【私のオススメ本】神奈川県副知事 首藤健治さん推薦!
「東大理系教授が考える 道徳のメカニズム」鄭雄一著

 ◆「仲間らしさ」道開ける思い 
 2012年に県庁に入り、17年から副知事として、殺傷事件が起きた相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」の再生計画などを担当しています。元々は1993年に旧厚生省に入りましたが、厚生省には「困っている人を助けたい」と入る人が多く、私もその一人でした。
 小児ぜんそくを患い、苦しい時にお医者さんに診てもらうと楽になった経験から「医者になろう」と医学部に進みましたが、厚生省で働く大学の先輩から「医師は目の前の患者を救えるが、社会のシステムを変えられる厚生省なら、もっと大勢の人を救える」と教えられ、進路を変えました。
 ただ、いざ入省すると、厳しい現実に気付きます。例えば難病の指定です。実際に病で苦しんでいる人がいるのに、指定の有無で救済される人、されない人に分かれる不条理に直面しました。原因は国の予算、つまりお金の問題です。貨幣を基本とした社会システムに物足りなさを感じるようになり、県庁に移ってからもそれは続きました。組織のことも分からず、最初の1年はどう物事を考えていけばいいのか悩みました。
 本書を読んだのは、その頃です。理系のお父さんが子供に、人間の「道徳」を平易な言葉で論理的に説いています。道徳とは「仲間らしくする」ことで、〈1〉仲間に危害を加えない〈2〉仲間と同じように考え、行動する――という二つの要素で成り立つというのです。
 貨幣経済中心の社会が世の中の全てではなく、この「仲間らしさ」という概念に道が開ける思いがしました。日本で失われつつある「人と人が互いを思いやり、助け合う社会」をつくり直したいという著者の思いに共感し、自分も職務に生かそうとやってきました。
 それから数年後、2016年に「やまゆり園」で殺傷事件が起きました。当初は「なぜ、こんな事件が起きたのか」とぼう然としましたが、「仲間らしさ」の考え方が支えになりました。再生計画を進めるにあたり、「健常者と障害者が共に生きていくことで、お互いの価値が高まるような社会をつくろう」と心の中で誓っています。しっかりやり遂げたいと思います。(佐藤竜一)
       ◇
 KKベストセラーズ(当時)から2013年に出版された。鄭氏は「骨」を研究する組織工学が専門の東大教授。「なぜ人を殺してはいけないの」といった根源的な質問をぶつける双子の子供との問答を通じて、道徳の成り立ちを解き明かしている。

※2018年12月21日付けの読売新聞神奈川県版にも掲載されています

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