有隣堂 市川紀子さん推薦
「ヨコハマメリー-かつて白化粧の老娼婦がいた」(中村高寛 著) 河出書房新社

  かつて横浜には「ハマのメリーさん」と呼ばれる娼婦がいた。全身真っ白で異様な姿。年老いて腰は曲がれどもその高いプライドは決して折れない。夜の繁華街に凛と佇む。昭和世代であれば、彼女の目撃談や都市伝説をひとつやふたつは語れるものだ。

そのメリーさんを題材に捉えた映画「ヨコハマメリー」が2006年公開、異例のヒットを記録した。映画制作に至るきっかけや取材経緯、出演者・関係者たちの苦悩やその後の顛末までを中村高寛監督自身が綴った本書は2017年の刊行だ。同時期、監督2作目となる映画「禅と骨」の上映とともに「ヨコハマメリー」も再上映され、いま平成も終わりを迎えようとする時代に横浜では戦後昭和史にふたたび注目が集まっている。       

明治期から遊郭を擁し、戦後、米兵が闊歩する繁華街にメリーさんを受け入れた横浜は、イセザキモールが歩行者天国に整備されると排除の動きに転ずる。老娼婦メリーさんを出入り禁止にする建物も増え居場所を奪う。有隣堂伊勢佐木町本店のトイレで眠る姿もあったという。そしてある年を境にその姿は消える。メリーさんはどこへ?

“いち娼婦から町の有名人となり、最後はアウトサイダーとして町から追い出されてしまうとは皮肉な結末”(本文中より)。しかし時代を経て、中村監督の手で映画が完成し各地で上映会が開かれると街に人が増え、「ヨコハマメリー景気」が起こりメリーさんによって街は再び活気を取り戻す。皮肉な結末のさらに皮肉な展開。「ハマのメリーさん」は都市伝説であると同時に痛いほど現実のストーリーなのだ。それゆえに人々の胸に去来するのは好奇心だけではない、切実な歴史の共感があるのだ。

 関東大震災、度重なる空襲により幾度となく焦土と化した横浜。しかし不屈の精神でスクラップ&ビルドを繰り返し街は発展を続けている。街の形は変わっても、映画、本、写真、音楽・・、表現者たちがいる限り歴史は記録されつむがれてゆく。この本には、彼らの目を通し、陰が濃いほどに浮かび上がる華やかな横浜の記憶のかけらが遺されている。

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