第30回 読書と児童教育 

いつでも会える友人

 

堂々と「積ん読」

 ――乙武さんは今月、中江さんは1月に新刊が出ています。どんな本ですか。
 乙武 初めての新書『自分を愛する力』(講談社)で、これまで一貫して伝えてきた自己肯定感がどう育まれたか。両親の子育て、教員や父親としての自身の姿などを通して書いてみました。『五体不満足』から15年、僕が伝えてきたことの集大成のような本だと思います。
 中江 『ティンホイッスル』(角川書店)です。自分が身を置いている芸能界を題材にした小説です。見えない部分にこそ、ある種の生き方が表れていると思うんです。芸能界は華やかに見えて、ものすごく地味なところも多い。そういう部分もあえて描いてみようと思いました。乙武洋匡 2.jpg
 ――読書に親しんだのはいつごろからですか。
 乙武 幼い時から母が読み聞かせしてくれたおかげで、読書に対する親しみはありました。小学校くらいから自分で本を選ぶようになりました。
 中江 小さい時は、活字が好きで、活字を見ると、自分が読める字を探していました。小学校に入って自分で本を選んで読み出しました。
 ――どんな本の読み方をしていますか。
 乙武 子供の頃から“ばっかし読み”というか、特定の分野に集中して読むことが多い。本は、楽しみということと同時に、自分に足りないものを補ってくれる存在という意識もあるので、そんな読み方をするのかなという気がします。
 中江 何冊も併読していますが、買ったまま置いておく積(つ)ん読(どく)も多いです。積ん読には罪の意識があったんですが、未来の自分が読む本だからと思ったら、堂々と積ん読しておこうと気が楽になりました。
 乙武 本は自分が読みたい時に没頭し、しばらくいいやと思ったら少し離れていてもよい。距離感を自分で決めても、誰にも迷惑がかからない貴重な友人かなと思っています。
 中江 うまい例えですね。確かにそうです。私は読んで、自分の好きな時にやめられるのが一番いいなと思っています。

物語の力 強い

中江有里 講談社2.jpg
 ――読書離れが言われています。小学校教諭を経験した乙武さん原作の映画が公開中ですが、当時の学校はいかがでしたか。
 乙武 『だいじょうぶ3組』は、2007年から3年間、小学校で教壇に立った経験を基に書いた同名の小説が原作です。実は、俳優デビューもしているんです(笑)。学校での読書は「読みなさい」と言うと義務になるので、読書の苦手な子には、興味のある分野の本を提案するなどしていました。
 中江 それは理にかなってます。私もそうですが、好きなことは、人に言われなくてもやる。そうじゃないことは、わかっていても言われてやるのは嫌だな。フィクションというか、子供は物語が好きなんですよね。ルールを頭ごなしに言われると反発するかもしれないけど、物語だとすっと入る。物語の力は非常に強いんですけど、大人になると離れてしまう気がします。それが読書離れの方に行っているのかな。
 乙武 学級文庫で、人気のある本は、ずっと貸し出しという感じでした。本当に良質なもの、子供たちの興味を引くものがあれば、読書離れと言われるようなことにはならないのかも。

マイペースで
 

――読書を勧めるにはどうしたら良いでしょうか。
 中江 今、大人も子供も一人でいることが不安な人が増えているんじゃないかという気がします。その解消法に読書って良いですよと勧めています。本を読むって孤独だけど、想像力が膨らみ、相手の気持ちを察することもできるのです。
 乙武 本を読むことの効能ばかり強調すると、それこそ義務みたいになり、読まなきゃという意識になるのはもったいないと思うんです。読書量も、ペースも自分で決められるよ、とアプローチすることで、また、本を読んでみようという人が増えるのかな。
 

