西南学院大学 読書教養講座

光浦靖子さん 対談「得を求めない読書」

楽しむために 読む

 田村元彦准教授 今回のテーマを「得を求めない読書」にしたのはなぜですか。西南・光浦靖子2.jpg
 光浦靖子さん 最初、提案されたのは「人生を変えた本」「女として得する本」などでした。でも、逆に聞きたいんです。本を読んで得をしたこと、人生が変わったことはありますかって。本は得するために読むんじゃなくて、楽しむものだと思うので。
 田村 光浦さんといえば、芸能界きっての読書家。テレビのバラエティー番組で、本棚が紹介されたことがありました。大ファンとおっしゃっていた島田雅彦さんの小説などがきれいに並んでいて、きちんと読書をされている方だという印象を持ちました。
 光浦 いえいえ。お気に入りの作家だけの棚に島田さんや角田光代さん、桐野夏生さん、桜庭一樹さんらの本をまとめていますが、あとはグチャグチャです。
 田村 本に接するようになったのはいつごろですか。
 光浦 小学校の時です。本がいっぱいある学校の図書室の空間が好きでした。それに、本を借りるとシールがもらえました。赤の次は青、20冊を超えると金。とにかくシールを貼りたかっただけで、最初は嫌々読んでいました。徐々にジャンルが少しずつ広がり、読書にはまっていきました。
 田村 面白かった本を覚えていますか。
 光浦 一番感動したのは『しあわせになったけちんぼばあさん』。けちで意地の悪いばあさんが、つぼに小銭をためては「ヒヒヒ」って笑っている描写にひきこまれ、私も「ヒヒヒ」ってなっちゃってました。ところがある日、おじいさんと恋に落ちて、きれいになりたいと思うのです。髪形を変えたり、洋服を買ったりして、最後は結ばれる。子供ながらに、すごい本だと思いました。
 田村 その後はどんな読書をしたんですか。
 光浦 中学、高校ではあまり読みませんでした。部活とかが中心の生活で。再び読むようになったのは社会人になってから。でも20歳代は格好をつけて、売れている本をバカにしていました。自分はちょっと難しいやつを読むよ、みたいな。
 だけど、ある時、売れている本を読んでみたら、面白くて感激したんです。それからはベストセラー中心に、一気に読書熱が再燃しました。タイトルや装丁が面白そうだと思ったらバンバン買う「ジャケ買い」をしています。気に入ったら、その作家の作品を塗り潰すように読んでいきます。
 田村 一つの読書の方法を見つけられたということですよね。島田雅彦さんの作品とは、どのように出会ったのですか。
 光浦 人から薦められて最初に読んだのが『僕は模造人間』。とても面白かった。ファンになった後で大学の先輩だと知りました。対談も1度させていただきました。
 田村 ベストセラーというと、人気の朝井リョウさんはどうですか。
 光浦 読んでないんです。最近の子の二面性が垣間見られる本だって聞いたので、ああ、怖い怖い、嫌だ嫌だと思って。最近、気弱になっていて、ハートフルなものばっかり読んでいます。

若者に薦める5冊 魅力語り合う 

 トークセッションでは、光浦さんが若者に読んでほしいと考える小説5作品について、女子学生5人と魅力を語り合った。
 5作品は、『自分を好きになる方法』(本谷有希子)『わが性と生』(瀬戸内寂聴)『ふくわらい』(西加奈子)『八日目の蝉』(角田光代)『グロテスク』(桐野夏生)。
 光浦さんは、お気に入りの描写について質問され、熱っぽく語った。『八日目の蝉』では、家庭のぬくもりが伝わる描写に共感したという。「リアルなところ、『ああ、わかる』と感じるところが好き」
 『グロテスク』は、タレントの加藤浩次さんから薦められた。「『お前がいっぱい出てくるぞ』と。意地の悪い妹、美人の妹をひがむ姉……。本当に全部私だと思った。あの野郎って。読み終わった後、けんかしました」と笑いを誘った。
 「読書は、一番コストパフォーマンスがいい遊び。私は読書をすることで旅をしたい。本を閉じたらすべて忘れるんです」と、光浦さんは話した。

