放すことになりかねません。法的には可能ですが、やろうとしている自治体にはぜひ考え直してもらいたいと思います。
昨年11月に成立した国の2010年度補正予算に盛り込まれた地方自治体への新たな交付金で、その総額は1000億円。住民生活に重要であるにもかかわらず、これまであまり光が当てられてこなかった分野での取り組みを支援するのが目的で、公共図書館や学校図書館などの施設整備や人材確保のほか、消費者相談体制の充実やDV(家庭内暴力)被害者対策などへの活用が想定されている。
デジタル化
【肥田】 昨年は「iPad(アイパッド)」などの情報端末が発売され、「電子書籍元年」と言われた年でもありました。政府内では、15年度を目標に小型パソコンなどの情報端末を小中学生全員に配備する構想が持ち上がったりもしました。ただ、デジタル教科書の導入に、世論では慎重、反対意見も強いようです。
【福原】 デジタル端末は確かに便利ですが、本とは機能が違っていると思うんですね。読み書きや、読解力を身につけるのに本当に良いとは思えないんです。デジタル端末だけで教えても、断片的な情報を洪水のように与えるだけでしょう。また先生と子どもや、子ども同士の会話を減らすことにつながりかねません。今ですらコミュニケーションが足りないと言われているので、心配です。
【片山】 私も、福原さんと同様、小学生の時から全てをデジタル化することには反対です。もちろんICT(情報通信技術)化が進む社会では、機器操作の習熟度などの差によって、得られる情報に格差が生じる「デジタルディバイド」と呼ばれる現象を防ぐためにも、電子端末の使い方などを教えることは必要です。
しかしバーチャルな世界からだけ情報を得るようにすることには、ためらいがあります。思わぬ問題が出てきかねない。紙の教科書は、じかに触れられるし、匂いもかげる。落書きしたりもできますし……。
【福原】 マークを付けたりもできますよね。
【片山】 そう。しおりを挟んだり、ページを折ったり。ささいなことですが、こうしたことも重要なのではないでしょうか。もう少し、国民的な議論が必要だと思いますね。
【肥田】 じゃあ総務省と文科省の連携のもと、さらにじっくり検証をしていただくということで。
【片山】 そうですね。ICT化推進は重要ですが、子どもたちの成長に関する問題はよくよく考えないと。
【肥田】 言葉の力が劣化してきたという指摘もありますが。片山さんは、役人、知事、大学の先生、大臣と経てこられたわけですが、グローバル時代に求められる社会人の力というものをどうお考えですか。
【片山】 自分の考えをきちんと伝え、さらに相手から返ってくるメッセージを正確に受け取れる、そういう力が必要だと思います。それは政治家や役人、学者に限らず、一般の社会人でも必要なことでしょう。情報化社会の中で、言葉は大量に氾濫する一方、凝縮した形で、的確に考えを伝える作業がなおざりになっているきらいがあります。
【肥田】 ある企業の担当者は、「自分の言葉で考えを表現できない学生は採用しない」と言っていました。就職活動でも「読む・書く・話す・聞く」という基礎的なことを身につけていない学生は、厳しい状況のようです。福原さんは企業人の目でどう見ていますか。
【福原】 コンピューターや携帯電話の普及で、文字に触れる機会は、むしろ増えている面もあります。しかし、言葉が存分に使えているかが問題なんです。例えばメール風の断片的なしゃべり方ではなく、ちゃんとした書き言葉を使えるか、説得力のある話し方をできるか。企業の就職面接では「対話力」が観察されます。対話力は、一方的にしゃべることではなく、相手の話をよく聞き、理解できる力。受験勉強にたけていても、他者とのコミュニケーションができなければ、良い仕事もできないし、良い人間関係も作れません。こうした力は、やはり読書から培われるものでしょう。
【肥田】 その読書習慣には、子どもが最初に出会う図書館としての学校図書館が、やはり大切なのではないでしょうか。私は今年を「学校図書館元年」と位置付け、それを良くする努力をしたいと思っています。
【福原】 昨年の国民読書年を通じ、社会や国民の中に、読書が大事だという機運は盛り上がってきたと思います。でもまだ十分じゃない。携帯電話とか、ゲームとかに取られる時間は、依然、大きい。必要なのは、本や新聞を読む時間を確保しようよと、我々が努力して呼びかけていくことなのではないかと思います。
【片山】 自治体で一番重要なのは教育です。その思いが自治体の皆さんにあれば、学校図書館は必ずよくなります。ぜひ奮起してもらいたい。
岡山県出身。東京大法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。鳥取県総務部長、自治省府県税課長などを経て、1999年から2期8年、鳥取県知事を務めた。慶応大法学部教授に転身後、2010年9月の内閣改造で入閣。6人の子の父でもある。