楽しい図書教育
 

――乙武さんは、学校での図書教育をご覧になってどうでした。
 乙武 図書教育と大上段に構えることはなかったですね。月に1、2回、図書室に行って本を読む時間を作りました。本が苦手な子が、授業よりいいかという気持ちで本に触れてくれたので。ほかにもやっている先生は多かったですよ。
 中江 楽しくてしようがないですよ。そんなことやったら。私たちの頃は、図書室なんか行っても人がいないって感じでした。
 乙武 ずいぶん変わってます。子供の頃は辛気くさい所だった。今は、保護者を中心とした地域の図書ボランティアのおかげで、明るい雰囲気になり、居心地が良い。行きやすくなり、読書もするようになった。保護者の協力が得られる学校は劇的に変わります。

文章力の成長
 

――乙武さんは東京都教育委員に就任しました。都は、読書推進の一つとして書評ゲーム「ビブリオバトル」に熱心です。どういう所が良さでしょうか。
 乙武 学校での勉強は、覚えることが重視され、発信し、表現することは軽視されてきた。そうした意味で、ビブリオバトルは発信、表現を鍛えることができる貴重な場。また、読書って上から押しつけられると拒みたくなると思うんです。そうではなく、同世代から良書を薦められることで「読んでみようかな」と思わされる効果も期待できる。
 中江 私は、読書感想文が好きでした。読んで楽しいものにしようと思い、自分が第一の読者になって書きだしとか考えていました。ビブリオバトルも同じだと思う。お薦めの本をどう伝えたいか。相手にわかるよう伝えるには、文章力の成長が要る。やっていて楽しいですよね。

 
「深夜特急」で疑似一人旅

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 ――これはというお薦め本をご紹介下さい。
 乙武 『モモ』は、小学校高学年で読んだのですが、わくわく、どきどきしながらページをめくり、読み終えると作者のメッセージが届いている。僕の創作活動の原点になっています。
 中江 『親鸞』は、宗教家、親鸞の考え方が、どこから生まれてきたのか、楽しみながら知ることができます。
 乙武 学生時代の思い出があるのが『深夜特急』です。物理的に僕は一人旅ができないのですが、この本で疑似体験させてもらい、わくわくしました。
 中江 『笑い三年、泣き三月。』は、戦後混乱期の浅草や上野が舞台です。日本は、こういう風に活気を帯びてきたのだな、と想像しました。
 乙武 『空白を満たしなさい』は、自分とは何か、生きるとは何かという普遍的な問いを、考えざるを得ない作品です。
 中江 一家離散し、児童養護施設に預けられた中学生を描いたのが『おれのおばさん』です。胸にぐっとくるものがあり、勇気がわいてくる一冊です。
 乙武 『フクシマの正義』は、日本が抱える問題で、僕たちが見て見ぬふりをしてきたことについて、うっと刺される所がある。反省することの多い一冊です。
 中江 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、村上春樹さんの訳を選びました。おなじみの作品ですが、新しい読者の方に読んでもらいたいと思いました。
 乙武 僕が『五体不満足』から発信している「みんな違って、みんないい」というメッセージを、心理学的に、論理的に伝えてくれるのが『「普通がいい」という病』です。共感することばかりで、面白かった。
 中江 名作の最後の行を抜き出したのが『名作うしろ読み』。冒頭の一行を知っていても最後は知らないことが多い。最後から名作を読み解く格好の読書案内です。(聞き手は、活字文化推進会議事務局・石山和彦)
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 ◇作家 乙武洋匡(おとたけ・ひろただ) 1976年、東京都生まれ。早稲田大在学中に出版した「先天性四肢切断」という障害を抱えながら明るく生きる姿を描いた『五体不満足』がベストセラーに。スポーツライター、東京都杉並区立小学校教諭などを経験。今年2月には、都教育委員に就任。著書に小説『だいじょうぶ3組』『ありがとう3組』など。
  
 ◇女優、作家 中江有里(なかえ・ゆり) 1973年、大阪府生まれ。89年に芸能界デビューし、多数の映画、ドラマに出演。NHKBSで放送していた「週刊ブックレビュー」では、長年、司会を務め、読書家として知られる。2002年、脚本『納豆うどん』でNHK大阪放送局主催のBKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。著書に小説『結婚写真』。
 
 

 

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