2011年05月23日
第26回「ミステリーはこんなに楽しい」
対談 東川 篤哉さん & 瀧井 朝世さん
対談する東川篤哉さん(右)と瀧井朝世さん
ユーモアミステリー
【瀧井】 『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞の受賞、おめでとうございます。全国の書店員が一番売りたい本に選ばれた感想は。
【東川】 ひとり自宅で待機していたところに、出版元の小学館から受賞の知らせをもらいました。電話の向こうでは、すごい歓声が聞こえ、当選確実が出た選挙事務所のようでした。
【瀧井】 むしろ、ご本人は淡々としていらっしゃった。
【東川】 意外な受賞でしたね。ユーモアミステリーは、あまり賞とは縁がないので。
【瀧井】 それが、いまや130万部を超すベストセラーに。今までミステリーを読んでいなかった読者も手に取ってくれ、小学生の女の子からもファンレターが舞い込んだと伺いました。
【東川】 予想以上にいろいろな人に読んでもらっているようです。確かに、小3の女の子から「二股(ふたまた)の話がおもしろかったです」という手紙をもらいました(笑)。
【瀧井】 主人公の宝生麗子は、大財閥のご令嬢にして国立(くにたち)署の刑事。宝生家に仕える執事の影山が難事件の解決に協力していく。
【東川】 実は、新聞やテレビがヒントとなってミステリーを書くことが多いんです。主人公が私立探偵でも凡庸だし、刑事もつまらないなあと思っていた時に、テレビで執事喫茶の存在を知り、執事を探偵役にするアイデアがひらめきました。
【瀧井】 現場に赴くことなく事件を推理・解決していく、いわゆる安楽椅子探偵というジャンルですね。執事の影山が「お嬢様はアホでいらっしゃいますか」などと毒舌を吐くところが笑えます。
【東川】 執事がまじめくさっていたらユーモアミステリーとしては成り立たない。執事らしからぬ振る舞いを随所にちりばめたところ、「影山の毒舌に萌(も)える」という反響もあったそうです。
【瀧井】 近年は、ユーモアミステリーは元気がなかったような気がしますが。
【東川】 ミステリーの流行は、本格ミステリーと社会派ミステリーの間を振り子のように揺れてきた。その間隙(かんげき)を縫(ぬ)うように、私が高校時代の1980年代には、ユーモアミステリーの赤川次郎さんや辻真先さんらが大活躍した時期がある。しかし、私がデビューした2002年頃は、古いし、売れないというのが定説となっていました。
【瀧井】 その定説を打ち破り、ユーモアミステリーの復活を後押ししたのですね。
【東川】 私は、是が非でもユーモアミステリーというわけではなく、シリアスなものを書くのが苦手なんです。中盤をドタバタでつなぎ、終わりはきっちりミステリーとして結末をつけるのが私のスタイル。笑いの部分は最後まで飽きずに読んでもらうための工夫です。
カタルシス
【瀧井】 作家を志したのはいつぐらいからですか。
【東川】 大学の時ですが、原稿用紙に字を書くのが難儀で挫折。26歳でサラリーマンを辞める頃にワープロが普及したので、やっと本格的に書き始めることができました。
【瀧井】 その当時から、ユーモアミステリーを?
