【私のオススメ本】横浜ユーラシア文化館副館長 伊藤泉美さん推薦!
「犬たちの明治維新 ポチの誕生」(仁科邦男 著) 草想社

 ◆犬との関係変えた西洋化 
 横浜開港資料館(横浜市中区)で主任調査研究員を務めていた今年の初め、戌(いぬ)年にちなんだミニ展示「幕末明治 横浜犬事情」を開催しました。
 タイトルを考える際はいつも頭を悩ませます。人の目につきやすく、関心を呼び起こすものでなければなりません。そんなとき、激動の時代に翻弄(ほんろう)された犬たちの運命を一言で表した秀逸なタイトルにひかれ、この本を手に取りました。
 江戸時代、大名などが愛玩していた狆(ちん)と猟犬以外に「飼い犬」というものは存在しませんでした。特定の地域に住みついて住民から残飯などをもらって生きていた「里犬」が一般的で、日本人と犬は元々、つかず離れずの関係を保っていたのです。
 ところが、横浜開港をきっかけに洋犬が渡来し、外国人居留地で暮らし始めました。行儀良く飼い主に付き従う洋犬を見て、当時の日本人は驚いたそうです。ビブリオバトル
 明治5年(1872年)、県が飼い犬に名札を付けるよう通達したのを手始めに、翌年には東京府が「畜犬規則」を制定し、全国に広まりました。犬は個人の所有物になるのと同時に、飼い主のいない里犬は「野犬」とみなされて殺されました。西洋化は犬にとって不幸ももたらしたのです。
 歴史研究では、当時のありふれた感覚を史料から読み取るのは難しいことです。著者も多くの史料から犬に関する記述を拾い集め、徹底的に分析しました。この本を読めば、人間とともに生きてきた犬を通して、日本人の価値観がどう変化していったのかが見えてきます。
 現代を生きる私たちは、昔の日本人が当たり前のように持っていた感覚を失ってしまいました。歴史をひもとく上で、私たちには正しく見えていないことが数多くある――。そんな気づきを与えてくれた本でした。
      ◇
 草思社から2014年に出版され、文庫化もされた。著者は新聞記者の傍らで、犬に関する史料収集に没頭した。英米人が愛犬に「カム・ヒア(おいで)」と声を掛けるのを日本人が「カメや」と聞き違え、明治時代には洋犬を「カメ」と呼んでいたといったユニークなエピソードも。明治天皇や西郷隆盛に愛された犬たちの逸話も紹介している。

※6月1日付けの読売新聞神奈川県版にも掲載されています。

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