俳優井上芳雄さんにとっての本、読書とは

大きな拍手に迎えられて登壇する井上さん

 

 日本のミュージカル界を代表する井上芳雄さんが11月4日、東京都千代田区のサピアホールで開かれた「西南学院大学読書教養講座in東京」に登場、本の魅力、言葉のちからを語りました。井上さんは同大付属高の卒業生。「言葉に命を吹き込む仕事」をテーマに、役柄を演じる上で本とどのように接してきたのか、作品からもらった貴重な言葉などについてユーモアを交えながら語り掛けました。         (聞き手は西南学院大学OBで日本テレビアナウンサーの尾崎里紗さん)

 尾崎 本に親しむようになったのはいつごろですか。

 井上 小学生の時、僕はもっぱら漫画に夢中でした。自分から小説などを読み始めたのは中学生からです。

 尾崎 何かきっかけがあったのですか。

 井上 西南学院大学の教員だった父親がアメリカ・ノースカロライナの大学に1年間留学することになり、中学生だった自分も付いていくことになりました。現地の学校に入学させられて、周りは英語だらけ、日本語に飢えていた時、日本から持ってきていた赤川次郎さんの本を読んでみたら面白くて、はまってしまいました。

本の魅力を語る井上さん(左は日本テレビアナウンサーの尾崎さん)

 尾崎 それが井上さんの読書デビューなんですね。

                     ◆

 尾崎 ミュージカル俳優を目指すきっかけは劇団四季の「キャッツ」と聞いています。西南学院高校から東京芸大に進学、大学在学中にミュージカル「エリザベート」のルドルフ皇太子の役でデビュー、その2年後には「モーツァルト」の主演を任され、とんとん拍子という感じです。演じるにあたって本は読まれたんですか。

 井上 ルドルフの時は本があまり無かったのですが、モーツァルトに関する本は見つけ次第、読みました。ただ、同じ伝記でも、極端に言えばモーツァルトを善人として書いているものもあれば、悪人として描いているものもあります。読めば読むほど混乱しましたね。

 尾崎 どう頭の中で整理されたんですか。

 井上 混乱したまま演じました。物語の舞台であるウィーンやザルツブルグにも行ったりしましたが、うまく表現できるかどうかはまた別の問題なんです。でも、僕は読まないよりは読んだ方がいい、知らないよりは知っておいた方がいいと思っています。

 尾崎 自分が胸を張って演じる上での一つのアプローチが本を読んだり、現場に行くということだったんですね。

 井上 何が真実だったかは当人にしか分かりません。ただ、たくさんの本が残されているならば、それを知っておくことは、誠実に表現する上で俳優としての責任じゃないかなと思います。

 尾崎 29歳の時、井上ひさしさんの戯曲「組曲虐殺」で小林多喜二の役に挑戦されました。

 井上 井上さんにとって多喜二は大切な人と聞いていました。多喜二の本を読みあさりました。知れば知るほど大きい人物で、稽古中に「自分では無理かもしれない」と何度も感じました。

 尾崎 演じる上で難しい部分があったんですね。

 井上 そんな時、「組曲虐殺」で励まされる言葉に出会いました。「モノを書くときは体全体でぶつかっていかなきゃね。体ごとぶつかっていくと、胸の映写機のようなものがカタカタと動き出して、かけがえのない光景を原稿用紙に銀のように燃え上がらせるんです」。「体ごとぶつかっていく」という表現が自分にとって、ストンと落ちたんです。

 尾崎 今もその言葉に助けられることがありますか。

 井上 しょっちゅうです。

 尾崎 普段の読書はやはりお仕事につながる本が多いですか。

 井上 僕は人にアドバイスを請うのが苦手です。心が狭いんでしょう(笑)。良くないことだと思いながら、ずっとそうやって来ました。だから、少なくとも本には教えを請いたい。

 尾崎 年が明けるとミュージカル「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812」が始まります。トルストイの「戦争と平和」がベースですね。

 井上 文庫本で全6巻あるんです。少しずつ読んでようやく2巻目の途中まで来ました。名作はみなそうですが、ちょっとした言葉や表現に、ものすごく重みがあって、はっとさせられることが多いです。

 尾崎 会場の皆様にメッセージを。

 井上 日々生きていくことは大変です。一人で生きていくことも難しいです。そんな時、生きるヒントや背中を押してくれるものが本の中には絶対にあります。

井上さんのお薦め本

 ※12月25日の読売新聞朝刊(東京本社、西部本社管内)で詳報します。

 

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