第5回対談 「嫌われることを恐れるな」

アドラー心理学 若い世代へ

岸見一郎20150330.jpg
 成毛 著書の土台となっているアドラー心理学ですが、アドラーはフロイトやユングと並ぶ心理学界の3大巨頭であるにもかかわらず、日本ではあまり知られていませんでした。
 岸見 日本の大学ではアドラー心理学が教えられてこなかったことが一番大きな理由です。アドラー自身がアカデミズムで自分の心理学を普及させることを望んでいなかった事情もあります。アドラーが活躍した欧米とは異なり、日本の学生がこれを専攻して論文を書くということがなかった。
 成毛 2013年12月に出版されて以来、これまで70万部が売れるというすさまじい人気ぶりですが、その理由は。
 岸見 過去の出来事が今現在の原因である、という「常識」がありますね。例えば、努力しても現在の自分が生きづらく、幸福になれないのは恵まれない境遇が原因で、自分自身で変えることはできないのだ、という考え方です。しかし、一方で、生き方の責任をそのように回避していいのか、と多くの人が気づき始めている。そうした中、この本を読むと「あなたが変われないでいるのは、自らに対して『変わらない』という決心を下しているから」だと、きっぱり指摘されます。「常識」を覆され、「ああ、そうか」と腑(ふ)に落ちる思いをした人がすごく多いのではないかと思います。
 成毛 海外でも翻訳本が売れているようですね。
 岸見 台湾と韓国で昨年11月に販売を開始しました。台湾では6万部、韓国で25万部を売り上げています。タイ、中国でも近く出版を予定しています。オーストリアでも出版できたらというのが、私の夢ですね。

「青年」は私
 

成毛 対成毛眞20150330.jpg話形式のストーリー展開はとてもユニークです。悩める「青年」と「哲人」の議論の応酬を通じて「人は変われる、世界はシンプルである、誰もが幸福になれる」ことが説かれていく。
 岸見 古代ギリシャの哲学者プラトンが残した「対話篇」を踏襲しました。プラトンの師であるソクラテスが語り手となって対話が進行します。実は『嫌われる勇気』の悩める「青年」のモデルは、共著者の古賀史健さんであり、また、若い日の私でもあるのです。私は若い頃、恩師の哲学者、藤沢令夫先生や森進一先生らの家に押しかけて学ばせてもらったものでした。本の中で「青年」が時に激しく「哲人」に食ってかかりますが、私も先生たちと激しいやり取りをしたものです。その中で学ぶことが多かった。プラトンもソクラテスからそうした形で学んだでしょうし、私自身も現在、若い人たちと同じように話し合いを持っています。
 成毛 書名の『嫌われる勇気』って、思わずギョッとしてしまいますけど。
 岸見 インパクトがないと手にしてもらえませんしね。書店で目にした読者が、その時点から自分の中で自分との対話を始めるのです。「嫌われるってどういうことなのだろう」とか「勇気って」とか。読めば分かるのですが、「嫌われるような生き方をしなさい」ということではありません。「嫌われることを恐れるな」ということです。『嫌われる勇気』というのは、それを思い出すだけで生きる勇気が湧いてくるようなパワフルなタイトルになったと思っています。

育児に悩んで
 

成毛 哲学者である岸見さんがアドラー心理学に興味を持たれたのはなぜなのでしょうか。
 岸見 哲学は学問の総合のようなもので、そこからいろいろな学問が分かれてきたわけです。私自身の中で哲学と心理学というのは、大きな違いは感じられないものだったのです。30代に入って、子どもが生まれた頃にアドラー心理学と出会いました。子どもとの関わり方に悩んでいた時に、精神科医の友人がアドラーの原書を紹介してくれたのです。育児を学ぶためだったのですが、これが面白くて哲学と並行してアドラー心理学を研究することになった。難しい専門用語はほとんど使っておらず、そうした意味でプラトンの著作に似ているのです。
 成毛 読者の年齢層は。
 岸見 20〜30代が多いです。決して簡単な本ではないのに、中学生や高校生も読んでいます。人生の意味を真剣に考え抜こうという人にとって、一種のバイブルのような存在になっているようです。戦前は哲学の本が出版されると、書店に客の列ができたといいます。この本はその時代の哲学書に匹敵すると自負しています。難しいからとレベルを落とすことはなかったけれど、読者はついてきました。
 成毛 中高生がこれを読むと、その後の人生が変わりますね。20年後の日本がどうなるか楽しみです。
 岸見 若い世代がこの本を読んで、他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、自分の人生を生きていいのだ、ということを確信してくれたら、将来、世の中は何か違ったものになると思います。
 成毛 岸見さんのお薦めの本を教えてください。
 岸見 須賀敦子さんの『ミラノ 霧の風景』です。須賀さんご本人がイタリアに在住していた時のエピソードがたくさん出ていて面白いし、見事な日本語に感銘を受けました。若い人に彼女の美しい日本語を学んでほしい。それからプラトンの『ソクラテスの弁明』。いかに生きるかということを考える時に、この本は外せません。言葉の難しさは全くないですし、若い人たちにもぜひ読んでほしい本です。おススメ本リスト20150330.jpg
 成毛 私はレバノン生まれの詩人、カリール・ジブランの『預言者』を薦めたい。多くの人々の問いかけに、預言者アルムスタファが答える散文詩です。対話形式の『嫌われる勇気』の読者には親しみやすいのではと思います。ところで、活字離れが叫ばれて久しいですが、何かご意見は。
 岸見 学校の先生は読書感想文を書かせようとするけれど、本というのは「読んだら面白かった」だけでいいと思うのです。読むのと書くのは別の知の営みです。得意な子はやればいいけれど、小学生のうちから読書感想文を強いるのはよしたほうがいいというのが私の提案です。
 成毛 おっしゃる通りだと思います。みんなが同じ本について話し合うというのであればいいのですが。書くのは才能の問題も大きいですからね。
 岸見 大人が子どもに対して、子ども向けの本ばかりを仕向けるのもよくない。理解できないかもしれないけれど、子どもが難しい本を読もうとするなら止めることはない。そうした環境は大事かと思います。また、子どもにいい本ばかりを読ませようとするのもダメですね。いろいろなものを読み、つまらない本とそうでない本を自分自身で判別できる力を養うことが大切ですからね。

◇なるけ・まこと 1955年、北海道生まれ。早稲田大学ビジネススクール客員教授。元マイクロソフト日本法人社長。著書に『面白い本』(岩波書店)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、最新刊『メガ! ―巨大技術の現場へ、ゴー』(新潮社)など。
◇きしみ・いちろう 1956年、京都府生まれ。専門の哲学(西洋古代哲学)と並行してアドラー心理学を研究。両分野での執筆、講演活動のほか、カウンセリングを行っている。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。著書に『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)など。
 

主催 活字文化推進会議 主管 読売新聞社 協賛 ダイヤモンド社
 

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