東京都出身。慶応大経済学部卒業後、資生堂入社。1987年社長、97年会長、2001年から名誉会長。文字・活字文化推進機構会長、文部科学省参与なども務める。著書に「ぼくの複線人生」「だから人は本を読む」など。
大阪府出身。大阪薬科大卒業。童話作家、参院議員、衆院議員を務め、子どもの読書活動推進法や文字・活字文化振興法の制定に尽力。2005年に政治活動から引退し、07年に文字・活字文化推進機構理事長に就任した。作品に「ゆずちゃん」「山のとしょかん」など。
現場から 「東京・荒川三中 開館年250日」
学習の中心 授業とコラボ
図書館を教育活動の中心に据えると、どんな効果があるのだろうか。学校図書館を全教科の授業で活用している東京・荒川区の区立第三中学校で聞いた。
開館日は年間250日以上。冬休みなども図書館はかなりの日数が開放され、生徒たちでにぎわう。
読書に集中できる個人机やソファがあり、ワールドカップやノーベル賞など、生徒が関心を抱くビッグイベントにあわせて特設コーナーのメニューを変える。始業式の11日の直前には、箱根駅伝の熱戦の模様を報じる新聞とともに駅伝を題材にした小説「風が強く吹いている」(三浦しをん著)など関連書籍を紹介するコーナーが設けられていた。
「社会に出て必要な情報収集力、分析力を養う図書館こそ教育の中心であるべきだ」。そう語る清水隆彦校長(52)は、同中学に着任した2006年から、図書館を「学習センター」と位置づけ、「年間開館日200日以上」など数値目標を掲げた。「本をそろえただけでは子どもは集まらない」。様々な工夫の結果、利用者は増え続け、全生徒約360人に対し、昨年度利用者は延べ約1万1400人。授業以外で1人平均年間約30回足を運んだ計算になる。
図書館を活用した授業が、生徒たちを変えたという。常勤の司書が配置された09年度からは、数学から保健体育までの全教科で、各教科担当の先生と司書とが協力して行う「コラボレーション授業」を開始。その中で行われる「ブックトーク」と言って授業に関連する本を紹介する試みや辞書の引き方コンテストなどが図書館への関心を一気に高めた。
授業に役立つ資料や本を選んで活用の提案もする司書の野村朝子さん(41)は「教科を入り口にすると、様々な本が紹介できる。新聞記事など関連資料も探せる情報センターにしたい」と語り、清水校長は「生徒も先生もごく自然に図書館を使うようになった」と言う。学校図書館が学びの姿を変えつつあるようだ。
※写真=「詩を作る時はこんな本も参考になります」。図書館で行われる国語のコラボ授業では司書の知識が生きる(昨年12月1日、荒川区立第三中提供)
データ分析 「読書で培われる読解力・対話力」
小中5割超 蔵書基準満たさず
全国学力テストの結果などから、読書習慣と学力との間に密接な相関関係があることが指摘され始めているが、身近な本との出会いの場であるはずの学校図書館は、5割以上の学校で蔵書数が文部科学省の基準に満たないなど、課題を抱えたままだ。
本を読む子は成績もよい。そんな結果が浮かび上がったのは、2007年度から文科省が実施した全国学力テスト。このテストは、基礎力を問う「A問題」と応用力を問う「B問題」が出題されるが、「読書はすきか」という問いかけに「当てはまる」と答えた子どもの正答率がともに高い傾向にある。経済協力開発機構(OECD)が実施した09年の国際学習到達度調査(PISA)でも同様で、読書活動の重要性が、国内外のテストや調査で裏付けられた格好だ。
これに対して、読書を支援する態勢はお寒い限りだ。
文科省は、公立小・中学校に対し、学校規模に応じた蔵書数の基準として「学校図書館図書標準」を定めているが、これを満たす学校の割合(07年度末現在)は、小学校で45・2%、中学校で39・4%に過ぎない。しかも、蔵書購入のための予算として、09年度に国から自治体に交付された約213億円のうち、実際に図書購入予算に充てられたのは、約77%の約164億円というデータもある。
さらに、学校図書館で司書教諭と連携して子どもたちに本を紹介したり、蔵書購入計画を立てたりする図書館担当の職員(学校司書など)を置いている学校は、小・中学校で4割、高校でも7割程度にとどまっており、しかも非常勤職員の占める割合が高いという。
主催=文字・活字文化推進機構
共催=読売新聞社
「文字・活字文化振興法」(2005年制定)で打ち出された26項目の施策を実現しようと、出版、新聞、経済界など幅広い業界団体が結束し、07年につくった財団法人。読む、書く、話す、聞くという言葉の力をはぐくむさまざまな活動に取り組んでいる。詳しくはホームページ(http://www.mojikatsuji.or.jp/)で。