椙山女学園大学 「読むことの幸せ」

第1部
 

本を楽しむ→習慣→言葉の貯蓄
 

――小学校3年生辻村深月20150320.jpgから小説を書かれていました。
 辻村 椙山女学園には立派な図書館があると聞き、そこをきっかけに読書家になられた方もたくさんおられると思います。私も小さい頃から本を読むのが好きで、小学校で図書室に初めて入った時、ここにある本を全部読んでいいのかと、とてもうれしかった。
 本は読んでいるうちに自分の好きなものがわかってきます。殺人事件やお化けが出てくるものが面白く、自分の傾向を追いかけるように読書地図が広がっていきました。そうした中、女の子たちの間で小説を書くことがはやり、私も、誰も読んでくれないのに面白い話になると信じて書き上げていました。
 中学、高校になると、読んでくれる友達に恵まれました。続きが楽しみとか、犯人当てをしてくれるとか、素人の文章を最後まで読んでくれるのです。ひょっとしたら文章で仕事をすることができるかもしれないと手応えを感じるようになりました。
 ――作風の異なる「黒辻村」「白辻村」があります。
 辻村 いろいろな作品を書いているからでしょう。直木賞を受賞した時のサイン会で、「黒での受賞なので心配です。私の好きな辻村さんがこういう人だと思われたらつらい」と言われました。自分のことのように読んでくれていてとても光栄でしたが、黒か白かは読者によって違いますね。
 ――黒辻村には夢を追いかけてうまくいかない人たちがよく登場します。
 辻村 1990年代に10代を送った私たちは夢を見るのはいいことだと推奨されていました。小学生の頃、夢をサッカー選手や医者と書けば、褒めてもらえ、公務員だと、夢がないと言われる。両親は公務員ですけど。
 「芹葉大学の夢と殺人」(「鍵のない夢を見る」に収録)では、大学教授を殺してしまう彼が日本代表のサッカー選手になりたいと言います。ただ、選手生命が尽きた後、経済的な状況が確保できると思って医学部を目指している。そんなバカなことがあるかと思いますが、彼の中では、あり得る選択肢なのだろうなと思えるような書き方をしています。出版後に読んでくださった方から、自分が何を書きたかったのか、白か、黒なのか、教えていただくこともあります。
 ――本を読まない大学生が40%もいます。
 辻村 読了した経験があまりないからではないでしょうか。最初に読んだ本が面白いと、次も読もうという習慣がつくはずです。どんな本でもいいので興味があるところから読んでみてください。本を読む習慣さえあれば、500円の文庫本で1週間楽しめることもあります。人生を楽しむための読むという経験、貯蓄を学生時代までにしておかないと、その貯蓄がないまま長い人生を過ごすことになります。ものすごく損なことだと思います。
 先生に言われて嫌だったのは、「遊びの本なんか読んでいても役には立たない」ということでした。試験問題に出るような文豪の本を読みなさいと。大人が薦めるのは面白くないだろうと、読まなくなりましたが、大人になって名作と言われているものを読むと面白い。大人が薦めなければ、もっと早く読んだのに。
 何かを学ぼうとか、得ようというのではなく、楽しもうという気持ちで本に飛び込んでください。そうやって培われた言葉は自分の中にたまっていくので、例えば、就職の面接などで聞かれた時も自分の好きな本から引いてこられます。私自身、いろいろな場面で助けられてきました。勉強のためではなく、楽しむために読んでもらえたら、すごくうれしい。
 

第2部

「書き終えた時 ドキドキ」 辻村ワールドに迫る                 学生4人が質問 「ドラえもんをお手本に」 

(質問した学生は星野美希さん、池田佳世さん、田中江未子さん、前田愛海さん)

