2011年11月01日
近畿大学で小日向えりさん歴史小説談義
主催者挨拶
井面(いのも)信行・近畿大文芸学部長
人間が作る物語 ブーム
本学での「読書教養講座」は今回で4回目です。来年4月、本学で文化・歴史学科がスタートすることから、「歴ドル」の小日向えりさんをお招きしました。
今、歴史ブームだと言われます。歴史という言葉は、英仏独語ともに「できごと」「物語」の意味であり、人間が作る物語を指しています。科学法則に基づいて変化するだけの自然に「歴史」はなく、歴史を作るのは人間だけなのです。歴史の中の人間、その様々な営みについて、考えてみてください。
歴ドル・小日向えりさん 対談 佐藤秀明・文芸学部教授
「歴史小説に恋して〜司馬遼太郎作品を中心に」
「生き方がイケメン」魅力
【佐藤】 この授業の前に、近くの司馬遼太郎記念館に訪れました。どこが印象的でしたか。
【小日向】 書斎とか机とか、司馬先生が執筆されたそのままを見ることができ、感激しました。
【佐藤】 庭もいいですね。それから蔵書がすごい。
【小日向】 高くまで積み上げられて。圧巻でしたね。
【佐藤】 歴史小説を書く人は資料を読まないといけないので、本は多くなります。現地にも出かけます。小日向さんは、歴史の舞台を歩いたりされますか。
【小日向】 史跡巡りは趣味で、城やお墓など、休みのたびに行きます。関ヶ原は数え切れないくらい。
【佐藤】 小日向さんには著書が2冊あります。「恋する三国志」と「イケメン幕末史」。
【小日向】 最初に歴史にはまったのが三国志でした。そして、日本史で好きな時代は戦国と幕末です。
【佐藤】 歴史は過去のことですよね。過去がなぜ面白いんでしょう。
【小日向】 歴史上の人物は一生をかけて人生の成功例と失敗例を見せてくれています。とくに乱世の時代は、一般の人たちが大活躍して世の中を変えていくわけですから。それは面白い。
【佐藤】 歴史小説は初めて読んでも流れがわかっているから、逆に細部に気づくなど、新しい発見の楽しみがある。歴史小説が基本的に実在の人物を扱うのとは別に、時代小説というのもあり、こちらは登場人物がフィクショナル。どちらが好きですか。
【小日向】 どちらも好きですが、より深く心に残るのは歴史小説です。事実が元になっているだけに、自分もこういう人になりたいなどと考えやすいんです。
【佐藤】 無名の人を主人公にした歴史小説もあります。森鴎外の「阿部一族」や島崎藤村の「夜明け前」などで、主人公は時代の流れに巻き込まれていく。
【小日向】 その中で、自分の運命を変えようとした人に感銘を受けます。私も多くの「歴女」も、成功した人よりは時代の中で「抗(あらが)って散っていった人」が好き。新撰組などがそうですが、滅んでいく中に美しさがあるんです。
【佐藤】 そこが小日向さんの個性ですね。司馬さんの作品から好きな作品を三つ挙げてください。
【小日向】 「燃えよ剣」「竜馬がゆく」「関ヶ原」です。
【佐藤】 面白いことに、どれも1960年代前半から半ばにかけて書かれた作品なんです。
【小日向】 そうなんですか。
【佐藤】 直木賞受賞作の「梟の城」は歴史小説というよりどちらかといえば時代小説。その後この3作品を経て、「坂の上の雲」に至るのですが、両者には違いがある。3作品が個人のヒーローを中心にしているのに対し、「坂の上の雲」は秋山兄弟と正岡子規の3人を軸に多くの人たちと日露戦争が扱われ、焦点が1人に絞られない。
【小日向】 この作品以降、小説の中で歴史の事実が紹介されて、司馬さん自身の言葉も増えるんですね。
【佐藤】 司馬さんは「私の小説作法」という文章の中で、「ビルから下を見ると人間が小さく見えて興味深い」と書いています。鳥瞰(ちょうかん)する視点ですね。人物の中に入り込むのでなく、高みから見下ろす。それが「坂の上の雲」で結実しているように思います。
【小日向】 「竜馬がゆく」でも、いろんな角度からものごとを見ています。それは男性的な歴史観だと感じます。女性と男性の歴史観は違うと思う。男性は全体の流れを見ながら処世術や権謀術数を楽しむ人が多いですが、女性は「この人が好き」と人物に焦点を当てる人が多い。私もそうですが、学校時代の「あこがれの先輩のことをもっと知りたい」に近い気持ちです。
【佐藤】 歴史小説と言えばかつては中高年男性が主な読者だったのが、突然「歴女」なるものが出てきた。
【小日向】 ゲームの影響が大きいかもしれません。キャラクターがかっこよかったから石田三成にはまった、とう女の子もいます。
【佐藤】 中高年のおじさんは自分の人生や組織論と重ね合わせることが多いですが、若い女性は違うんですね。小日向さんが「竜馬がゆく」で好きなのは?