◇みつうら・やすこ 1971年愛知県生まれ。タレント。大久保佳代子さんとお笑いコンビ「オアシズ」を結成。テレビでは、バラエティーをはじめ、ドラマや教養番組にも出演。著書に『傷なめクラブ』『不細工な友情』『男子がもらって困るブローチ集』など。

 
 川上未映子さん 講演「読書のむこうと、こちらにあるもの」

言葉の持つ力 信頼 

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 私は、非常に理屈っぽい子供でした。例えば、唾は口の中にあるうちは平気で飲みこむのに、口から出た瞬間に汚く感じてしまう。疑問に思い、先生や親、友達に尋ねまわりました。
 そのうちに、なぜ人間は生まれてきて死んでいくのか、という問題につき当たりました。これ以外に人生で考えることはないんじゃないかというぐらい大きな問題です。しかし、素直に聞いても相手を困らすだけだということに、だんだんと気がついていく。
 そんな子供でしたから、小学校に入ると、自分だけの時間が増え、読書をするようになったんです。でも、家には本がたくさんあるわけではなかったので、最初は国語の教科書を繰り返し読みました。宮沢賢治や中原中也の詩にも教科書で出会いました。
 高校生になった春、図書館でカントの入門書をふとめくったら、「物自体」という概念があった。なんだろうな、と読み進めていくうちに、認識とはどのように成立するものなのか、それまで誰も教えてくれなかったことが書いてあった。ああ、私が知りたいのはこういうことだったのか。窓が一気に開いて、風がフワーっと吹き込んできた気持ちがしました。
 時を同じくして出会ったのが文学です。文学には懐の深さを最初から感じていました。正しさは一つだけではない。ありとあらゆることをごった煮にする。もちろん、映画など他の表現形式にも同じ魅力はあるけれど、文学が特別だと思ったのは、言葉だけでできているからです。
 私たちの生きている世界には、言葉で表せるものもあれば、表せないものもあります。でも、心で感じていることを自分の外に表出するためには、基本的にはやはり言葉に頼らないといけない。
 さらに人間は、他者との間に埋まらない溝を持っている。自分が立っているまったく同じ場所に、他者は絶対に立つことはできない。だから、人とはこんなにも孤独で、自分が感じたことを誰も本当にはわかってくれないのです。
 そんな他者と、ある程度理解し合えるところまで連れていってくれるのは、やはり言葉です。だから、言葉だけでできあがっている文学を信頼している。その頼りなさも、はかなさも含めて。
 私の小説『ヘヴン』は、いじめを扱った作品として読まれました。いじめっ子は成敗されず、いじめられていた男の子と女の子に、わかりやすい救済ももたらされない。男の子が、自分にしかわからない世界の向こう側を見ることができた場面で終わる。
 そういう結末はいかがなものか、とのお叱りをたくさん受けた。しかし、読者の気持ちがわずかでも動くのであれば、小説としての価値はあると思う。
 読書には、無限の可能性があふれています。私も、そういう文章を書いていきたいし、みなさんには読んで良かったと思えるものに、一冊でも多く出会ってほしいです。

母として 女子学生とジェンダー論 

 女子学生4人とのトークセッションでは、ジェンダーが話題の中心になった。
 昨年、夫で作家の阿部和重さんとの間に長男が生まれた川上さん。学生から「母親になって、心境の変化はあったのか」という質問が出された。
 川上さんは「女手一つで、私たち子供を育ててくれた母を、弱くてかわいそうだと思っていたけれど、実はそうではない。基本的に親は子よりも強いと知りました」と応じた。「『子供が元気で、幸せでいてくれさえすればそれでいい』と、母の口癖の意味もよくわかるようになった」とも。
 川上さんに男性社会と闘うイメージを抱いてきたという学生は、「私は女であることを不利だと思ってきた。今も結婚したり子供を持ったりする気がない」と心情を語った。
 「女性が仕事をしていくうえで、子供を産むことがどういうことか若いうちに考えることは大事。何も恐れないでいいような社会を作るきっかけになる物語を書いていきたい」と川上さんは語った。

◇かわかみ・みえこ 1976年大阪府生まれ。2002年に歌手デビュー。08年、「乳と卵」で芥川賞。09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞。今年、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、詩集『水瓶』で高見順賞。
 
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