 星野 辻村さんの辻は、綾辻行人さんからいただいたと聞きました。学生トーク2 20150320.jpg
 辻村 小学生の頃、綾辻先生の「十角館の殺人」を読み、真相が分かる場面であまりに驚いて手から本を落としました。いつか私もこんな風に胸がすく作品を書きたいと、ミステリーを選びました。デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」は綾辻先生の真似ではないかと批判されると思いましたが、全然似てないと。それはそれでショックでしたが。
 池田 さっぱりとした読後感の作品が多い。
 辻村 自然にそうなっていきますね。特殊な事例ではなく、多くの人が共通に見ている日常の話を書きたいと思っています。崩壊させようとしても踏みとどまる、崩壊していても、そのように思わせない、そういう気持ちがあると思います。
 「鍵のない夢を見る」はすべて事件の話です。特別な人が起こしているようですが、ひょっとしたら私たちと変わらない日常があり、本当は普通の人だが、突然奈落に落ちる、事件を起こすかもしれないと、普通の感覚で読んでもらえるものを心掛けています。
 星野 登場人物の名前が結末のキーになっている作品が幾つかあります。どのようにして決めますか。
 辻村 名前が決まり、顔が見えてくることもあれば、ストーリーを考えついてから、こういう名前にしようとか、ケース・バイ・ケースです。「島はぼくらと」は、担当者に男女、若者、年配の名前をいくつか出してもらい、組み合わせました。自分の中にはないキャラクターが生まれ、楽しい経験でした。
 田中 作品を書いているときの視点は。
 辻村 主人公の目線になりきっています。みんながしんどい時はしんどく、書き終えた時にドキドキしていることもあります。登場人物が勝手に動くこともあり、映画にもなった「ツナグ」は書き終えてから、どうしようと、ぼう然としました。
 池田 登場人物が交流する作品がたくさんあります。
 辻村 本を読んでいて、こちらの登場人物があちらにも出ていると、うれしくてドキドキする。同じような気持ちを味わってほしいという気持ちがあります。作家になってうれしかったのは、私の知り合いでもない人たちが自分の作品の登場人物について実在の人物のように話してくれている時です。ですから、元気でやっているよと、産みの親として、見てもらえたらと登場させています。
 前田 「凍りのくじら」は、ドラえもんのエピソードや道具も交えています。
 辻村 希望よりも絶望を書いている方が偉いと思われがちですが、明るくて優しかったり、ふわふわしていたりするものは、重たくて硬いものよりも価値があると言いたいのです。ですからドラえもんはその意味でも、何か書く時のお手本とか、物差しみたいなものだなと思っています。
 田中 「冷たい校舎の時は止まる」は登場人物に先生の名前が使われています。
 辻村 エラリー・クイーン、有栖川有栖さんの作品にも同様に出てきます。ミステリーではよくある遊びのようなもので、踏襲したいと。ミステリーなので容疑者として疑われる子につけるのがいいだろうと思いました。
 前田 思い入れの強い登場人物、読者に人気のある人物は。
 辻村 一番好きなのはチヨダ・コーキです。女性に人気があるのは、「本日は大安なり」に出てくる、「ややこしい子」が大好きな映一ですね。

◇つじむら・みづき 1980年2月29日、山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年、「冷たい校舎の時は止まる」(講談社)で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。「ツナグ」(新潮社)で第32回吉川英治文学新人賞、「鍵のない夢を見る」(文芸春秋)で第147回直木賞受賞。他に著書多数。

若者の気持ちわかった

 ◇森棟公夫・椙山女学園大学学長

森棟公夫学長2 20150320.jpg
 私が読んだ辻村深月さんの小説「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」は、シャーロック・ホームズのようなミステリーとは全然違う感じで、若者の会話が延々と続きました。正直、苦労しましたが、若者の考えていることや気持ちがわかると、しっかり読みました。すると、他の本も読まなければならないという気持ちになりました。本日は学生、高校生だけでなく、大学以外の参加者もたくさんおられます。どんなお話が聞けるのか楽しみです。
 

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