【小日向】 最近では武市半平太です。すごく真面目で、愛妻家、旦那さんにしたいタイプです。生きる上で目指しているのは龍馬なんですけど。奥さん一筋のエピソードとか、真面目さ故の悲劇にひかれます。
【佐藤】 「燃えよ剣」では。
【小日向】 土方歳三と伊東甲子太郎。歳三は女性にすごく人気があるんですよ。
【佐藤】 どこがいいんですか? ケンカ屋じゃないですか(笑)。
【小日向】 龍馬と同じ年に生まれたのに、生き方のベクトルが逆なんですね。歳さんは「武士になる」ことの美学を貫くんです。龍馬が「生きているうちに何をする」なら、歳さんは「どうやって死ぬか」。
【佐藤】 「関ヶ原」では。
【小日向】 三成の豊臣家への尽くしっぷりが感動的です。処刑の直前でも最後まであきらめない。それも自分がいい思いをしたいというのではなくて、豊臣家を思ってのこと。今は「自分が自分が」という人が増えているなかで、これだけ他人に尽くせるのは、無欲できれいな生き方だと思う。
「利害で動く」司馬の人間観
【佐藤】 「イケメン幕末史」は登場人物がみんなイケメン。こんなにイケメンにしちゃっていいんですか?
【小日向】 本を書くときは意識して「この人はここが一番好き」と思うようにしています。それこそが女性の書く歴史です。学者のようなことを書いても仕方がない。
【佐藤】 歴史小説で言えば鴎外タイプですね。その人の中に入り込む。彼を継ぐのが三島由紀夫です。司馬さんはもう少し合理的で、ほれた相手を別の目から見ようとする。
【小日向】 正義とか善悪は立場によって変わる。歴史上の人物で、私は嫌いな人はいない。その人の立場ならみんながすてきだなって思うんです。
【佐藤】 武市半平太、土方歳三、石田三成には、共通点があります。自分の節を曲げない。これに対して、司馬さんには独特の人間観がある。「人は心情ではなく、利害で動くんだ」と。
【小日向】 「関ヶ原」の中で、三成が負けた時にこの言葉が出てくるのは、現実的ですけれど切ないですね。まっすぐ過ぎる人って、心がきれいで、利で動く人のことなど考えられない。
【佐藤】 それが、家康から見ると幼稚ということになる。龍馬にも「議論で勝っても相手は動かない」「精神力より経済力」みたいなことを言わせています。
【小日向】 司馬先生は冷静なリアリスト。だからこれだけいろいろな人物が書けたんだな、と思います。
【佐藤】 小日向史観はイケメン史観ですが、かっこいいとは生き方のことであって、表面的なことじゃないんですね。
【小日向】 私はまだ価値観を固めていなくて、いろんな人の考え方を勉強している途中なんです。
【佐藤】 最近、古市憲寿さんの「絶望の国の幸福な若者たち」という本を読んだのですが、今の若い人たちは自分たちの生活に満足しているでしょう。
【小日向】 自分がそう思ったら幸せなんですね。
【佐藤】 太く短い人生に熱い視線を送る小日向史観の中には、幸福とは何かを追求する見方があるように思います。
対談を聞き終えた香川県立三木高3年の中谷陽介さん(18)は「歴史の面白さを再認識させられた」と話し、和歌山市の笠松文子さん(63)は「若い小日向さんが私と同じ感覚で歴史小説の登場人物にのめり込んでいるのがわかり、とても楽しかった」。司馬さんの本はほとんど読んでいるという大阪府枚方市の大杉宏治さん(53)も「小日向さんがよく勉強されているのに驚いた。司馬史観にまつわる多面的な分析が参考になった」と語った。
1988年奈良県生まれ。奈良県立郡山高校卒。横浜国立大在学中からタレント活動を始める。歴史、とくに三国志、戦国・幕末期に造詣が深く、著書に「恋する三国志」「イケメン幕末史」がある。2010年、信州上田観光大使に就任。
1955年、神奈川県生まれ。立教大大学院修了。専門は日本近代文学。著書に「三島由紀夫の文学」「三島由紀夫・人と文学」など。三島由紀夫文学館運営委員会研究員。