【私のオススメ本】京大名誉教授 酒巻匡さん推薦!
日本文学史序説(加藤周一著)ちくま学芸文庫

◆明晰極めた論理と言葉 
 育ったのは横浜市磯子区の日本家屋。大審院検事だったじいさんが横浜の検事正だった時に建てた家で、じいさんと工業化学技術者だったおやじの専門書、歴史書、文芸書、あらゆる本が書斎にも応接間にも廊下にもあふれていた。おやじを見て、人はじーっと本を読むのが普通だと思っていたから、乱読した。小学生の頃は図鑑が好きで、昆虫や植物の挿絵を色鉛筆でひたすら写したなあ。
 中学・高校は栄光学園に滑り込み、吹奏楽部でホルンを一生懸命やった。本も漱石全集や音楽評論家の吉田秀和の本を何度も読んだ。私も評論家になりたかったが「文学部は食えない」とおやじに反対され、やむなく法学部に入った。
 「日本文学史序説」は大学生の頃に読んだ。文学に限らず、空海の漢文など日本語で書かれたテキストを通し、日本人の思想・思索と、外来思想にどう反応したか、全てを大きな構造の中できれいに説明している。西洋、中国との比較が端々にあり、知識と深い理解に圧倒され、興奮した。
 一番感動したのは著者の明晰(めいせき)を極めた日本語、論述の構成。情緒的ではなく見事に論理的。その後、恩師との出会いで刑事訴訟法の研究に進んだが、法律学も論理と言葉の世界。言語で書かれたテキストと解釈で、想定していない事柄も含め現実世界の問題に決着をつける。
 僕ら学者は直接は関わらないが、裁判官ら法律家の頭脳に言語テキストで訴えかけ、影響を与え、ルールを運用してもらう。明晰で論理的な言葉で説得することが要で、私は加藤さんの文章から影響を受けた。
 裁判員制度の設計と運用など国の司法制度改革に関わる委員を務めるなど、「御用学者」と言われることもあるけれど、ルール作りで世の中のお役に立つことは幸いだと思っている。栄光学園で学んだ「Men for others(人の役に立つ人)」の精神が染みついているのかもしれない。
     ◇
 「知の巨人」と呼ばれる加藤周一(1919~2008年)は東京帝大(現東大)医学部を卒業し、戦後、本格的に文筆活動を始めた。芸術から政治評論まで幅広く、本書は筑摩書房から1975年に上巻、80年に下巻が出版された。古事記・万葉の時代から戦後まで、日本人の精神や文学の特徴、外来思想による影響を壮大なスケールで描き、大佛次郎賞を受賞した。

※9月7日付けの読売新聞神奈川県版にも掲載されています。

 

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