【東川】 いや、最初は横溝正史風の小説だったんですが、こちらも挫折しました。
【瀧井】 その後、カッパノベルスの新人発掘プロジェクトで長編デビューとなったわけですね。読書のほうも一貫してミステリーですか。
【東川】 中学の頃にはまったのがエラリー・クイーン。これはミステリーファンなら一度は通る道ですが、中でもお薦めは『エジプト十字架の謎』です。結末は、あっと驚く真犯人。そこに至るまで細かな伏線の妙があり、本格ミステリーのお手本といえます。
【瀧井】 私は、東川作品の読者が楽しめそうな本を選びました。まず『隅の老人の事件簿』。喫茶店の隅に座る正体不明の老人が女性記者を相手に推理を語って聞かせる。安楽椅子探偵の古典です。アシモフの『黒後家蜘蛛の会1』も同じジャンルで、こちらは、毎回真相を言い当てるのは給仕のヘンリー。そばで紳士たちの話を聞いているだけで謎を解いてしまう。今回の作品を書くときに、アシモフを意識されましたか。
【東川】 ええ、意識しました。社会的地位の高い人に代わって、次々に謎を解明していく姿に、読者はカタルシスを感じるようです。私の次のお薦め本は、横溝さんの『本陣殺人事件』。文庫本の帯を綾辻行人さんが書いていますが、「全人類必読の名作」ですよ! 200ページという短編の中に密室殺人の複雑なトリックが仕掛けられ、なおかつ、あの金田一耕助も登場する。
【瀧井】 角川文庫といえば、次は赤川次郎さん。
【東川】 赤川さんは「三毛猫ホームズシリーズ」などで有名ですが、私が最高傑作と推薦するのは『死者の学園祭』。他の作家が書く事件は、自分たちと別世界で展開していくのに対し、この作品は身近で等身大。普通の高校生が事件に巻き込まれ、探偵もするし、恋愛もする。そんな青春ミステリーはすごく新鮮でした。
【瀧井】 ウッドハウスの『比類なきジーヴス』は、執事ものミステリー。放蕩(ほうとう)者の若だんなに仕える執事のジーヴスが、トラブルをさらっと解決していく。2人の間には、ユーモアに富んだやりとりが交わされる。ただ、毒舌は吐きませんが。
【東川】 わりと多くの人から、ジーヴスのシリーズに似ていると言われました。さて、赤川さんの次に挙げるのは、当然、島田荘司さん。私が『館島』を書いたのは、『斜め屋敷の犯罪』に触発されたから。ミステリーのストーリーは、しばらくすると忘れてしまうことが多いんですが、『斜め屋敷の犯罪』のトリックは、1回読んだら絶対忘れられない。それから、一番のお薦めは鯨統一郎さんの『パラドックス学園』。サブタイトルに「開かれた密室」とある通り、密室殺人の話ですが、最後には登場人物がめちゃくちゃになって感動的な結末に。ぜひ読んでほしい1冊です。
アナログ派
【瀧井】 ユーモアミステリーということで挙げたのが道尾秀介さんの『カササギたちの四季』。緊迫感あふれた直木賞受賞作の『月と蟹』に比べ、こちらは、リサイクルショップの店員が事件を解決していくさわやか連作ミステリーです。最後に薦めるのが、書店に並んだばかりの奥泉光さんの『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』。ホームレス女子大生など個性的な女性も登場します。
【東川】 ギャグ満載とか。
【瀧井】 ユーモアミステリー時代の到来を予感します。ところで、東川さんご自身のミステリーといえば、携帯電話を持っていないとか。
【東川】 デビューまでは特に必要なかったし、それ以降も編集者からは、「今時珍しい」と面白がられるし……。これからも持つ予定はありません。それに、ネットもやっていないし、原稿もフロッピーで渡している(笑)。みなに驚かれますが。
【瀧井】 確かに、時代の最新機器を作中に出さないほうが作品の普遍性を保てる。
【東川】 結局、ミステリーって、トリックとか、意外性とか、謎解きとかの面白さが勝負。多少古くさい道具が出てくる名作もありますが、読者は割り切って読んでいると思います。
【瀧井】 鮮やかな謎解きを見せられた時って、驚きだけじゃなくて、よくこんなことを思いつくなあと喜びも湧いてきます。それがミステリーを読む楽しさなんですね。
「博士の愛した数式」「東京タワー」…書店員の投票で選考
本屋大賞は、全国の書店員の投票で、客に最も薦めたい小説を選ぶというユニークな文学賞だ。出版不況が続く中、書店員の眼力で活字離れを食い止めようという狙いから、書店員有志らによる実行委員会が結成され、2004年から実施された。
第1回の受賞作は小川洋子さんの『博士の愛した数式』。それ以降も『東京タワー』『一瞬の風になれ』『ゴールデンスランバー』などロングセラーを生んでいる。大賞受賞作やノミネートされた作品の多くは、映画化やドラマ化、舞台化されているのも特徴だ。
第8回になる2011年の大賞では、一次選考が362書店より458人、二次選考は351書店より439人の書店員が投票を行い、東川篤哉さんの『謎解きはディナーのあとで』(小学館)に決まった。
2位は窪美澄(くぼみすみ)さんの『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)、3位は森見登美彦(もりみとみひこ)さんの『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)だった。
4月12日に開かれた発表会で東川さんは、「全国の書店員のみなさんが非常に好意的に販売してくださったおかげで思いもよらぬ大ヒットになりました」と謝辞を述べた。